DIVE_3 二人のフレンド
「……ふう」
疲れのこもった息を吐き、ヘルメット型のヘッドセットを外す亮司。その瞬間、照明が点いて機械的なDIVEの内部が一気に明るくなった。
あとは扉の開閉スイッチを押せば出られるのだが、亮司はなかなか動かない。
実は亮司、現実世界へ帰ることが億劫になっているのだ。ゲーム内なら好きな場所に一瞬で行くことができるし、手軽にショッピングだってできる。娯楽施設なんかは現実では到底体験できない刺激を味わうことができる。
現実世界は大した刺激さえなく、何をするにも手足を動かして時間をかけなければならない。そして現実世界のことを思うたび、頭にいつかどこかで体験したであろう嫌な記憶が蘇ってくるのだ。
今、亮司がいる場所は言わば仮想と現実の狭間。接続すれば仮想へ、扉を開ければ現実へと進む。
亮司は仮想と現実の狭間で揺らぐ。けれど空腹に負けてしまい、開閉スイッチを押して現実側へ行ってしまった。
亮司は部屋の空気を一吸いすると、よたよたと頼りない足取りで冷蔵庫に向かった。
「なんかあったっけ」
冷蔵庫の扉を開けると中には水やお茶の入った容器とゼリー飲料、クッキータイプの携帯食料、それから冷凍食品が置いてあった。
ゼリー飲料を二つ取りだした亮司は両方ともキャップを開けて、一つずつ一気飲みしていった。
「……よし。また戻るか」
ある程度腹が満たされた亮司は休憩もせずに再びDIVEへ向かった。開閉スイッチを押して扉を開け、中に入って準備をする。準備が終わると、
「ログイン」
再びゲーム内に入っていった。やはり頭に鋭利な痛みが走るが我慢して待った。
次の瞬間には視界が変わり、亮司はTRUE WORLDの街中に立っていた。平日の真っ昼間とは言え、人通りは異様に多い。
亮司にはこの世界で仲良くなった友人と呼べる人物が二人いるのだが、その二人も今は仕事中。なので目的なくブラブラと街を歩いて回ることにした。
中央通りは頻繁に催し物があり混雑しているので少し離れた商店街に向かい、そこをのんびりと歩くことにした。人通りはグッと減ったが、決して出店している店の質が低いとかそういうわけではない。お祭り好きや群れたい人間が世の中、特にこの世界には多いだけなのだ。
亮司も決して例外ではなく、お祭りやみんなでわいわい騒ぐことも好きである。ここ最近は特に積極的で、暇ができたら中央通りに行って催し物に参加している。
もちろん楽しむために行っているのだが、実は他にも理由があった。
それは商店街を復興させる方法を見出すため。どうやったら自分がこの大勢の人間を商店街に連れてこられるかを考えたり、どのように集客しているのかを研究したりしているのだ。
しかし考え過ぎは良くないと息を抜くために、亮司は今日ここに来たのであった。
何か面白い物はないかとお店のショーウィンドウを見ながら亮司が歩いていると、
「おっと」
誰かにぶつかった感触がした。
「すいません」
亮司は謝って振り向くが、ぶつかったと思われる男は反応せずにつかつかと歩き去っていった。
まあいいか、と気を取り直して前を向こうとする亮司。途中、その視界にカードのようなものが映って動きを止めた。
「……なんだこれ」
亮司は地面に落ちたカードを拾い上げた。そのカードはクレジットカードほどの大きさで、漆黒で塗り潰されていた。
「さっきの人が落としたのか……?」
亮司はぶつかったと思われる男が去っていった方角を見て呟く。男はもうすでに視界から消えていた。
この世界では設定しておけば万が一何かを落としても自動的に戻ってくる便利なリターン機能が備わっている。そのため落し物はとても珍しい。
リターン機能は実は数年前までは開発者の現実に近づけたいというわがままで備わっていなかった。だがこの世界でも落し物をするのは非常に困るという至極真っ当な意見が大量に寄せられた。他にも落し物を拾ったところ自称所有者からナンパや恐喝をされるという事件や、お礼と称して店に連れ込まれ、法外な値段でガラクタを買わされるといった事件が頻発したため、渋々折れてこのリターン機能が付けられたのである。
つまりリターン機能が働かない落し物は所有者にとってどうでもいい品である可能性は高い。
