DIVE_19 再会と焦燥
「ただいまー」
家の中に入ると、すっかり冷えた亮司の体を生ぬるい空気が覆った。何とも言えぬその暖かさに亮司はほっとした。
何かがおかしいと感じたあの日から亮司がこの家に心を許すことはなくなった。とは言え自身が一番よく知っている場所のせいか、多少の安心感は得られているようだった。
亮司はすぐに部屋の電灯を点けてソファに寝転がった。
「今日は、疲れたな……」
亮司は天井を見上げながら心底疲労した声色で呟いた。
それもそのはずだ。今日は四年越しの壮大なネタばらしがあったのだ。それに追随する形で失恋や自己解放と、精神をさらに削っていくものもあった。
もしも今回以上のネタばらしがあれば、今の亮司はきっと壊れてしまうだろう。
亮司はふと振り返った。彼改め彼女との喧嘩の数々を。
そうすると亮司の脳裏にチクッと痛みが走った。頭も疲れているのか、痛みの程度は小さく邪魔にはならなかった。
亮司は覚えている範囲で過去の喧嘩を思いだした。
「……あれ」
懐かしく思うつもりが、亮司は喧嘩をする自分に違和感を覚えた。だが記憶の中で喧嘩をしている人物は間違いなく亮司本人だ。
亮司はなぜ違和感を覚えたのか考えようとしたが、
「……ああ、もういいや。寝よう」
疲れも相まって余計に頭が混乱してきたため今日は諦めて寝ることにした。
亮司は布団に潜り込んで目を瞑る前に、枕元に置いてある携帯電話を手に取った。そしてメニューから電話帳を開いた。
そこには『鈴森皐月』と『檜山南次郎』の名前があった。それ以外は相変わらず真っ白の状態だが、亮司は満たされた顏で携帯を閉じ、眠りについた。
「……見つけた」
亮司は目を見開いた。翌日の昼下がりのことである。
亮司の視線の先にはカードの持ち主がいた。場所は二人が初めて出会った空き地。
午前の仕事終わりに亮司がふらっと空き地に訪れたところ、もう会えないと思っていたカードの持ち主がいたのだ。
カードの持ち主は亮司に気づいた様子はなくじっと空を見つめている。
「おいお前! そんなところで何を……!」
また煙のように消えてしまう前に亮司は急いで男に駆け寄った。
「カードは使ってる?」
男は振り返り、開口一番そう言った。
「……いや、使ってない」
「そう。もっと使ったほうがいいよ。そのほうが君らしい」
男は残念そうにゆっくりと瞬きをした。
「お前に聞きたいことが山ほどあるんだけど、時間はあるか?」
「少しだけなら」
亮司の強気な態度に男は全く動じず承諾した。
「じゃあ、まず名前は?」
「……ミツル、と呼ばれている」
その名前を聞いた瞬間、亮司の胸の鼓動が大きく跳ねた。他人の名前のはずなのに。ありふれた名前のはずなのに。
「……お前の目的は何なんだ。どうして俺にカードを使わせようとする」
「君が君らしくなることが目的。その手段がカードを使わせること」
ミツルの返答に亮司は困惑した。
「その君が君らしくの意味が分からない。今の俺は別人とでも言いたいのか?」
亮司がそう問うと、
「…………」
ミツルはなぜか沈黙で返した。
「おい、答えろよ」
冷静さを保ちつつ亮司が詰め寄ると、ミツルは静かに口を開いた。
「僕からも一つ質問。今日ログインする時、頭は痛かった?」
「な、なんでそのことを……」
亮司は驚いて一歩後ろに下がった。限られた人物しか知らないことを今ミツルは聞いたのだ。
「不思議なものだね。引き離されてもちゃんと覚えてるんだ。そして惹かれあう」
ミツルは意味の分からないことを言って歩きだした。亮司から離れていく。
「おい、どこに行くんだよ!」
亮司は慌ててミツルの後を追った。しかし、
「君がカードを使えば、きっとまた会えるはず」
ミツルはそう言い残して煙のように消えた。
「……いったい何なんだよ。誰か俺に本当のことを教えてくれよ」
誰もいない空き地の中心で、亮司は心の叫びを口から漏らした。握ったその手には現実なら爪痕が付くくらいに力がこもっていた。
