DIVE_15 忍び寄る非日常

 次の日になった。


 亮司は午前中に一つ仕事をやって、それからはずっと調査をしていた。自分で決めたノルマをクリアしたら夕食をとり、みんなで集まる夜に備えた。


 亮司は一足先に集合場所の公園に行き、遊具で暇を潰しながら二人を待った。


「……ん?」


 一時間ほど経った頃、亮司の前にモリリンが現れた。息は荒く、視線は安定せず、非常に焦った様子だ。


「どうしたんだよ」


 さすがにおかしいと思った亮司はモリリンに声をかけた。


「あ、いや、なんでもない」


 モリリンはそう返事して亮司のすぐ近くに座った。


「言えよ。結構付き合い長いし、一応友人というかそういう存在だろ。お前がどう思ってるのかは知らないけどさ」


 相手がモリリンとあって亮司は照れくさそうに心配した。そのまま放っておくことをしないのが亮司の良いところでもある。


「……誰かにつけられてる。一日中誰かの視線を感じてて、今日は自宅の玄関口から盗聴器が見つかった」


 亮司の心配が届いたのか、モリリンは静かに事情を話した。


「ストーカーってことか?」


 亮司が聞くと、モリリンはこくりと頷いた。


「お前に? ストーカー? ちょっと笑いたくなったけど、ありえない話でもないな。お前さ、心当たりはないのか? よく女遊びしてるって言ってるじゃないか」

「それは……」


 モリリンはなぜか黙りこくってしまった。


「なんで黙るんだよ。やっぱり心当たりがあるのか?」


 言葉に棘が生えないよう注意しながら亮司はもう一度聞いた。そうすると、


「……違う。嘘なんだ。女遊びしてたってのは」


 モリリンは申し訳なさそうに答えた。その瞬間、亮司は目を見開いた。


「な! 散々言って俺を馬鹿にしてたのに嘘だったのかよ!」


 立ち上がってモリリンを上から責める亮司。


「その時は……からかって悪かったよ」


 モリリンは顔を上げ、亮司の怒った表情を見ながら言った。


「ああ、でも、うーん……。まあ、今のお前とやりあっても面白くないし……とりあえずは水に流してやるよ」


 亮司は複雑な気持ちでやり場のない怒りを抑え込み、その場に座った。


 普段ならこのまま喧嘩に発展するのだが、仲裁役のヒーナがおらず、状況が状況なので亮司は非常に大人な対応だった。


「じゃあ、本題に戻るぞ」


 心を落ち着けた亮司がストーカー問題に再び話を戻そうとしたその時、


「止めようと思いましたが、その必要はなかったみたいですね」


 いつの間にかログインしていたヒーナが横から入った。亮司とモリリンは不意を突かれて体をビクッと震わせた。


「びっくりした。いつからいたんだ?」

「モリリンが『誰かにつけられてる』って言ったところからですね」


 ヒーナは亮司の問いににっこりと笑って答えた。


「実際に被害も出ているので、やはりここは警察に相談したほうが」


 ヒーナは何を思ったのか途中で言葉を切り、


「モリリン。誰かにつけられていると感じたのはいつ頃からですか」


 急に険しい顔つきになって問うた。


「えーと……確か、四日前からかな」


 モリリンがおぼろげな記憶を辿り答えると、


「私もそのくらいから、誰かの視線を頻繁に感じるようになりました。襲ってくるような気配はなかったので今まで無視していましたが」と話した。

「亮司はどうですか? 変わったこととか気になることとか」

「んー、特にないね。そもそも俺は一日中家の中で、ほとんど外に出ないから」


 ヒーナの問いかけに、亮司は自虐っぽく答えた。


「なら今すぐログアウトして部屋の中を調べるか、少し外出をしてみてください」

「……え、急にどうしたんだよ」


 唐突すぎるヒーナの提言に亮司は困惑した。するとヒーナはより一層険しい表情になり、


「現実世界で誰かが私たちのことを探っている可能性があります」

 と告げた。


「……え」

「な、なんだと」


 亮司とモリリンは同時に目を見開いて驚いた。


「どうして俺たちを……あ、もしかして……」


 亮司は言っている途中で気づいた。少し遅れてモリリンも気づいたようだ。


「はい。おそらくカード関係でしょう。亮司、さきほども言ったように今すぐログアウトして部屋の中を調べるか、少し外出をしてみてください」


 ヒーナが再度言うと、亮司は頷いてからログアウトをした。


 現実世界に戻ってきた亮司は部屋の中を調べ始めた。キッチン、部屋にある家具、電灯はもちろんのこと、トイレや浴槽なども細かく調べていく。


「……あ」


 亮司は机の上に置いてある携帯電話にふと目がいった。


「そうだ。これも調べてなかったな」


