妹の結婚

木谷日向子

第1話

〇朝井家のリビング

   リビングのテーブルに皿が2つあり、1つに食パンの上に目玉焼きの乗った

   皿。向かいに食パンの上にジャムの乗った皿がある。

   柳田鞠子(やなぎだまりこ)(25)が目玉焼きの乗った食パンを手に取る

   と、目を瞑りながらかじる。

   少し口を動かし、飲み込んでから

鞠子「あー美味しい」

夏己「お前朝パンは本当にそればっかだな。ラピュタかよ」

鞠子「うるさいなー。お兄ちゃんの分も用意してあげてるでしょ。文句言わないで」

夏己「へいへい。毎朝ご丁寧なこって」

   目を閉じ、はにかむ朝井夏己(あさいなつき)(13)。

   目を開け、時計に目を向ける。

夏己「7時40分。鞠子さん。お前いつも何時に家出てましたっけ」

   鞠子、音を立てて椅子から立ち上がる。

鞠子「いけない! あたしこのままだと遅刻する! バカだあたし」

夏己「そう、お前はバカだ」

鞠子「うるさい! お兄ちゃんのバカ‼」

   鞠子、食パンを咥えると駆け出し、リビングから出る。

   夏己、呆れ顔で鞠子の消えたドアを見ている。

   ドアが勢いよく開けられ、オフィスカジュアルに着替えた鞠子が出てくる。

鞠子「じゃあ行ってくるから留守番よろしくね!」

夏己「オレのことはいいから、さっさと会社行けよ。今日が異動前最後の出社だ

 ろ」

鞠子「あ~もう! じゃね」

   慌てて玄関まで走り、ドアを開ける。

夏己の声「気を付けて行けよ……。事故に遭うんじゃねえぞ」

   鞠子、驚き振り返ると夏己が立っている。

鞠子「変な心配しないで……。わかってるよ」

   切なげに微笑む。

   玄関から差す朝日が、鞠子の輪郭を白く輝かせる。

鞠子「行ってきます!」


〇鞠子の会社・中

   課長席の前に鞠子。

   その隣に小山由花(こやまゆか)(55)が立ち、周囲を他の社員と契約社

   員が囲んでいる。

由花「では柳田さん、一言」

鞠子「本日付けでお客様サービス部から横浜支社に異動となりました。入社してか

 ら6年間、この部で皆様に可愛がって頂けて毎日仕事が楽しかったです。ありがと

 うございました」

   周囲の社員が皆拍手する。

   その中から一人、久保頼子(くぼよりこ)(30)が前へ出て花束を鞠子に

   渡す。

頼子「(徐々に小声になる)鞠ちゃん、おめでとう。やっと家族が出来たね。もう

 一人じゃないね。鞠ちゃん、子供の頃からずっと一人で頑張ってきたもんね……」

   涙目になりながら鞠子に微笑んでいる頼子。

鞠子「ありがとうございます……」

   頼子から花束を受け取ると周囲の拍手が強まる。

   鞠子、周囲に向かって頭を下げる。

   その顔は虚ろである。


〇鞠子の家・リビング・中

   慌てながら手荷物を多く持ち走り回っている鞠子。

夏己「おいおい大丈夫かよ……。結婚式の朝だってのに新婦がこんなバタバタ走って

 るとかあんのかよ」

鞠子「あ~やばいやばい。忘れものないかな」

夏己「向こうのご両親にサプライズで渡すプレゼントは持ったの?」

鞠子「持った!」

夏己「結婚指輪は?」

鞠子「嵌めてる!」

夏己「(鞠子から目を逸らしながら)……オレ達の家族写真は」

   一拍置き、切なく笑う鞠子。

鞠子「持ってるよ。それは忘れるわけないでしょ」

夏己「……じゃあもう忘れものねえな。行けよ。もうここには戻らねえんだから

 さ」

   鞠子、家具や物が何も無くなった部屋を見る。

   切ない顔になる鞠子。

鞠子「……」

   鞠子、夏己の方を見る。

鞠子「お兄ちゃんさ、まだずっとこの家にいるの? あたしと英生さんの家に来な

 い? 一緒に暮らそうよ」

夏己「何言ってんだお前」

   真の抜けた呆れ顔になる夏己。

鞠子「この家にずっといるんだったら、あたし週末しか来れないしさ。お兄ちゃん

 寂しいでしょ? あたしがいなくて」

夏己「寂しがってんのはお前の方だろ。良い加減兄貴離れしろ!」

   夏己、怒りの形相で鞠子に対し怒鳴る。

   鞠子、驚きたじろぐ。

