DIVE_21 ラーメンと秘密
レストラン通りに着いた二人はどの店にするか話し合った。
その結果、鈴森が選んだラーメン屋に決まった。
「なんか意外だな」
亮司はその選択に少し驚いたようだった。
「んー。男性の比率が高くて、普段はなかなか行けないからね。我慢して一人用のカウンター席に座っても、隣との距離が近くてとっても嫌。周りも私のことじろじろ見るし」
「自意識過剰じゃない?」
「違うわよ。美人でスタイルが良くてオーラもあるから人目を引きやすいの」
鈴森は両手を腰に当てて答えた。
「同性からは嫌われそうな考え方だな」
亮司がそう小さくため息をつくと鈴森はガクッと肩を落とした。
「……ファンの女の子には人気よ」と低い声で呟く鈴森。
「じゃあ同業者にはあまり好かれてないってことか」
「…………」
亮司に図星を突かれたのか鈴森は口を閉ざした。
「あ……」
亮司はそこでやっと言いすぎたことに気づいた。
「でも無理に好かれる必要はないと思うし、俺やヒーナのようにちゃんと中身を見て好いてる人もいるはず。だからそんなに落ち込むなよ」
亮司は少し焦った顔でどうにかこうにかフォローした。こんなフォローを鈴森、いやモリリンにするのは初めてのことである。
これからどうしようかと亮司が次の言葉を探していると、
「なんてね。その程度じゃ落ち込まないわよ」
鈴森は顔を上げて意地悪そうな笑みを浮かべた。
「……驚かせるなよ」
ほっとしたからか亮司は肩から脱力した。
「これくらいの演技も見破れないようじゃ、そのうち変な詐欺にでも引っかかりそうね」
鈴森はほっとする亮司の顔を見てくすくすと笑った。その様はどこか無理しているようにも見えた。
「引っかからないっての。もう、さっさと行くぞ」
これ以上は面倒だと亮司は目の前のラーメン屋に入っていった。
「あ、待ってよ」
続いて鈴森もラーメン屋の中に入っていった。
店内は醤油・豚骨・味噌などが混じった独特な臭いがしていた。鈴森の言う通り男性の比率はかなり高く、女性は片手で数えられるほどしかいなかった。
「へい、らっしゃい!」
店長と思われる人物が大声で言うと、それに続けて店員も同じように言った。歓迎の挨拶なのだが、亮司は思わず一歩分身を引いた。
「思ったよりも濃いところだったな」
さすがに仮想世界で飲み食いはできないので、亮司が本当の意味でこの店へ足を踏み入れたのは初だった。
二人が入り口で突っ立っていると奥から若い男性店員がやってきて、
「二名様ですね。カウンター席とボックス席。どちらになさいますか?」と手で指し示しながら聞いた。
「ボックス席で」
鈴森は亮司の後ろからひょっこり顔を出して即答した。
「ではこちらへどうぞ」
男性店員に案内されて、二人は向かい合うようにしてボックス席に座った。四人まで座れるのでまだかなり余裕がある。
「ご注文は何になさいますか?」
お冷を置いた男性店員が注文を聞くと、亮司は味噌、鈴森は醤油と答えた。ここは店員が注文を聞くシステムのようだ。
「かしこまりました。では少々お待ちください」
男性店員は軽く頭を下げて、厨房のほうへ歩いていった。
「やっぱりボックス席にしたんだ」
「当たり前でしょ。せっかく二人で来たんだから」
鈴森は言いながら竹割り箸を手に取り、くるくると器用に回した。
「ヒー……檜山さんも連れてくれば良かったかなー」
亮司はまたヒーナと言いそうになった。
「そうね。三人で行くのも面白そう。でもカードの件が全部終わってからがいいわ」
鈴森は大きなため息をついた。現在進行形で誰かに監視されていることがストレスに繋がっているようだ。
「さすがに店の中までは入ってこないみたいだね」
「ええ。そこでついてくるようなら、そもそもこんなに悩まされることもないわ」
亮司たちは朝からずっと何者かの視線と気配を感じていた。しかしその者は未だに姿を見せようとしない。いや、見せるつもりなど毛頭もないのだろう。
「お待たせいたしました。こちらが味噌、こちらが醤油になります」
一瞬重くなりかけた空気を吹っ飛ばすかのように女性店員が注文の品を持ってやってきた。二人の表情は真剣なものから、いつもの表情へと戻った。
「私は醤油です」
「俺は味噌」
それを聞いた店員は熱々ラーメンの入った容器をそれぞれの前に置いていった。
「ごゆっくりどうぞ」
男臭い仕事場の中で唯一の女性店員は頭を下げて去っていった。
「まあ、食べようか」
「そうね」
二人は「いただきます」と言ってラーメンを食べ始めた。亮司はまずスープから、鈴森はいきなり麺からいった。
「思ったよりは美味しいわね」
「うん。……ところでさ、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな」
亮司は箸を止めて静かに言った。
「答えられるものならなんでもいいわよ。スリーサイズとかが聞きたかったのならごめんなさいね」
「あのなあ……、まあいい。なんで急にそんな風になったんだ? 今のお前はお前らしくないっていうか……。やっぱりそれも全部演技だったのか?」
モリリンから鈴森、その変わり様が亮司は以前から気になっていたのだ。
「今あなたが見ている私が正真正銘本当の私よ」
鈴森は頭を少し傾けて答えた。
「前はもっとこう心の底からギラギラしてたっていうか、好戦的っていうか。とにかく仲良くしようなんて微塵も思ってないような態度だったじゃないか。そういうのも全部演技だったのなら素直に感心するよ」
「全部が演技とは言えないけど……。そもそも今までの私がおかしかったのよ。少しのことで感情的になって、言いたくないのについつい余計なことまで言ってしまったり」
鈴森は過去の自分を顧みているようだった。
「きっとストレスが溜まりに溜まってたせいね。でも最近になって一番のストレスの種が消えたからもう大丈夫よ。二番目の種は少し怖くて不安だけど、あなたと檜山がいるからまだ安心できるし、三番目の種に至ってはもう慣れて気にならなくなってきたし」
そう話す鈴森の表情には陰りが見られるが、全体的にはすっきりとしていた。全盛期のストレス量と比べると、だいぶ減っているようだ。
「二番目と三番目は大体分かるけど、一番目が全く分からないな。なんなんだ?」
何が一番ストレスになっていたのか亮司が問うと、
「秘密。教えたくないわ」
鈴森は人差し指を唇に当てて答えた。
「なんだよそれ。まあそうやって茶化す元気があるなら気にする必要もないか」
亮司は不満そうな顏でラーメンを再び食べ始めた。鈴森はその様子を楽しそうに見つめていた。
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