DIVE_9 みくらや

 次の日。


 亮司が目を覚ますと時刻は午後十二時三十七分。昼過ぎだった。


「…………」


 今日は何かすることがあったはずだと亮司は寝ぼけ頭を働かせる。


「そうだ。そうだった」


 五分ほどして亮司はやっと思いだした。今日はあのカードの持ち主を捜すのだ。


 亮司は洗面台で顔を軽く洗い、クッキータイプの携帯食料を半ば飲み込むように食べたあとDIVEからTRUE WORLDにログインした。頭に走る不快な痛みはまだ続いていた。


 仮想世界の街に到着した亮司はフレンドリストを確認した。モリリンとヒーナはすでにログインしていた。


 亮司は二人に「今からカードの持ち主を捜しに行くけど、行く?」とメールを送った。


「……お」


 返信はすぐだった。返事は二人とも「行きたい」というものだった。


 亮司は次に「じゃあちょっと待ってて。行く時には連絡するから」とメールを送り、ある場所へとテレポートした。


 ある場所とは、前にカードの解析をした人気のない僻地だった。


「よし、始めるか」


 亮司はポケットから漆黒に塗り潰されたカードを取りだし、解析を始めた。目的は個人情報の発掘。カードの中に持ち主の情報が残っているのでは、と考えたのだ。


「……ん?」


 目の前に広がるデータの海を険しい形相で調べていると、亮司は何かを発見した。


「これは……」


 それは文字化けして読むことができない短い一文だった。


 その一文は広大なデータの海の中で一際異彩を放っていた。一見すると暗号のように見えなくもない。


「わざとか……? いやでも……」


 亮司は妙に気になり、文字化けした短い一文の解読に取りかかった。


 暗号ならば長期戦になるだろうと覚悟し気合を入れた亮司だったが、解読は思ったよりもあっさり完了した。


「みくらや で まつ」


 亮司は解読結果を音読した。


「みくらや……店の名前かな。このメッセージは持ち主からのだろうし、そこに行けば会えるのか?」


 亮司は解読した文がどういう意味を持っているのか考える。その中でふと、ある疑問が浮かんだ。それはこのメッセージの存在についてだ。


 亮司が解読したこの文、これは誰かに向けてのメッセージである。それもカードの強固で難解なセキュリティを全て破れる技術を持った人物に向けての。


「……もしかして、俺?」


 亮司はその答えに至った。普通ならありえないと即座に否定するところだが、もしもそうならば、不可解な点の辻褄も合うのだ。


 誰が、何のために。亮司は思った。そして何か手がかりがないかと頭の中で過去の記憶を手繰り寄せた。


「……ぐ」


 けれど途中で亮司の脳裏に激痛が走った。その痛みの性質はこの世界へログインした時に感じる痛みに非常によく似ていた。


「どうしてこんな時に……」


 亮司は記憶巡りを中断して頭を手で押さえた。そうしていると少しずつ痛みは引いていった。


「なんだったんだ今のは」


 回復した亮司は不安に駆られたが、明日は病院の定期検診があるから大丈夫だと自分を落ち着けた。


「とりあえず、もうここまででいいかな」


 亮司は一旦、一人で考えるのをやめることにした。このまま続行すればまた同じ目にあうかもしれないと思ったのだ。


 亮司はモリリンとヒーナに「いつもの公園に集合」と簡潔なメールを送った。どうやら続きは二人と合流してからにするようだ。


 二人とも返信はすぐに来た。どちらも承諾の内容だった。


 返信を確認した亮司はいつもの公園へとテレポートした。到着してすぐ二人の姿が目に入ってきた。


「早いね」


 亮司は気持ちを切り替えていつも通りの口調でそう言った。


「おせえよ」

「普通です」


 まだ何も知らないモリリンとヒーナは多少そわそわしながら返事をした。やはり二人ともカードのことが気になるようだ。


「持ち主を捜しに行く前に、ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな? このカードの中を調べてたら、暗号みたいのが見つかったんだ」


