DIVE_5 悪戯に奪われる

 冷凍食品で夕食を済ませて、しばしソファで目を瞑って休憩した亮司は再びTRUE WORLDにログインした。接続時の不快な頭痛は相変わらず続いていた。


 到着後、亮司はいつもの集合場所、人気の全くない公園に向かった。


「……まだ誰も来てないか」


 今日は亮司が一番乗りらしくモリリンとヒーナの姿は見当たらなかった。


 それから一時間ほどしてヒーナがやってきた。


「こんばんは。お早いですね」

「こんばんは。今日は仕事なかったからね」

「なるほど。それではモリリンが来るまでの間、適当に雑談でもしましょうか」


 ヒーナはいつもの和装でブランコに座り、亮司に笑顔を向けた。


「いいね。丁度話したいことがあったんだ」

「……話したいこと?」とヒーナは首を傾げた。


 亮司はポケットからおもむろに例のカードを取りだして、


「これ、なんだか分かる?」

 そう言いながらヒーナにグッと見せつけた。


「黒い、クレジットカードでしょうか? でもきっと違うのでしょうね」


 ヒーナは見たままの感想を述べたあと、雰囲気や亮司の口振りから違うことを察した。


「うん、違うんだ。実はこれ……っとその前に」


 亮司はカードの正体を言う前に会話設定をグループに変更した。グループはそこに参加している人にしか会話が伝わらないようにするものだ。カップルや家族連れなどが頻繁に利用している。


 グループには亮司、ヒーナ、モリリンの三人だけが参加している。つまりこれから亮司が話す内容はヒーナとモリリンにしか伝わらないようになるのだ。


「実はこれさ……ものすごい額のお金が入ってるんだ」


 亮司は改めてカードの正体をヒーナに打ち明けた。どうやらもう一つの機能はまだ伏せておくようだ。


「お金って……それは誰かの落し物ですか? それなら早く交番に届けてあげないと。持ち主の方、困っているかもしれませんし」


 ヒーナは気にしてほしいところには目もくれず常識人として当たり前の反応をした。


「うん、それは分かってる。でもその前にいくら入ってるか当ててみて」


 亮司は再びヒーナに問うた。


「ちゃんと交番に届けるんですよ。いいですね? ……そうですね。ものすごい額と言っていたので、百万円くらいでしょうか」


 ヒーナは念を押したあとに答えた。


「残念。正解は三十億でした。しかも使い切れば補充されるみたいだし、最低でも六十億はくだらないね」

「……冗談でしょう?」


 ヒーナは目を丸くして聞き直す。亮司は首を横に振った。


「このカードはお金だけじゃなくて、実はもう一つ機能があるんだ」


 そこまで言った亮司は本当に続きを話してしまってもいいのかと躊躇した。その様子をヒーナが不思議そうに見ていると、


「へえ。これにそんな大金がねー」


 突如現れたモリリンが亮司の手からカードをひょいっと奪った。


「あっ」


 カードを奪われた亮司は声を漏らした。モリリンは色んな角度からカードを物珍しそうに観察している。


「おい、何やってるんだ。それ返せよ」

「えー、でもこれお前のじゃねえんだろ? だったらいいじゃないか」

「お前のでもないだろ。ほら早く返せよ」

「返すのは持ち主にだろ。お前にじゃねえ」


 そうして二人が本格的な喧嘩に発展してしまいそうになった時、


「二人ともやめなさい。モリリンはとりあえず一度亮司に返しなさい」


 ヒーナが少し怒った顔で言った。ほとんど見ることのないその顔に二人はぎょっとして大人しくなった。


「ほら、悪かったな」


 モリリンは素直にカードを返した。受け取った亮司は、


「俺もちょっと言いすぎた」とその場に腰を下ろした。

「……それで亮司、さきほどの話の続きは? もう一つ機能があると言っていましたが」


 場を落ち着かせたヒーナは話の続きを催促した。


「ああ、そうだった。……これ、何に見える?」


 亮司は二人の目の前にウィンドウを出した。そこにカードの内部情報を表示する。


「……数字と文字の羅列、ですか?」


 ヒーナは見たままに答える。モリリンも全然分からないようで目を細めては首を傾げていた。


「実はこれ、デバッグコードなんだ。それもこの世界全てのセキュリティロックを瞬時に解除することができる飛び切りすごいやつ」

「……それじゃあ分からん。もっと簡単に説明してくれ」


 モリリンに指摘された亮司は数秒ほど考えて、


「んー……そうだな。これを使えば、瞬時にお前の個人情報を抜き取れたり、アカウントごと楽々乗っ取ったりできる」


 そう分かりやすく言い直した。


「……おいおい、なんてもん持ってんだよお前は……」


 モリリンは理解したらしく顏を強張らせた。


「まあ、それどころか、銀行のシステムに侵入して好きなだけ金を持っていったり、どこかの会社を乗っ取ってめちゃくちゃにしたり、データ化されてるなら国家機密を見ることだってできるはずだよ。それに俺の見た限りだと、使っても跡がつかないようになってる」

「…………」

「…………」


 亮司の補足説明に衝撃を受けてモリリンとヒーナは黙りこくってしまった。


「説明はそんなところ。何か質問はある?」

「……そんなカードどこで手に入れたんだ?」

「昨日、商店街で拾った」

「落ちてたって……リターン機能は働かなかったのか?」

「おかしいことに働かなかったんだ」

「じゃあ、なんでお前はそのカードにすげえ機能があるって分かったんだ?」

「無理やりこじ開けて中を見たんだ。六時間もかかったよ」


 モリリンからの質問攻めに答え続ける亮司はふとあることに気づいた。なぜ何十何百もある強固なセキュリティロックを全て解除できたのだろうか。なぜ異常なほどある数字と文字の羅列を一通り見ただけでどんな機能が備わっているかすぐに分かったのだろうか。


 亮司の腕が確かと言ってもそれは狭い世界でのこと。本来ならば到底できるはずがないのだ。


 亮司は自分がどれほどのレベルの技術を持っているのかよく知っている。だからこそ不可思議なその点に気づいて疑問を覚えた。


「あの時は自然と手が動いて……そう、まるで前から知ってたみたいに解けていって……」


 急に独り言を話し始めた亮司。その様子を見たヒーナは、


「亮司、急にどうしたのですか?」と心配そうに亮司の顔を覗き込んだ。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事。それで、他に質問はなかったっけ」

「亮司。未だに信じられないのですが、そもそもなぜカードの秘密を私たちに話してくれたのですか?」


 質問をするだけしたモリリンに代わり今度はヒーナが質問をした。


「んー、面白いことはみんなで共有したい……ってのは嘘で、このカードの行く末について少し意見がほしかったんだ。別に無理やり巻き込もうとしてるわけじゃないよ」


 亮司は二人から目を背けて言い辛そうに答えた。


「行く末……。私なら迷わず今すぐ交番に届けます。それが一番賢い選択だと思います」

「俺はせっかくだし使っちゃうかもな。こんな機会そうそうないぜ」


 そうモリリンが茶化すように発言すると、


「こらモリリン! 何を言っているのですか!」


 ヒーナは立ち上がって怒鳴った。


「もしも大変なことになったらどうするのですか。私はあなたたちの身に何かが起こるところなんて想像したくもありません」


 母親のように真剣に心配するヒーナを前にモリリンは何も言えなくなってしまった。亮司も目を伏せてカードを使っていいものかと再考している。


 そうして誰も言葉を発さず場が重苦しい雰囲気になってきた時、


「へへっ、もーらい! ちょっと借りてくぜー!」


 突如モリリンが亮司からカードを再び奪ってどこかへテレポートした。


 一瞬の出来事に亮司とヒーナはしばしポカンとしていた。


「あいつ、まさか!」

「亮司、追いましょう。位置情報は分かっています」


 亮司は頷いてモリリンの逃げた場所へテレポートした。続いてヒーナも同じ場所へとテレポートした。



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