DIVE_11 空白の電話帳

 亮司はそれから靴屋、薬局、リサイクルショップなど同名の店舗をできる限り回っていった。夕食をとることも忘れてだ。

 だが成果のせの字も上げられないままヒーナから招集がかかった。亮司たちはいつもの公園に集合した。


「ではそれぞれ今日の成果を発表しましょうか。まずはモリリンからどうぞ」

「悪いが、何も分からなかった」

「そうですか。次は亮司、お願いします」

「ごめん。俺も何も分からなかった」


 ヒーナは成果を上げられず項垂れる二人に気にしないでと笑みを向けた。


「最後は私ですね。今日はちょっとした情報を一つだけ得ました」


 そう言うとヒーナは地図を出して、


「現在地はここ。中心街はここですね。そして大きく囲ったこの範囲内にみくらやという和菓子屋さんがあったそうです」と指し示しながら言った。

「あったってことは、今はもうない?」

「はい、そうです。私たちは現存する建物などを調査していましたが、過去にあったものについては失念していました」


 亮司の問いにヒーナはそう答えた。


「なるほど、過去にあったものか。地名なら昔の呼び名とかになるね」


 亮司は頭の中で今日行った場所を思い返した。


「余計にややこしくなるかもしれませんが、調査対象に過去のものも含めるべきだと私は思います」

「そうだね。そのほうがいいかも。幸い時間ならたっぷりあるし。なあ、お前もいいよな?」


 亮司がそう声をかけると、


「ああ。別にいいぜ」


 モリリンは亮司と目を合わせずに返事をした。その様子にヒーナは少し首を傾げた。


「何か、あったのですか?」


 ヒーナは刺激しないようにそっとモリリンに聞いた。そうすると、


「悪い。体調良くないから、俺もう帰るわ」


 モリリンはそれだけ言ってログアウトしてしまった。あっという間の出来事に亮司とヒーナはポカンとした。


「……亮司。今日、モリリンと何かありましたか?」

「心当たりはあるけど……よく分からないんだよ」


 ヒーナの問いに亮司は一際大きなため息をつく。


「その時の状況を詳しく教えてもらえませんか?」

「あー、休憩中に話をしてたんだけど、なぜか急に機嫌が悪くなったんだよ」

「その話の内容は?」

「それは……」


 君についてのことだとは口が裂けても言えない亮司。


「くだらないただの雑談だよ」


 亮司がそう言葉を濁して逃げるも、


「ですから、そのくだらないただの雑談の内容が知りたいのです」


 ヒーナは引き下がらずさらに食いついてきた。


「……ごめん。ぼーっとしながら話してたからよく覚えてないんだ」


 亮司は内心焦りつつ言葉を紡いだ。するとヒーナは亮司の顔をじっと見て、


「嘘、ですね」


 そう言った。亮司は口から心臓が飛びでるほど驚いて体をビクッと震わせた。


「その様子だと、どうやら話の内容もくだらないものではないみたいですね」


 ヒーナは表情を強張らせて固まっている亮司に追い打ちをかけた。


「ごめん。本当に、言えないんだ。今は」


 亮司は口からなんとか言葉を絞りだした。それを見たヒーナはしばし沈黙したあとにふっと笑って、


「分かりました。しばらくは様子を見ます。それで元に戻りそうになければ、話の内容を聞かせてもらいますからね」と念を押した。亮司は心の底からほっとした。

「ありがとう。助かるよ」

「はい。では、これからどうしましょうか。モリリンは行ってしまいましたし」

「うーん。俺も今日はお暇しようかな。明日は病院に行かないといけないし」


 亮司がそう言うとヒーナは怪訝な顔をした。


「病院……ですか? 明日は日曜、休診日なのでは?」

「普通はそうらしいね。でも定期検診の時はなぜか毎回日曜日なんだよ。それもずっと前からね」


 疑問を持ちつつ亮司がそう答えると、


「……どこか悪いところがあるのですか?」とヒーナは表情を曇らせた。

「あ、別に大きな病気とかそういうわけじゃないから。たまに頭痛がするくらいで、かなり元気だよ。そもそも大きな病気ならとっくに入院してるはずだし」

「それも、そうですね。その定期検診というのは、いつ頃から受けているのですか?」


 納得した様子のヒーナは次にそう質問をした。


「んー、さっきも言ったけどずっと前からだね。確か、俺がまだ小学生だった頃に病院へ連れていってもらって……」


 亮司は思いだしている途中でふと止まった。そして、


「誰に連れていってもらったんだ……? いや、俺に両親は……二人とも事故で……。なら誰なんだこの人は……」と急に自問自答し始めた。

「どうしたのですか、亮司。大丈夫ですか」


 ヒーナは亮司に近づいて顔を覗き込んだ。


「……大丈夫。なんでもないよ。ちょっと記憶がこんがらかっただけ」


 亮司は頭を手で押さえながら、


「ごめん。今日はもう帰るよ。それじゃあまた明日」


 別れの挨拶をしてログアウトした。


「……大丈夫、ですよねきっと」


 返事が間に合わなかったとヒーナは不安そうに呟いた。


 現実世界へと帰ってきた亮司はDIVEから出て部屋の電灯を点けた。一気に明るくなり見慣れた景色が目に入ってくる。


 亮司は見慣れたはずの自室をじっくり見回した。


「この部屋、いつから借りたんだっけ……。どういう経緯で俺は一人暮らしになったんだっけ……。両親が亡くなったあと、俺は誰に引き取られたんだっけ……」


 さきほどの回想を皮切りに次々と疑問が湧いてきた亮司。その疑問の数々は知っていて当然のことばかりだ。


「分からない……。どうして分からないんだ……」


 亮司は両手で頭を抱えた。その表情は暗雲に満ちている。


「そうだ! 携帯の電話帳ならきっと」


 ふと何かを思いついた亮司はリビングのテーブルに置いてある携帯電話を手に取り、電話帳を開いた。


「……そんな……」


 亮司は目を見開いて驚愕した。


 電話帳は真っ白だったのだ。友人や施設の連絡先はおろか、普通ならあるはずの家族や親戚の連絡先も一切なかった。


「…………」


 なぜ今までこれを不自然に思わなかったのかと亮司は自分が怖くなった。


「……いつだっけ……」


 最後に携帯電話に触れたのはいつか。亮司は過去の記憶を辿っていく。


「……ダメだ。分からない」


 だがいくら記憶を巡っても、欠片すら思いだせなかった。


 亮司は記憶障害を疑った。さすがに今の状態を正常とは思えなかったのだろう。


「もしかしてあの頭痛は……」


 亮司は頻繁に起こる頭痛が記憶障害の前兆だったのではと考えた。


 幸い、明日は定期検診がある。連絡先が分からなくてもどこにあるかは知っている、覚えている。


 亮司は深呼吸したあと、カーテンを閉め、電灯を消し、布団に潜り込んだ。


 明日このことを話そう。そう思いながら亮司は眠りについた。深い場所へ落ちるには、とても長い時間がかかった。



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