 亮司は携帯電話を取ろうと手を近づける。しかしその手は寸前で止まった。


 亮司の手は一向に動く気配がなく、今度は小刻みに震え始めた。


「……どうして触れない」


 亮司はひきつった顔で携帯電話に触れようとする手により一層力をこめる。小刻みに震えているのはそのせいだろう。


 亮司はパッとその手を引っ込め、今度はもう一方の手で携帯電話を取ろうとした。


「……どうしてなんだ」


 だがその手も携帯電話には届かなかった。


 どれだけ力をこめても、どれだけ届けと思っても、なぜか触れることができない。「それを取るな!」と体が、頭が、拒否するのだ。


 遠くから見た亮司の姿は精神異常者のようであり、見えない誰かに邪魔をされているようでもあった。


「……やっと、掴まえたぞ……!」


 約二十分間に及ぶ苦闘の末、亮司はついに携帯電話に触れることができた。


 亮司は息を切らしながらさっそく中を確認する。メニュー画面の左上から順にチェックしていくが、途中で手を止めた。


「……あれ、何も載ってない」


 亮司の視線の先には電話帳が。現実世界の繋がりを示す電話帳に何も載っていなかったのだ。


「どうして……こんな……」


 亮司は怪訝に思いつつも既視感を覚えた。そして考え始めた。この電話帳がいつからこんな状態だったのかを、それに今までなぜ気づかなかったのかを。


「……そうだ。紙だ紙」


 考え事の最中、亮司はふと何かを思いつき、部屋中を再び探し始めた。どうやら紙媒体で連絡先の控えを取っていたかもしれないと思ったようだ。


 だがどこを探しても、結局連絡先の控えは見つからなかった。それどころか、新たな疑問が生まれてしまった。


「本当に俺、ここに住んでるんだよな……」


 長いこと住んでいれば住居者独特の雰囲気を醸しだしているはずなのだが、亮司はそれを感じなかった。いつも嗅いでいる部屋の臭いも、よくよく嗅いでみるとどこか新鮮に感じてしまう。


 何かがおかしい。亮司はそう思ったあとで考え事を再開した。しんと静かな部屋の中、壁を背にしながら。


 しばらく考えていると突如として頭痛が襲ってきた。亮司は舌打ちをした。


「……またこんな時に」


 けれど亮司は考えるのをやめなかった。どこか引っかかるものがあり何かを思いだしそうだったのだ。


 そしてついに、その時が訪れた。


「……思いだしたぞ。ただのデジャビュじゃなかったんだ」


 亮司は思いだした。何も載っていない電話帳に驚いたのが、今回だけではないことを。


「こんな大事なこと、なんで忘れてたんだ」


 亮司は思う。自分の性格上このような普通じゃないことを見逃すはずがない、忘れるはずがない、と。


 謎はますます深まっていく。考えても答えは一向に出てこない。


 亮司は玄関のほうへ視線をやった。


「ヒーナ。少し外出しろって言ってたよな」


 このままずっと考えていても埒が明かないとヒーナの言う通り少し外出をすることにした。


 亮司は外行き用の服を着て、勢いよく玄関から飛びだした。目的地は近所のコンビニエンスストア。散歩ついでに寄っていく。


「こんな時間に外に出るのも久し振りだな」


 住宅街を歩く亮司の周囲は夜色に染まっていた。あいにく天気は曇りで、空を見上げても輝く星々は見えなかった。

 街灯の頼りない明かりや住宅から漏れる温かな光に照らされながら亮司がのんびり歩いていると、


「……ん?」


 背中に誰かの視線を感じた。亮司はすっと振り返る。


「気のせいか」


 背後には誰もおらず、亮司は再び歩き始めた。さきほどとは違い、足運びは慎重に、足音からは用心が伝わってくる。


「…………」


 亮司は耳を澄ました。そうすると、トン、トン、トン、と足音らしきものが背後から聞こえてきた。その音は耳を澄ましていなければ分からないほどの小さな音だった。


 亮司は確信した。誰かにつけられていると。


「…………」


 亮司は無言を貫き、あくまで自然にコンビニエンスストアまで行った。


 コンビニエンスストアで適当な雑誌、お茶、おつまみを買った亮司は行きと同じ足運びで帰り道を歩いた。


 帰り道もトン、トン、トン、という足音は聞こえてきた。


「……ふう」


 自宅まで無事に帰り着いた亮司はため息をつきながら後ろ手に玄関の扉を閉めた。それと同時に張り詰めていた緊張の糸が切れた。


「疲れたー……」


 亮司はその場にへたりこんだ。だが急に立ち上がって、


「あ、二人が待ってるんだった」


 DIVEへと駆け込み、TRUE WORLDにログインした。その際、いつもの頭痛は起こらなかった。



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