DIVE_13 たくさん使ってね
亮司はごくりと唾を飲み込み、ポケットからカードをおそるおそる取りだした。返す前に使ってしまったことを話さなければならないせいか、冷や汗をかいて緊張している。
「カード。見せて」
その男は言った。
亮司は微かに震える手でカードを男に渡した。その際、
「あの、少し使ってしまいました」
言い訳せず正直にそう言った。
「…………」
だがその男は気にも留めず黙々とカードの中を調べている。
「もう一つの機能は使ってないんだ」
調べ終えたのか、その男は亮司の目を見て言った。
「あんなに危ないもの、とてもじゃないけど使えないよ」
亮司は男の目をしかと見ながら強い口調でそう返した。
しかし、無意識にふと使ってしまいそうになるほど亮司はカードに毒されている。心のストッパーがなければ、今頃世界中で大変な騒ぎとなっていただろう。
「……でも、こうやって使う方が君らしいはず」
その男は突然カードを掲げて大きく左右に振った。
「いったい何を……」
亮司は男の意味不明な言動に困惑する。
「これで終わり。はい、君に返すよ。たくさん使ってね」
「……え」
亮司は男からカードを返されてますます困惑した。
「あっちのほうに行ってみて。きっと面白いから」
男はそう言ってとある方向を指さした。亮司は釣られてその方向を見た。
「あっちは確か中心街の……」
そう呟いた亮司が男のほうへ視線を戻すと、
「あれ……」
そこには誰の姿もなかった。とっさに周りを見回したが、やはりいなかった。
「ログアウトしたのか」
なぜこんなタイミングで。亮司は疑問に思った。だが今優先されるべきは、二人への連絡である。
亮司はさっそくヒーナとモリリンに連絡をした。したのだが、
「今すぐに中心街へ来てください。大変なことになっています」
「それよりも早く中心街まで来い!」
二人とも焦った様子で全然取り合ってくれなかった。
「しょうがない。中心街まで行くか」
亮司は仕方なく中心街、ヒーナとモリリンがいる座標にテレポートした。
中心街へ到着するなり大声が方々から飛んできて、亮司は耳を塞いだ。
「なんだこの騒ぎは……」
中心街は数えきれないほどの人々が乱心したように動き回っていた。一見すると集団パニックを起こしているような、だがしかしよくよく見てみると笑みを浮かべている者たちもおり、お祭り騒ぎにも見える。
「お、やっと来たのかよ! おせえよ!」
喧騒の中、亮司が突っ立っていると、モリリンが声をかけてきた。かなり興奮しているようだ。
あの出来事から約一週間経った今、亮司とモリリンの関係はいつも通りに戻っていた。
「お前まで大声出すなよ。うるさいだろ。で、いったい何が起こってるんだ?」
亮司はあの男が指さした方向、言った言葉を思いだしながら聞いた。すでに嫌な予感がしていた。
「それがよ、中心街にある店の商品が全部タダになってるらしいんだ。みんな、注文するために殺到してるってわけだ」
モリリンが声を抑えて答えたあとで、
「それだけではありません。登録された個人情報や注文履歴なども漏れて、誰もが閲覧できる状態になっています」
続けるようにして後ろから出てきたヒーナが言った。
「せっかくだし俺たちも何かもらいに行こうぜ!」
モリリンは目を輝かせて提案するが、
「商品が無料で注文後自動発送と言っても、運搬するのは人ですからストップをかけられるはずですよ」
ヒーナにバッサリと切って捨てられた。
「なんだよ二人とも。ノリが悪いなあ。もしかしたら手違いでゲットできるかもしれないだろ!」
モリリンはなおもそう訴えるが、
「料金を支払わないといけなくなる可能性も考えろって。それにお前、ちょっと前にやらかして美味しい思いをしただろ。少しは反省しろ」
今度は亮司にバッサリと切って捨てられた。
さすがのモリリンも二人にそう言われると引き下がらざるを得なかった。
「調査の件だけどさ、カードの持ち主に会ったよ」
モリリンが静かになったので亮司は本題に入った。ヒーナとモリリンは驚いた顔で亮司を見た。
「話す前にいつもの場所へ行こう。会話設定も変更しておいて」
亮司は二人にそう告げて会話設定をグループに変更し、いつもの公園へとテレポートした。二人もそれに続いた。
いつもの公園に到着した三人は円陣を組むように座った。
「話したいことがありすぎて、どこから話していいか分からないけど、とりあえずカードの持ち主がどんな人物だったか話すよ」
亮司は頭の中で情報をある程度整理してから話し始めた。
「俺と同じくらいの身長と年齢の男で、どこにでもあるような普通の服を着てた。基本的に無口で、なんか人形みたいな怖さを感じたよ」
「カードのことは話したのですか?」
「話したよ。そこの馬鹿が勝手にお金を使ったことも正直に」
嫌味ったらしく答えた亮司。その横でモリリンは項垂れていた。さすがにやりすぎたと反省しているのだろう。
「でもお咎めはなかったよ。というより全然興味なさそうだった」
しかし亮司がそう言うや否や、
「ほら俺の言った通りだろ! やっぱりそれくらいじゃ気にしねえって!」
モリリンは急に元気を取り戻した。
「モリリン、邪魔をしないで。しばらく黙ってなさい」
ヒーナが強い口調で言うと、モリリンは黙った。
「続けてください」
「あ、うん。そのあとカードを返したんだけどさ……」
流れるように催促された亮司はポケットに手を伸ばし、漆黒のカードを取りだして見せた。
「たくさん使ってねって言って俺に渡したあと、ログアウトしたんだ」
「たくさん使って……ですか。言葉通りに受け取ると、亮司へ譲渡したということになりますね。なぜ譲渡したのでしょうか。そもそも譲渡したということは、渡すべき相手が亮司で合っていた、もしくは相応しいと判断した、ということになります」
ヒーナは頭に浮かんだ疑問点を口にした。その手は喜び声を上げようとするモリリンの口を塞いでいた。
「他に何か情報はありませんか?」
「あー……。飛び切りのやつがあるけど、言っていいものかどうか……」
話すと非常に面倒なことになるのが目に見えているため、亮司は話すのを渋る。
「これ以上巻き込みたくないという気持ちもあるのでしょうが、乗りかかった船どころかすでに乗っています。今更隠しても意味がないでしょう」
「……それもそうか。じゃあ話すけど、今起こってる中心街の騒動はたぶんこのカードの持ち主のせいだ」
亮司の発言にモリリンは目を大きく見開いた。ヒーナは薄々そう思っていたのか、眉をピクリと動かしただけだった。
「このカードを一度返した時に、そいつはカードを掲げて左右に振ったんだ。最初は意味が分からなかったけど、今なら分かる。そいつは俺にカードを渡してから消える前に『あっちのほうに行ってみて。きっと面白いから』と言って中心街のほうを指さしたんだ」
亮司はジェスチャーも交えながら、ゆっくりと続きを話した。
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