DIVE_12 持ち主

 翌日の昼前。亮司は身支度を整えて病院へと向かった。


 病院は亮司の住むマンションから徒歩三十分の距離にある。大きな病院で方々から人がやってくるため、平日はかなり混雑している。


 亮司は徒歩ではなく自転車をこいで病院までやってきた。久々の運動のせいか息切れを起こしている。


 亮司は息を整え、見舞客がよく利用する裏口から中に入っていった。


 病院内はしんと静かで節電のためか少し薄暗い。コツコツコツと看護師の歩く音が院内によく響いた。


「すみません。定期検診に来たんですが」


 亮司は顔見知りの看護師を呼び止めた。


「ああ、霧谷さんね。じゃあいつもの検査室前で待ってて」

「はい。分かりました」


 亮司は返事をして三階にある検査室へと向かった。


 階段を上がって三階に辿り着いた亮司は、MRI検査などをする第一検査室、レントゲンをとる第二検査室を通り過ぎて、一番奥にある名がない部屋の前で立ち止まった。


 なぜかこの検査室前には椅子やソファがないので、亮司は壁にもたれて立ったままその時を待った。


 しばらくすると医師二人看護師三人、計五人がぞろぞろと亮司のもとへやってきた。医師の一人は高齢で白髪の男。もう一人は茶色がかった黒髪の中年男だった。


「待たせたね」


 白髪の医師がそう言って検査室の扉を開けた。


 亮司が検査室の中に入ると、続けて五人が入ってきた。最後に入ってきた女の看護師はしっかりと扉を閉めた。


「座ってください」


 白髪の医師にそう指示されて亮司は目の前にある椅子に座った。指示した医師は亮司の向かいに座った。


「はい。ちょっと服を上げてね」


 言われた通りに亮司は服を上げて聴診器を使った軽い診察を受けた。そのあと、


「何か変わったことはないですか?」


 白髪の医師にそう聞かれた。


「あー、はい。あります。なんか記憶がごちゃごちゃになって思いだせないことがあったり思いだそうとすると頭が痛くなったりします」


 亮司が素直にそう答えると、場の空気が一瞬にして張り詰めたものとなった。


 さきほどからずっと立ちっぱなしだった医師と看護師三人は目配せをして、奥にある検査スペースのほうへ向かった。


「なるほどね。じゃあちょっと準備があるから、ここで待っていようか」


 白髪の医師は何か考える素振りを見せつつそう言った。


 亮司が大人しく座って待っていると、


「準備が整いました。こちらへ」


 奥から看護師の一人が顔を覗かせて言った。


 亮司は立ち上がって奥にある検査スペースに行った。


 検査スペースには診察台や検査結果を表示する複数のモニター、それからリクライニングチェアが置いてあった。DIVEのものとよく似ているリクライニングチェアの上には頭をすっぽりと覆う検査機器があった。


「そこに座ってください」


 黒髪の医師は亮司の背中を軽く押して誘導し、リクライニングチェアに座らせた。


 そうすると上から検査機器が下りてきて、亮司の頭をすっぽりと覆った。視界は真っ暗になり、音は聞こえ辛くなった。息ができるように鼻と口の部分にはちゃんと穴が開いていた。


