DIVE_20 現実への誘い
店長のプレゼント選びは結局二時間ほどで終わった。プレゼントは百合の花の匂いがする香水と薔薇の花束に決まった。ありきたりすぎるのではと亮司は言ったが、店長はとても気に入ったようで、その後の変更はなかった。
亮司は満足そうな顔の店長を見送ったあと、一人商店街の空地へと向かった。
「いない……か」
空き地にミツルの姿はなかった。
亮司は空き地の真ん中に座り込み、夕食までの間、来るかも分からない彼を待つことにした。空き地の前を通り過ぎる人々はそんな亮司に奇異の目を向けていた。
「……帰るか」
亮司はプレゼント選びとほぼ同じ時間辛抱強く待った。だが最後までミツルが現れることはなかった。
現実世界に帰った亮司は軽い夕食をとり、ヒーナとモリリンがログインする時刻に合わせてTRUE WORLDへログインした。場所はいつもの公園。
一番乗りの亮司はそわそわしながらブランコに座って二人を待つ。
今日は前日のオフラインミーティング後、初めての顔合わせとなる。亮司がそわそわしているのはこのせいだろう。
「こんばんは」
亮司の次にやってきたのはヒーナだった。
「ああ、こんばんは」
亮司はどう接していいか分からず他人行儀で返事をした。そうすると、
「ふふ。私は私のままですし、接し方もいつも通りでいいですよ」
ヒーナはいつもと変わらぬ様子で優しく言った。
「……うん。そうだね」
沈めた恋心が疼くが亮司はそれを抑えて頭も気持ちも切り替えた。
「あ、もしかして私が最後?」
最後にやってきたのは女口調のモリリンだった。前言通りもう二人の前では男を演じるつもりはないらしい。
「その顔でその口調だと、ちょっと気持ち悪いな」
亮司は思ったことをそのまま口にした。
「そのうち慣れるわよ」
「うーん……。慣れるのにはしばらくかかるな」
あっけらかんとした様子のモリリンとなかなか順応できない亮司。その二人の様子をヒーナは安心した顔で微笑ましそうに見つめていた。
それから三人は前と同じように楽しく雑談を交わし、カードとその持ち主のことについても言葉を交わした。亮司は今日ミツルに会ったことは話さなかった。
特に変わったこともなくこの日は話だけで終わった。
「ではお先に失礼します」
今回はヒーナが一番先にログアウトした。
現在もヒーナはビジネスホテル暮らしで亮司たちの町に留まっている。どうやら少し長めの休暇を取ったようだ。観光に出かける予定もあるらしい。
「ねえ、ちょっといい?」
亮司がログアウトしようとするとそれをモリリンが引き止めた。
「明日、何か予定ある?」
「うーん。仕事が二件入ってる」
亮司は空白の多い予定表を確認してから答えた。
「じゃあ明後日は?」
「その日は何もない」
亮司がそう答えると、モリリンはわずかに口角を上げた。
「なら明後日、買い物に付き合ってほしいの。いいかしら?」
「別にいいけど。俺がついていく意味はあるの? ゲームとかならまだしも、女物は完全に専門外だよ。丁度それが今日分かったし」
亮司は店長とのプレゼント選びを思いだした。
「私の荷物持ちをしてくれるだけでいいから。大丈夫よ」
「ん……?」
亮司は首を傾げた。
「荷物持ちってどういうことだ? もしかして現実世界の話?」
「ええ。現実世界での話よ。こっちだと荷物を持つ必要なんてないからね」
亮司は現実世界での話と知るや否や、
「ならいいや。外に出るの面倒だし」
言葉通り面倒そうな顔をしてモリリンから視線を逸らした。
「別に荷物を全部持たせようってわけじゃないし、そんなに時間もかからないわよ。だから、ね? いいでしょ?」
「でもなー……」
「せっかく仲良し協定を結んだんだし、行きましょうよ。今度何かあったら付き合ってあげるから」
腕を組んで悩む亮司をモリリンはぐいぐい押していく。そうすると、
「分かったよ」
亮司は渋々と承諾した。モリリンは一瞬だけにやりと笑みを浮かべた。
「なら明後日の午前十一時に、昨日のあの喫茶店で待ち合わせね」
「了解」
「いい返事。それじゃあまたね」
