DIVE_16 記憶障害
「ごめんごめん! 色々あってさ!」
いつもの公園に到着早々、亮司はヒーナとモリリンに謝った。
時刻は零時を回ろうとしていた。もうすぐ次の日だ。
「おせえよ! どんだけ待ったと思ってるんだ」
「モリリン。行くように勧めたのは私です。責めるなら私を責めてください」
ヒーナは怒りの矛先を自分に向けるようモリリンに言った。
「あ、いや、別に怒っちゃいねえって。遅いから何かあったんじゃねえかと思ったんだよ」
モリリンは首を横に振ったあとで照れくさそうにしていた。
「お前が俺の心配? ……でもまあ、ありがとう」
意外だったが亮司は素直に感謝した。今が呑気に喧嘩をしている時ではないからだ。
「それで……結果はどうでした?」
「ああ、そうだった。まず外出した時のことだけど……たぶん誰かにつけらてる。いや間違いない」
「やはり……。他に何か気づいたことはありますか?」
「……携帯電話の電話帳に何も載ってなかったことかな」
亮司の返答に、ヒーナとモリリンは意味がよく分からないといった顔をした。
「間違えて消したとかそういうわけじゃなくて、最初から何も載ってなかったんだ。家族のも、親戚のも、友人のも」
「不具合で知らないうちに消えてしまった、という可能性もありますね。そもそも電話帳に何も載っていなくても頭が覚えているはずでしょう?」
ヒーナはあくまで冷静だった。
「それが……思いだせないんだ。連絡先のことだけじゃない。存在自体もなんだ。唯一覚えてるのは、俺の両親がすでに亡くなってることだけ」
亮司は自分の頭を手で押さえながら話した。
「記憶喪失……いえ、記憶障害の疑いがありますね。亮司、念のため明日病院に行きましょう」
「でもヒーナ。前にも言ったけど、俺は毎月病院で定期検診を受けてるんだよ。そして毎回決まって異常はなし。だから病院に行っても意味がないよ」
あくまで病院に行く意味がないという考えの亮司。
「その病院とは、もしかして日曜日に定期検診がある病院のことですか?」
「そう。と言ってもその日に定期検診を受けるのは自分だけみたいだけど」
「…………。その病院、何か臭います」
しばしの沈黙のあとでヒーナは静かに言った。
「亮司。定期検診の時を思いだしてください。そして、気になったところ、おかしいと感じたところを少しでもいいので教えてください」
「んー……そうだな。自分の連れていかれる検査室に何も名前がなかったり、医師や看護師がやけに多かったり。あ、それと見たことのない変な検査機器もあったね」
亮司は上を見ながら定期検診時のことを思いだし答えていった。
「よくそんな胡散臭いところに毎月通ってたな。洗脳でもされてたのか?」
亮司の話を聞いていたモリリンは呆れ顔。
「洗脳って大げさな。でもよくよく考えてみると、お前の言う通り胡散臭いな。今まではそんなこと微塵も思ったことなかったのに」
「亮司。もうその病院へ行くのはやめなさい」
ヒーナは亮司が言い終えると同時に言った。背筋をぞくりとさせるような鋭い目つきで。
「わ、分かった。行くとしても別の病院にするよ」
亮司は気圧され気味に返事をした。
「今一度聞きますが、本当に家族や親戚、私たち以外の友人のことを覚えていないのですか?」
ヒーナがそう問うと、
「それは本当。無理に思いだそうとすると頭が痛くなるんだ」
亮司は人差し指で頭をトントンと叩いた。
「なら別の病院へ行ってみてください。違う診断結果が出るかもしれません。他にも市役所で住民票を閲覧したり、警察のほうに相談したりするのも良いかもしれませんね」
「うん。そうするよ」
亮司はその親切なアドバイスを受け止めた。
「自分のことはこれで一時解決したし、カードの話題に戻ろうか。みんな、時間は大丈夫?」
亮司は二人の顔を交互に見る。
「ああ、大丈夫だ。あまり長くはいられないけどな」
「私も大丈夫です」
モリリンに続いてヒーナも肯定した。
「よし。じゃあ最初に提案なんだけど現実世界で集まらないか? 少し面倒かもしれないけどさ」
亮司がそう言った直後、モリリンは目を大きく見開いて硬直し、ヒーナはビクッと体を震わせた。
「……え、なんか変なこと言った?」
二人の様子に亮司は困った表情を浮かべた。
「い、いや、都合が合うかなーと思ってさ。それに住んでるところがみんなバラバラだったら大変だなーなんて。な、ヒーナ」
「…………」
モリリンの呼びかけに、ヒーナは沈黙で答えた。
「どうしたんだよ二人とも。もしかして現実世界で集まるのが嫌なのか? 事はこの世界だけじゃなくて現実世界まで広がってるんだ。そんな風に毛嫌いしてる場合じゃないだろ」
亮司は両手を使って訴えた。と、その時ヒーナが沈黙を破った。
「そうですね。一度、現実世界で集まりましょう。どちらの世界でも連絡を取れるようにしていたほうが対応しやすいですしね」
「ほら、ヒーナは承諾したぞ。あとはお前だけだ」
亮司はモリリンの顔を見ながら強く言った。
「あ、ちょっとお腹が痛くなってきた。盲腸かもしれない」
「茶化すな」
「別に今すぐ集まるってわけじゃないんだろ。だったら今日はこれで解散に」
「逃げるな」
「…………」
亮司に追い詰められたモリリンはとうとう黙りこくってしまった。
「今がどんな時か分かってるだろ。大事なことなんだ。……こんな大変な事に巻き込んだことなら、あとで気が済むまでいくらでも謝るよ。だからお願いだ」
亮司は子供を諭すような優しい口調でモリリンを説得した。そうすると、
「分かったよ」
モリリンは観念して承諾した。
「よし! じゃあこれから集合する場所と」
「でも一つ条件がある。俺の言うことを一つ聞け。それがどんなことであってもだ」
モリリンは亮司の話に無理やり被せて言った。話を中断させられた亮司はポカンとしていた。
「別にそれでいいよ。それで、俺は何をすればいいんだ?」
我に返った亮司は両手をモリリンの前に差しだし、言葉を待った。
「いや、まだ決めてない。決まったらその時に言う」
「そうか。まあできる限りのことはやるけどさ、犯罪行為は無理だからな」
相手が相手なので、亮司は一応釘を刺しておいた。
「そもそもカードに関わっている時点で私たちはすでに……」
ヒーナのその言葉に亮司はそれもそうだと苦笑いを浮かべた。
「話は戻るけど、これから集合する場所と日時を決めるよ。できれば一週間以内に集まりたいから、それぞれ都合のいい日を教えて」
亮司は逸れた話を元に戻した。三人は集合日時と場所をどうするか話し合いを始めた。
話し合った結果、次の日曜日に亮司宅の近辺にある喫茶店に集合ということで決まった。時間は正午。
そしてとっくに日を跨いでいるためこの日はもう解散となった。
「んじゃ、またな」
モリリンはそう言って真っ先にログアウトした。きっと眠たかったのだろう。
「それじゃ、俺も帰るね」
「はい。お疲れ様です。ゆっくりお休みなさい」
ヒーナが返事すると、亮司は手を振りながらログアウトをした。
誰もいなくなった公園に一人残されたヒーナ。すぐにはログアウトせず遊具のブランコにゆっくり腰かけた。
ヒーナは地面を軽く蹴ってブランコを動かした。趣のある速度でブランコは空を切りながら前後に揺れる。
「……とうとう、この日が来たんですね」
ヒーナは呟いた。その横顔は憂いに満ちていた。
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