そのことを分かっている亮司は今すぐ交番に届けようとせず、明日にでも届けようとカードをポケットに入れた。単純に面倒なのもあるが、滅多にない落し物かつ不思議なこのカードに興味を持ってしまったのだ。
亮司はその後、何事もなかったようにウィンドウショッピングを楽しみ、夕飯時になるとログアウトをして現実世界に帰っていった。
夕飯を済ませて風呂に入った亮司は友人に会うためDIVEからTRUE WORLDにログインした。
到着した直後、友人の一人からメールが届き、亮司はそこに記載されている集合場所へとテレポートした。
「――っと」
着いた場所は人里離れた場所にある公園だった。鉄棒や滑り台、ジャングルジムなどお馴染みのものから事故や苦情により現実世界では見ることがなくなった遊具まで、本当にたくさん設置してある。
しかし人々のほとんどは基本的に街にいるため、このような場所は現実世界よりも人が来ない。
「おーい。お待たせ」
公園に着いた亮司がそう声をかけると、
「お、やっと来たか」
「あ、来ましたね」
遊具から亮司の友人が顔を出した。
一人は男性アバター。名は『モリリン』と言う。生意気そうな顔つきの金髪紫眼で小麦色にこんがり焼けた肌が一際目を引く。耳に重そうな星のシルバーピアスをしていて真っ黒なフォーマルスーツを着用している。
もう一人は女性アバター。名は『ヒーナ』。こちらはもう一人とは対照的で非常に大人しそうな黒眼黒髪の清純清楚な乙女。垂れ目が印象的で、淡いピンクを基調とした着物をしっかり着こなしている。そして亮司が密かに好意を抱いている相手でもある。
「んじゃ、今日も始めるか」
モリリンは地べたに腰を下ろしてあぐらを組み、目の前に小さなテーブルを出した。そうすると亮司とヒーナもテーブルを囲うように腰を下ろした。
これから何がおこなわれるのかというと、ただ単にテーブルゲームをしたり、雑談をしたりするだけだ。
四年前にこの世界のゲームセンターで知り合った三人はそれからほぼ毎日こうして夜に集まっている。休みの日は一日中遊んだり雑談したりしていることもあるほどだ。
にもかかわらず、お互い現実世界では会ったことがないという不思議な関係。
でもこの世界ではよくあることだ。
なぜならここは真実の世界。この世界が現実であると思えばその瞬間からここが現実世界になるのだ。
「ところでさー、お前ら最近仕事どうよ」
トランプでババ抜きをしている最中、モリリンは二人に向けて言った。
「順調だよ。今日も一件こなしてきたし」
「私も特に変わったことはなく順調ですね。モリリンは何かあったのですか?」
ヒーナがそう問うとモリリンは、
「うーん。上司とあんまり仲が良くなくてな。仕事減らされてるんだ」
頭をかきながら口を曲げた。
「……素直じゃないからそうなるんだよ」
亮司がぼそっと言うとモリリンはトランプを投げ捨てて立ち上がった。
「なんだと! 俺のどこが素直じゃないって言うんだよ!」
「どうせいつもみたいに生意気な口をきいてたんだろ?」
眉間にシワを寄せるモリリンに対し、亮司はさらに煽る。
「きいてねえよ! 勝手に決めつけんな!」
「……じゃあ今みたいな短気な性格がダメなんじゃないのかな」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。喧嘩はダメですよ。楽しい時間が逃げていっちゃいますから」
本格的な喧嘩に突入する前にヒーナが二人をやんわりとなだめた。一見すると頼りなく感じるが、効果は抜群で二人は大人しくなった。これはヒーナの権力が絶大、というわけではなく、亮司とモリリンは案外物分りが良いというだけだ。
実はこのようなことは日常茶飯事で、いつもちょっとしたことで言い争いや喧嘩が始まる。本格的になる前にヒーナが止めて二人は我に返って反省するという風にパターン化されている。
亮司とモリリンの仲は悪くはないが決して良いとも言えない。好敵手のような関係が一番近いだろう。
「なんか冷めちまったし、別のゲームやろうぜ」
「いいよ。何にする?」
亮司は言いながらトランプを消した。
「私はカーレースがしたいです。いいでしょうか?」
ヒーナがにっこりと笑うと、亮司とモリリンは顔を見合わせてからこくりと頷いた。
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