「霧谷さん。目を閉じてリラックスしてください」


 ぼそぼそとした白髪の医師の声が聞こえて、亮司は言われた通りにした。


 検査と言うよりは実験に近い雰囲気があり、亮司は言い知れぬ不気味さを感じていた。


 一分後。TRUE WORLDへログインするような感覚があって、亮司の意識は途絶えた。


「……それでは始めましょう」


 亮司の意識が途絶えたのを確認した白髪の医師は言った。周りの四人は真剣な面持ちで頷いた。




「…………。……ここは」


 亮司は診察台の上で目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながらゆっくりと上半身を起こした。


「目を覚まされましたか」


 亮司の隣には女性の看護師一人が立っていた。他の四人の姿はなかった。


「あの、もう検査は終わったんですか?」

「はい。終わりましたよ。体の調子はどうですか?」

「大丈夫です。なんかすっきりした気分ですよ」


 亮司はそう言って診察台から下りた。


「検査結果は異常なしでしたが、もし何かあったらすぐに来てください。そうでなくても一か月後の第三日曜日に来てください」

「分かりました」


 亮司は業務口調の看護師に返事をしてその場を後にした。


 病院から出た亮司は清々しい気分で自転車に乗り、自宅へ帰っていった。


 不思議なことに、亮司は頻繁に起こっていた頭痛やあれだけ悩んだ数々の疑問を完全に忘れていた。それこそ、最初からなかったかのように。




 それから一週間が経った。


 亮司たち三人は今日もいつものようにみくらやの調査を続けている。


この一週間、新たな情報は得られず手がかりも掴めていなかった。完全に行き詰っている状態だ。


「はあー……。なかなか上手くいかないなー」


 亮司は商店街の八百屋にいた。調査が思うように進まないせいか外を見ながらぶつぶつと呟いている。


「おう、若いのに大きいため息だな。どうしたんだ」


 八百屋の店長は亮司の隣に座った。


「ああ。今さ、ちょっと捜してるものがあるんだけど、なかなか見つからないんだ」

「捜しものか。それはどんなもんだ? 場合によっちゃ、力になれるかもしれねえぞ」


 店長は腕まくりをして助力できるとアピールをした。


「じゃあ、みくらやって言葉に何か聞き覚えはない? それを探してるんだけど」


 亮司は期待せずに遊び半分で聞いた。


「懐かしい名前だな、おい」


 すると店長は目を丸くした。それに亮司は一瞬息が止まった。


「昔この商店街、と言っても現実世界のほうにだが、そんな名前の和菓子屋があった。学校の帰りによく買って食ったぜ。美味かったなあ」


 懐かしそうに話す店長の表情はとても緩んでいた。


「学校の帰りってことは、かなり昔のこと?」

「ああ。なにしろ俺が十代の頃の話だ。潰れてなければ、きっと今もこの商店街にあったと思うぜ」


 亮司は前にヒーナが同じようなことを言っていたのを思いだした。


「現実世界だと、どの場所にあったか覚えてる?」


 亮司は興奮する自分を抑えながら質問をした。


「この店を出て左に行くと、花屋と文房具屋があるだろ。そこのすぐ近くにある空き地がそうだ」

「ありがとう。ちょっと行ってみるよ」


 お礼を言って亮司が店から出ようとすると、


「そうだそうだ! 思いだしたぞ!」


 店長が急に大声を出した。亮司は驚いて立ち止まり、振り向いた。


「前におめえにそっくりな奴が昔いたって言っただろ? 確かそいつがその和菓子屋の一人息子だったんだよ。んで、女を連れてどっか行っちまったんだ。今思えば、そいつがどっかに行かなけりゃ、店は潰れないで済んだかもしれねえな……」


 そう話す店長は非常に悔しそうだった。余程その和菓子屋のことを気に入っていたと見える。


「……俺に、そっくりな……」


 ドクン。ドクン。亮司の心臓の鼓動は速さを増していく。


 大事な何かを忘れている。そんな気がして亮司は必死に思いだそうとする。


 だが途中で脳裏に鋭利な痛みが走り、無理やり中断させられた。


「なんだこの痛みは……」


 初めて経験したように言葉を漏らす亮司。


「急にどうしたんだおめえ。どっか悪いのか?」


 店長は亮司の顔を見て気遣う。


「んー、疲れでも溜まってるのかな。ここ最近はずっと調査しっ放しだったし」

「その調査ってのは仕事じゃないんだろ? 適当にやってりゃいいんじゃねえのか?」


 亮司が調査にのめり込む意味が分からず、店長は首を傾げた。


「仕事じゃないけど、大事なことなんだよ。だからありがとう。おじさんのおかげで貴重な情報が得られたよ」

「まあ、少しは力になれたみたいで何よりだ。だけどあんまり無理すんなよ。仕事以外のものは程々が一番だからな」

「分かった。気をつけるよ。それじゃあ行くね」

「おう。また来いよな」


 店長と別れの挨拶を交わした亮司は八百屋を出て、例の空地へと向かった。


 花屋と文房具屋の近くまで行くと、例の空き地が見えてきた。店と店の間にあるので意識していないと気づきにくいだろう。


「……ここか」


 空き地に到着した亮司はふと奥のほうに目をやった。するとそこには、


「……な。だ、誰だ」


 見知らぬ男が立っていた。背を向けているせいで顏は見えないが、亮司と同じくらいの年齢と身長であることは窺える。


「すみません。ここで何をしているんですか?」


 意を決し、亮司はその男に声をかけた。


「…………」


 その男は返事をせずに振り向いた。童顔で顔の作りは中性的、瞳からは生気を感じられなかった。


「カード。持ってる?」


 その男は亮司の顔を見てぽつりと言った。その声は人形や機械が話しているのかと思うほどに、ぞくりと来る冷たさがあった。


「え、あなたがカードの持ち主……?」


 亮司は動揺しつつも一歩踏みだして聞いた。


 その男はすぐに答えず、天からのお告げでも聞くように空を見上げた。そして、


「はい」と答えた。



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