モリリンは亮司に軽く手を振り、
「今度は寝坊しないでよ」
くすくすと笑いながらログアウトした。
「…………」
亮司は怒ることはなく静かにため息をついた。そして心の中で「よし」と呟いた。
それから二日後。時刻はもうすぐ約束の午前十一時。
待ち合わせ場所の喫茶店には一つの人影があった。
「……遅いな」
それは亮司だった。寝起きではない完全に目覚めた顔で、寝癖がなくちゃんとセットされており、服には目立ったシワがなかった。その徹底ぶりを見るに、また馬鹿にされるのが余程嫌だったのだろう。
「ごめんごめん。待った?」
鈴森は結局十分遅れで喫茶店にやってきた。元々身長が高くヒールも履いているので、亮司よりも拳一つ分背が高かった。
「寝坊でもしたの?」
亮司は少々皮肉めいた口調で言った。昔に比べるとかなりマイルドだ。
「女の子の準備は時間がかかるものなのよ。むしろ感謝してほしいくらいだわ。この十分間、私が来るか来ないかでハラハラドキドキできたでしょ?」
「物は言いよう。遅刻した事実は変わらないよ。そもそも遅刻するなと俺に言ったのはそっちじゃないか」
亮司は人差し指を立てて鈴森を軽く責めた。すると、
「あら。寝坊するなとは言ったけど、遅刻するなとは一言も言ってないわよ」
思わぬカウンターが返ってきた。亮司は思い違いに気づいたようで「……屁理屈」と小さく声を漏らした。
「ふふ。詰めが甘いわね。まあ、時間ももったいないしそろそろ行きましょ。それと遅刻してごめんなさい」
鈴森は強引に亮司の手を引いた。
「ちょ、ちょっとどこ行くんだ」
「少しだけ歩くわよ」
鈴森は亮司と手を繋いだまま、どこかへ向かって歩きだした。亮司は手を引かれるままについていった。
途中、手を繋いでいることが恥ずかしくなったのか亮司は手を離した。鈴森は少し残念そうだったが、再び手を繋ごうとはしなかった。
そうして二人が辿り着いたのは大型のショッピングモールだった。この企業は仮想世界の中心街にも店を構えており、誰もが知る大企業だ。
「普段私が行くようなお店はあなた苦手そうだったから」
「まあ、確かに苦手だけど……」
亮司はお洒落さんだらけの喫茶店を思いだした。
「やっぱりね。だからここを選んだの。さあ、中に入りましょ」
鈴森はそう言い、先にショッピングモールの中へ入っていった。
「…………」
亮司は中に入る際、悔しげに下唇を噛んだ。
なぜならばこの店は亮司が復興させようとしている商店街の一番の敵だからだ。
にもかかわらず、これから敵地で遊ぼうとする自分に亮司は嫌悪感を覚えた。
「何やってるのー?」
「あ、ごめん。今行く」
亮司は無意識に立ち止まっていたらしく、急いで鈴森のもとに向かった。
店内は利便性からか仮想世界よりも人が少なかった。だがそれでも他の店に比べれば圧倒的に多かったが。
「さっそくショッピングといきたいところだけど、まずはお昼ご飯を食べましょ」
「そうだね。もうお昼だし。ここは東口だから、向かいの西口付近にレストラン通りがあるよ。二階にはフードコート。三階には軽食しかないけどカフェもあるよ」
亮司がすらすら説明すると鈴森は目を丸くした。
「詳しいわね。何回か来たことあるの?」
「あっちではよく行ってたんだ。中の構造は全く同じだし」
その言葉通り、亮司は仮想世界でこのショッピングモールによく来ていた。理由は言わなくても分かるだろうが、商店街復興の策を考えるためだった。客引きやサービス、内部店舗の立地場所などかなり細かく調査していた。
「なるほどね。結構頼りになるじゃない」と鈴森は亮司の背中を叩いた。
「知ってるとこで良かったよ。それで、何にするの?」
「うーん……。とりあえずレストラン通りに行ってみましょうか」
鈴森は考える素振りを見せたあとレストラン通りのほうへ向かって歩きだした。亮司はその背中を追うのではなく、隣に立ち同じ歩幅で歩いていった。
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