DIVE_10 捜索開始
「……はあ」
酒店から出た亮司はため息をついた。一本だけ買うはずが結局五本も買わされてしまったのだ。
店主は商才があるらしく口が非常に上手かった。亮司は常時、操り人形のように意思を操作されていた。
「……また来よう」
でもなぜか悪い気はしなかったため亮司はそう呟いた。もう完全に店主の手中に落ちているようだ。
痛い出費をした亮司は次にみくら屋という温泉旅館へテレポートした。亮司の目の前に大きくて立派な門が現れた。
亮司が門をくぐって飛び石伝いに進んでいくと、本館が見えてきた。本館は伝統的な木造建築で屋根には真っ白な雪が積もっていた。もちろんそう見えるだけで実態は電子データの塊だが。
亮司は本館の中に入った。まず真っ先に暖色の心落ち着く明かりが出迎えてくれた。ロビーには休憩用のテーブルイスや土産店、受付があった。
亮司は人が全くいないロビーを歩いて受付まで行くと、
「すみません。ちょっといいですか」
着物を着た若い受付嬢にそう聞いた。その受付嬢は「はい。なんでしょうか」と亮司に笑顔を向けた。
「これについて、何か知ってることはありませんか?」
亮司はポケットから例のカードを取りだしてその受付嬢に見せた。
「クレジットカード、ではないみたいですね。申し訳ございませんが私にはちょっと分かりません。少々お時間を頂ければ他の者にも当たってみますが、どうなさいますか?」
「ああ、じゃあお願いします」
亮司は受付嬢の提案を受け入れた。
「では写真を撮るので、そのカードを少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え、写真ですか」
「はい。写真を撮って他の者に転送します。すぐに返事をするよう伝えておきますのでご安心ください」
「…………」
亮司は口を閉ざして俯いた。カードの写真を撮られることと、赤の他人に触らせることにかなりの抵抗があるようだ。
「……分かりました」
悩んだ結果、亮司はカードの端を持ったまま受付テーブルの上に置いた。カードを放すつもりはないらしい。
「はい。では撮らせてもらいます」
受付嬢は両手で四角を作り、その中にカードを捉えて写真を撮った。
「返事が来たらお呼びしますので、ソファにかけてお待ちください」
受付嬢は休憩スペースのほうへ手をやり、にこりと笑った。
「はい、分かりました」
亮司はソファに座った。受付のほうへ目をやると受付嬢が奥に行くのが見えた。
呼ばれるまで何もすることがない亮司はふと二人の様子が気になり、
「おーい。亮司だけど、調査は順調?」
通話回線を繋いでまずはヒーナに声をかけた。
「はい。順調ですよ。今日の分のノルマは達成できそうです。そちらはどうですか?」
「順調と言えば順調だけど、今はちょっと足止め食らってるかな」
「そうですか。仕事ではないので、無理せず気楽に調査を続けていってくださいね」
「うん。分かってるよ。そっちもノルマとか言ってるけど、無理するなよ」
「はい。お気遣いありがとうございます。では次の場所へ行くので失礼しますね」
調査熱心なヒーナは亮司との通話を切った。
亮司は少し残念そうな顔をしたあと、
「調子はどうよ?」
今度はモリリンに声をかけた。
「ん? ああ、お前か。んー、まあまあだな。で、お前のほうは? まさかサボってんじゃねえよな」
「待ち時間で暇になったから、状況確認を兼ねて声をかけただけだよ」
亮司はやれやれと息を吐いた。
「お、わざわざ俺を選んで声をかけてくれたのか。へへ、見る目があるな」
「ん? ヒーナにも声をかけたけど」
ちょっと嬉しそうなモリリンに亮司がそう補足すると、
「なんだよ! 結局そうなのかよ!」
モリリンは舌打ちをして急に不機嫌になった。
「……お前大丈夫か? 情緒不安定だぞ?」
亮司はモリリンの感情の変化についていけない。
「いつも通りだっつーの。別におかしくねえよ」
普通に返事をしているつもりでも言葉の節節からは不機嫌さが滲みだしていた。
「それならいいけどさ。まあ、状況確認もできたしそろそろ切るよ」
亮司はこれ以上話すと面倒なことになると判断して通話を切ろうとした。その時、
「あ、おい、ちょっと待て」
なぜかモリリンが引き止めた。
「お前に聞いておきたいことがある。いいか?」
またもや感情が変化したモリリン。今度は声の調子からも分かるようにかなり真剣だ。
「別にいいけど。簡潔に頼むよ」
どうせ大したことじゃないと亮司はふんわり返事をした。するとなぜかモリリンは黙ってしまった。
十秒。二十秒。三十秒。四十秒。五十秒。それだけ経ってもモリリンはまだ何も言わない。亮司もさすがに苛立ち始めて膝の上で指をトントンとしきりに叩きだした。
「どうした? 早く言えよ」
亮司は一分以上黙っているモリリンに苛立った口調で言った。
「……あー、その、なんだ。お前さ、ヒーナのことどう思ってるんだ?」
深呼吸の大きな音が聞こえたあと、モリリンはやっと口を開いた。
「どう思ってるって……まあ、いい関係は築けてると思うよ」
亮司は内心動揺しつつも平静を装って答えた。
「好きなのか?」
「好き、なんじゃないかな。……って、なんでお前にこんなこと言わなきゃいけないんだよ」
「……そうか」
モリリンは亮司の返答にがっかりしたようだった。
「まあ頑張れよ。応援してるからさ」
それだけ言ってモリリンは一方的に通話を切った。ブツッという耳障りな音が亮司に届いた。
「なんだよ、ったく。意味分かんないっての」
モリリンの行動が理解できず亮司は後味の悪い思いをした。が、旅館の雰囲気がそんな思いをすぐに癒してくれた。
「そういや、まだ呼ばれないな」
亮司は受付嬢と約束していたことを思いだし、立ち上がった。受付のほうを見ると、やはりそこに受付嬢の姿はなかった。
「暇でも潰すか」
亮司は面倒そうに呟いて旅館の奥へと向かった。旅館内を散歩するようだ。
この旅館は現実世界にある旅館と全く同じ構造で、主に下見用として使われている。だからこそ客も従業員もほとんどいないのだ。
連休前になると、現実世界でこの旅館に泊まる予定もしくは泊まりたいと思う者がぞろぞろと下見にやってくる。しかし今の時期は客が少ないようだ。
亮司が退屈そうに興味のない中庭や泊まる予定のない客室を見て回っていると、
「黒いカードの件でお越しのお客様。全員分の返事が揃いましたので、受付までお越しください」
旅館内アナウンスで受付嬢がそう告げた。
「少々って言ってたけど、結構かかったじゃないか」
そんな愚痴をこぼしながら亮司は受付へと向かった。
「他の者に問い合わせてみましたが、残念ながら知っている者はおりませんでした」
「……そうですか。ありがとうございました」
受付嬢から結果を聞いた亮司はお礼を言ってその場をあとにした。
「やっぱり、そんな簡単には見つからないか」
旅館を出た亮司はそう呟きつつ次の目的地へとテレポートした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます