DIVE_4 デバッグコード

 三人がカーレースゲームを全力で楽しみ、もう少しで日付が変わりそうになった頃、


「もうこんな時間か」と亮司が呟いた。

「ん? やべ、もうそろそろ寝ないといけねえ」

「あら、ちょっと熱中しすぎましたね。今日はこの辺にしておきましょう」


 そう言ってヒーナはゲームを終了させた。


「くそ、時間があればまだまだリベンジできたのに」


 モリリンは自分の膝を叩いて悔しそうな表情を浮かべた。


 ゲームの結果は断トツでヒーナが一位。続いて亮司。それからだいぶ離されてモリリンが最下位だった。しかもこれは一レースの結果ではなく総合的な結果。


 レース中、モリリンは何度も亮司にちょっかいを出してそのたびに酷い反撃を食らっていた。ヒーナはその隙を窺って横を通過し、悠々と独走していた。


「亮司にちょっかいを出しているから毎回ビリなんですよ。正々堂々と戦えば、このような結果にはならなかったはずです。違いますか?」

「……違わないけどさ、あいつだって俺が先に行こうとすると邪魔するんだよ。それでカッとなっちまって」

「お前が邪魔してると感じただけなんじゃないのか。そもそもこれはレースだし、必要最低限の邪魔は許されると思うけど」

「亮司も煽るのはもうおやめなさい。ゲームは楽しむためにするものです。いがみ合うためにするものではないです」


 ヒーナの言葉を聞いた亮司とモリリンは不満そうにしながらも納得したようで、この日は解散ということになった。


 二人がログアウトしたあと、亮司もログアウトして現実世界へと帰り、くしゃくしゃの布団に丸まって目を閉じた。




 翌日の昼。

 亮司はTRUE WORLDにログインして閑散とした商店街に向かった。本日仕事の依頼はないのだが、どうやらただ単にブラブラと散歩しながら考え事をしたいようだ。


 考え事の中身はもちろん商店街復興策。良い策を思いついてもお金の問題が常に付きまとい、亮司は自身の手持ちでもどうにかできる策を必死に考えていた。


 そんな時ふと、亮司は昨日拾った謎のカードのことを思いだした。


 ポケットから漆黒に塗り潰されたカードを取りだして眼前まで持っていく。


「そういやまだ交番に届けてなかったな。面倒だけど届けに行くか」


 そう言って最寄りの交番に飛ぼうとした時、亮司の脳裏に解析してみたいという思いが浮かんだ。


「…………」


 亮司は交番へ飛ばず、眼前のカードをじっと見つめる。


 人様の物を勝手にどうこうしていいわけがないと思いつつも職業病なのだろうか、頭が、手が、体が疼いて仕方がない亮司。

 倫理と欲望を天秤にかけた結果、亮司はカードを解析することに決めた。苦渋の決断ではなく、案外すんなりと決めたようだ。


 亮司はカードを持ったまま交番ではなく、人気が全くない僻地にテレポートした。


「……よし」


 亮司は周りに誰もいないことを確認したあと、カードの解析をその場で始めた。多々の歯車が絡み合う懐中時計を解体するように、表層から少しずつゆっくりと外していく。


 亮司もある程度技術は持っているのだが、なかなか思うようにいかない。眉間にシワを寄せて舌打ちしながら解析を続けている。


「なんだよこれ……」


 苛立ちと怪しさから思わず心の内が漏れる。


 実は亮司、過去に一度好奇心から自分のクレジットカードを完全解析したことがあるのだ。しかしこのカードのプロテクトはクレジットカードよりも非常に複雑で、異様なまでに防護壁が多かった。


 亮司は本能的に危険を感じ生唾を飲み込むが、やめようとはせずに解析を続ける。さきほど危険を感じた本能とは別に脳がそれでも続けろと告げるのだ。


「…………」


 亮司はとてつもない集中力でプロテクトを外していく。すでに周りは見えてない。何も聞こえていない。自分だけの世界に入り込んでいる。現実世界と連動して少しずつ空の色が赤くなっていく。


「……よし!」


 あともう一息というところで亮司は声を上げた。すでに辺りは薄暗くなり、遠くに目をやれば街が明々としていた。


「これで……終わりだ」


 亮司は最後のプロテクトを解除した。それによりカード内全ての情報を閲覧できるようになった。もちろん解除したことがばれないように対策は打ってある。


「散々苦労させやがって……。で、中身は……」


 カードの中をさっそく調べ始めた。いよいよ謎のカードの正体が明らかとなるのだ。


「…………」


 待ちわびたカード内の情報を黙って見ていく亮司。その顔色は次第に曇っていった。


「……これは」


 全て見終えた亮司は真っ青な顏で喉奥からなんとか言葉を絞りだした。


 カード内のデータ量はあり得ないほどに膨大だったが、大きく分けて二つの機能しかないことが判明した。


 そのたった二つの機能というのが、亮司をここまで恐れさせたのだ。


 まず一つ目の機能。それは電子通貨。一見すると大したことがないように感じるだろうが入っている額が桁違いなのだ。

 三十億円。これがカードの中に入っている額だ。しかも使い切ればどこからか補充されるようになっている。


 それから二つ目の機能。それはデバッグコード。TRUE WORLD内であれば、どこであろうと問答無用にセキュリティロックを瞬時に全解除できるという恐るべきものだ。ご丁寧に使用者の跡がつかないよう高度なプログラミングがされている。


 これだけでも十分恐ろしいのに、亮司がさらに恐怖したことがあった。


 それはこのカードが使用に関してはロックされていなかったことだ。


 どういうことかと言うと、今の状態だと所有者以外、つまり亮司でも簡単にカードが使えてしまうのだ。


「とんでもない物拾っちゃったな……」


 亮司は手を震わせながらそっとカードをポケットにしまった。


「……こんなもの交番に届けたら大変なことになるぞ」


 本来なら中を拝見したあと、ちゃんと元に戻してから交番に届けるつもりだったのだが亮司はそれを諦めた。


 もし交番にカードを預ければ所有者捜しのため中身を見られることになる。それだと非常にまずいのだ。


 このカードは一歩間違えばこの世界が崩壊するかもしれない力を秘めている。その第一発見者となれば、中身を見た見ないにかかわらず、捜査協力や取り調べなど色々面倒なことになるに違いないと亮司は考えていた。


 常人なら多少面倒なことになろうがこのカードを一刻も早く手放したいと思うだろう。でも亮司は違った。頭の中では利用してやろうとさえ思い始めている。


 利用先はもちろん寂れた商店街。このカードの力があれば、商店街復興など実に容易いだろう。


 亮司は昂る自身を落ち着けるために深呼吸をした。その後、休憩と夕食をとるためにログアウトした。



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