亮司は静かに深呼吸したあと、とぼとぼと空き地から出ていって相も変わらず寂れた商店街をミツルとの会話を思いだしながら歩いた。
「……カードを使え、か」
亮司は周りを見た。見えるのは人の気配がしないシャッター街。このまま廃墟になってしまいそうな雰囲気を出している。
「……使う理由はあるんだよな」
亮司の目的はこの寂れた商店街を復興させること。そのためにはカードの力が必要不可欠なのだ。
だがカードを使ってしまうとミツルの思惑通りになる上、背負った罪がさらに重くなってしまう。亮司はそれが嫌だった。
「時間はまだ残されてる。焦るな」
一時の感情に流されて早まらないよう亮司は自分に言い聞かせた。
それからしばらく歩いて亮司が八百屋の前を通ろうとすると、
「お、亮司じゃねえか」
丁度店から店長が出てきた。
「おめえ、もう仕事は終わったのか?」
「うん。もうやってきた。終わったあと、一時間くらいうん蓄を聞かされたよ」
亮司は思いだしてうんざりした。
「ははは! うん蓄ってことは本屋の親父だな。あいつと一緒に飲みに行く時は俺も毎回聞かされるぜ」と店長は豪快に笑った。
「最近は聞いた話を何度も聞かされるから困ってるよ」
「あいつは基本自分の好きなうん蓄話をしたいだけで、相手が聞いたことがあるとかないとかは関係ねえんだ」
やれやれ困ったもんだと言わんばかりの顏で店長は答えた。
「そうなんだ……。正直、痴呆が始まったのかと思って冷や冷やしてたよ」
亮司がそう言うと店長は再び豪快に笑った。
「ははははは! でもあいつも俺もあと何十年かすりゃあ、本当にそうなるかもな」
「縁起でもない……」
本当に縁起でもない店長の言葉に亮司は気をもんだ。そうすると店長はにかっと笑って亮司の肩を叩いた。
「冗談だ、冗談。ところで、お前今暇か?」
「まあ、暇と言えば暇だし、暇じゃないと言えば暇じゃない」
「はっきりしねえなあ。じゃもう暇ってことにしとくぞ。今から中心街に買い物に行くからそれに付き合え」
「中心街……? 何の用事?」
大抵の物なら商店街で売っているのにと思いつつ亮司は聞いた。
「女房へのプレゼントだ。もうすぐ誕生日だからな」
「え、今までは商店街で買ってなかったっけ」
店長の返答に亮司は顔を曇らせた。
「たまにはいいかと思ってな。それで俺の周りで中心街に詳しそうな奴っていうと、おめえくらいしかいねえだろ?」
「……ああ、うん。まあそうだろうね」
亮司はなんとか平静を装ったが、内心かなりショックを受けていた。店長がもう商店街のことを完全に諦めたと思ったのだ。
「何を買うかは大体決めてあるからな。そこまで時間はかからないと思うぜ。んじゃ、さっそく行くぞ」
店長は亮司の首根っこを掴んで一緒に中心街へとテレポートした。
到着した場所の周りには装飾品や化粧品の店が多く軒を連ねていた。
「……ここに来るのはいつ振りだろうな」
店長は亮司に聞こえない音量で呟いた。その表情は長年の迷いや抵抗を無理やり吹っ切ったようなものだった。
しかし店長のその表情が長く続くことはなく、
「よっしゃ! 頑張って探すぞ。っておい、元気ねえな。俺と一緒に来るのがそんなに嫌だったか?」
亮司に向ける時にはすっかり元に戻っていた。
「いや……ちょっと考え事をしてただけ。それで、まずはどこに行きたいの?」
亮司は亮司でさきほどのショックを引きずっているようだった。
「まずは化粧品のほうからだな」
「化粧品なら、あっちの通りだね」
亮司は化粧品通りの方向を指さしたあと、
「奥さんの趣味は分からないから、選ぶのはおじさんがやってね」と先導するように歩き始めた。
「おうとも。やっぱおめえに付いてきてもらって良かったぜ。人も店も多すぎて、俺には何が何だか分かりゃしねえ」
店長は空元気に見えなくもない様子で亮司のあとに続いた。
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