鞠子「な、何よ! 怒ることないじゃん。全く何カリカリしてんの!?お兄ちゃん

 なんか知らないんだから! 一人で寂しくなって私の新しい家に現れても無視して

 やるもん!」

   鞠子、玄関へ走り、出ていく。

   玄関の扉が閉まる音。

   俯いている夏己。

   前髪で顔が隠れている。

夏己「あのバカっ……」

   風が吹き、窓から光が差し込む。

   逆光となる夏己の体。

   夏己の左手が透けている。

〇結婚式会場

   席に着いている鞠子と柳田英生(28)。

   席につき、にこやかな笑顔で2人を見ている周囲の来場者。

英生「鞠子、大丈夫? 緊張してないか? やっぱり前日に君を一人にしておいたの

 は間違いだったよな」

   英生に微笑む鞠子。

鞠子「英生さん、大丈夫よ。気にしないで。私が頼んだんだもん。あの家には思い

 入れあるからさ」

   鞠子、下を見る。

鞠子の心の声「お兄ちゃん……。どうしよう、あんなこと言うんじゃなかった。一

 人で大丈夫かな。明日英生さんに無理言って家帰ってちゃんと謝ろ。そしてお兄ち

 ゃんを私の家に連れてくればいいよね」

   頷き、笑顔になる鞠子。

司会「それではここで新婦、鞠子さんのご友人の貴子さんからスピーチがありま

 す」

鞠子「ええ? 貴子?」

   驚く鞠子。

   星野貴子(ほしのたかこ)(25)が壇上に上がってくる。

   鞠子にはにかむ貴子。

   貴子、マイクを司会から受け取る。

貴子「えー、私貴子は、鞠子さんとは幼稚園からの付き合いであります。鞠子さんは

 小さい頃からそれはそれはドジで、よく物を家に忘れて、お母さんの陽子さんが

 学校まで持ってきてあげてました」

   爆笑する来場者達。

   額に手をあてる鞠子。

鞠子「何言ってんのよ貴子のやつ。も~恥ずかしい~」

   笑顔の英生。

貴子「そんな鞠子を初めて尊敬したのは、鞠子が小学5年生の時でした……。鞠子

 が10歳の時、家族で温泉旅行に行った帰りに事故があって……」

   貴子、言葉につまり俯く。

   顔を上げる貴子。

貴子「鞠子のご両親と、お兄さんが亡くなって鞠子だけが助かりました。私は学校

 で鞠子がもう登校出来ないんじゃないかって不安で不安で、ずっと心配してて。休

 み時間に机につっぷしてた時に肩をたたかれたんです。顔を上げると鞠子が笑顔で

 微笑んでくれていました。その時に私は、鞠子のことを心から尊敬したんです」

   貴子、泣いている。

   鞠子、瞳を揺らし、下を向く。

   鞠子の肩に手を乗せる英生。

   鞠子、顔を上げる。

   泣いている来場者達。

   その中で夏己が一人立ち、鞠子を見ている。

鞠子の心の声「お兄ちゃん!?」

   目を見開く鞠子。

英生「鞠子、どうした?」

鞠子の心の声「お兄ちゃん、何でここに」

夏己「鞠子、お前ドレス似合ってんじゃん。綺麗だよ」

   夏己の体の周りに緑色の蛍の光が広がり、夏己が包まれる。

   鞠子、立ち上がる。

夏己「オレはあの時、先に成仏した父さんと母さんに誓ったんだ。オレを連れて行

 かないでください。オレは現世に残って鞠子が嫁に行くまでアイツを傍で守るか

 らって。お前はこれからお前と一緒に生きてくれる人を見つけた。オレの役目は

 終わった」

   切なく微笑む夏己。

   夏己、徐々に薄らいでいく。

鞠子「お兄ちゃん! 待って! 行かないで!」

   泣き叫ぶ鞠子。

   手を伸ばす。

   ざわめく会場。

   英生、立ち上がり、鞠子の肩を掴む。

英生「おい鞠子、どうしたんだ!」

鞠子「お兄ちゃん!」

夏己「(語尾に向かうにつれエコーがかかり、小さくなっていく)鞠子。幸せにな

 れよ。俺達の分も……」

   満面の笑顔で消えていく夏己。

   光が僅かに残る。(終わり)

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妹の結婚 木谷日向子 @komobota705

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