 亮司は二人にカードを見せびらかしながら言った。その言葉にモリリンは目を丸くし、ヒーナは感興をそそられた表情になった。


 亮司は会話設定をグループにしたあとで、


「みくらや で まつ。これがその暗号。何か心当たりはない?」


 二人にもそうするよう促してから言った。二人は素直に従った。


「みくらや……? どこかの店か何かか?」

「みくらや で まつ、ですか。みくらやは確かにお店みたいな感じですね。まつの部分はたぶんそのままの意味でしょう」


 亮司から暗号を聞いた二人はそれぞれ意見を出した。


「そのみくらやってとこに行けば、カードの持ち主に会える気がするんだ」


 亮司は「確信はないけどね」と笑って付け足した。


「でもさ、そのみくらやっつー店、検索してみると結構な数あるぜ。これを一つ一つ回るのか?」

「お店ではなくて地名や施設名、隠喩という可能性もありますね」

「うーん……」


 亮司はモリリンとヒーナの発言に頭を悩ませる。さっそく行き詰ってしまった。


「とりあえず同じ名前の店を当たってみるか。数は多いけど、こっちの世界なら結構短時間で回れるぜ。現実世界に比べりゃだけどな」


 モリリンが珍しく真面目にそう提案すると、


「手がかりがない今、それがベストだと思います」


 ヒーナは頷いて同意した。


「じゃあ、今から同じ名前の店を回ってみるか」

「その前に、回る場所をリストアップしてみます。少し待っていてください」


 ヒーナはそう言って検索結果の上位から順にリストアップし始めた。


 それから十分ほどして、


「できました。それぞれ転送しますね」


 ヒーナはふっと息を吐いて作業の終わりを告げた。それと同時にリストアップデータを亮司とモリリンに転送した。


「みんなで同じ場所へ行くのは非効率的なので、別々に調査へ行ってもらいます。なのでリストアップデータの内容はそれぞれ違います」


 ヒーナは間違いがないか確かめながら丁寧に説明をした。


「了解。でも別々となると、しばらくはこうやって集まれないね」


 亮司が残念そうに言葉を返すと、


「どこにいても話せますし、一時の我慢ですよ」とヒーナは優しく微笑んだ。

「うん。まあそうだね」


 亮司は照れくさそうにヒーナから目を逸らした。


「おうおう! 仲いいとこ悪いけどよ、さっさと行こうぜ」


 二人の良い雰囲気にモリリンは不機嫌な口調で急かした。


「そうですね。では各々出発しましょう。もし何かあったらすぐに連絡してください」


 ヒーナが出発を告げると、亮司とモリリンはこくりと頷いた。


 そして三人はリストアップデータに書かれた最初の場所へと一斉にテレポートした。


「……っと」


 亮司のテレポート先は三倉屋という酒店の前だった。個人経営の酒店なのか、あまり大きい店ではない。その上外見も今風ではなく、昔ながらのといった古臭い感じだった。


「ごめんくださーい」


 亮司はスライド式の扉を開けて酒店の中に入った。


「いらっしゃーい」


 すると奥のほうから比較的若い男の声が聞こえてきた。


 亮司は声のするほうへ歩いていく。左右に立ち並ぶ商品棚には様々な種類の日本酒と焼酎、それから場の雰囲気に合わぬワインが置かれていた。


「お、初めて見る顔だね。嬉しいよ。それで、今日はどんなものをお探しかな?」


 レジの後ろに座っていた若い男は亮司の顔を見たあと、人懐っこい笑みを浮かべてフレンドリーに話しかけてきた。


「あなたがここの店主……ですか?」


 亮司は質問には答えず質問で返した。


「そうだよ。現実世界では親父が、こっちの世界では俺が店主をやってるんだ」

「なるほど。ちなみにおいくつですか?」


 店主が質問に答えると、亮司はもう一つ質問を重ねた。


「もうすぐ二十五だね。もしかして同じくらい?」


 店主はレジから身を乗りだしてきた。亮司は驚いて顔を後ろに引いた。


「同い年で……だね」


 同い年と分かったので亮司は敬語を使うのをやめた。


「おお! 同い年の男で、それも初見さん! いいねいいね!」


 店主は両手を大きく動かして喜びを表現した。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 店主のあまりの活発さに困惑しつつも亮司がそう聞くと、


「もちろん! 酒のことならどんどん聞いてよ!」


 店主は大きく頷いて快諾した。どうやら店主は亮司が酒関係の質問をすると思っているようだ。ここは酒屋、当然ではあるが。


「……これに、見覚えない?」


 亮司はポケットから例のカードを取りだして店主に見せた。


「なんだこれ。デビットカードかクレジットカードか?」


 店主は目を細めてカードを見ながら言った。


「いや、知らないならいい。それじゃあ、オススメのやつ一本買っていこうかな」


 店主が知らないと知るや否や亮司はカードをポケットにしまって話題を切り替えた。


「それならちょっと待ってて。丁度いいやつが入ってるんだ」


 店主はそう言ってレジの奥にある部屋へ入っていった。



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