もしもあの時カノン様を選んでいたら 真実編

 彼の存在に気が付いた時、もう全てが手遅れだった。だから私はお姉ちゃんと相談し、最小限の犠牲で済む方法を選んだ。


「こんな話、間違ってもエトには出来ないわね」


 きっと優しい彼女は全力で阻止するだろう。そして全員が幸せになる道を探し続ける筈だ。


「でも、そんな時間は残されていない」

 

 今日、彼女がやって来る。私を殺しに。もう一人の対処はお姉ちゃんに任せることにした。


「来たわね。アルマ・ガルディア」


「カノン・カーノルド。僕らの動きが予想されてた……」


 彼女によって懐柔された数人の部下達。その全員が手練れだ。その中に見知った顔はいない。


「貴方の相方も今頃はお姉様と面会している頃よ。今ならまだ軽い罪で済むわ。大人しく投降しなさい」

「…………」


 反乱軍を設立し、脅威のカリスマ性で組織を爆発的に拡大させた男。その名はリカルド・マックレイ。元レティシア公国の一卒兵であり、過去にエトを襲い、和解した男ゴルゾ・マックレイの息子である。


 終戦後、英雄の一人と呼ばれた男の息子は今や反乱軍の主導者であった。


 それを見つけたのは偶然だった。

 父に言われ、数人で瓦礫の撤去作業を行っていた彼はユアンに取り込まれ完全に消滅した筈の神玉の一欠片を見つけてしまった。本来ならそれはすぐに報告され、ティナ達によって処理される筈だった。


 しかし彼は聞いてしまった。邪神となったユアンの魂の声を。


 まだ、本格的な復興作業は開始していなかった為、瓦礫の中心街となっているこの場所に彼らの他に近づく者は殆どいなかった。


『壊せ、全部壊せ』


 それは人の悪意や嫉妬心を煽り、増幅させる。一度魅入られてしまったら抜け出す事はできないだろう。彼は人知れず欠片を持ち帰り、数日後には都市から姿を消した。


 それからすぐの事だった。大きな力を持つ反乱軍が誕生したのは。


(私は自分の目的を優先させてしまい、もっと大切な事に目を向けなかった。そのツケが来たようですね)


 これはカノンやティナが法律の整備などを後回しにして、内政に力を入れていれば起こらなかった悲劇である。


 また味方である筈の暗部が敵の手に堕ちていて、水面下で動ける者達が不足していた事もある。


 イリアとクロエがいればこんな事にはなっていなかっただろう。


 しかしその二人はアルマの勧めで引退している。恐らく二人が辞める前からリカルドはアルマに接触し、親交を深めていたのだろう。つまりここまでは全て彼の筋書き通りであるというわけだ。


「はぁっー!!」


 カノンの固有能力である強力な氷塊がアルマ達に迫り、一瞬で部下達を氷漬けにする。


 彼女の力は一時期弱まっていたものの、ティナによる治療もあり戦後も健在であった。


「ころす!」

「やめなさいアルマ!」


 部下を全員失ってもアルマは怯む様子を見せず、接近戦を仕掛けてくる。


「貴方を殺せば、僕はまた大好きな人と一緒になれる。だからお願い、死んで? カノン・カーノルド!!」


「そんな姿を見せたらエトが悲しむわ。少し頭を冷やしなさい」


 威嚇射撃だというように、彼女の足元を凍らせるが歩みは止まらない。むしろもっと激しいものとなる。


「うるさいうるさいうるさい。元々は全部お前が悪いんだ。貴方が、カノンがいなければ絶対僕が選ばれていたんだ! 僕からエトを奪ったんだ!!」

「くっ!」


 次に腕を凍らせる。しかしアルマは無理矢理氷をかち割って近付いてくる。一瞬の攻防、カノンとアルマの目が交差した。


(呑まれてる……あの人と同じ)


 闇に染まりきった瞳を見てカノンは確信した。


 彼女もまた、神玉に魅入られてしまったと。


 このまま彼女を見逃せばエトの命が危険が晒される。今のアルマが何をしでかすか分からない。


 リカルドによって、精神的に弱ってる所を漬け込まれたのだろう。


 彼女の瞳に宿っていたのは“エトを我が物にするんだ!”と強い執着心だけだった。


(お姉ちゃんはこの数年でシズルといい感じになっていた。朴念仁な私の伴侶は気付いていない様子だったけど……アルマを説得出来なかった場合、私かお姉ちゃんが殺さなければいけない。欠片を持ったリカルドを私が殺すのは無理。だから私は……)


 私は様々な人に助けられて今の幸せがある。それを自ら捨てる様な前はしたくなかったけど、仕方ない。誰かが犠牲にならなければいけないなら次は自分の番だろう。お姉ちゃんやエトはいっぱい苦しんだんだから。


「ふっ!」


 カノンは氷の鎧を纏うと、近づいて来るアルマを迎え撃つ。


「ぐぅっ!」


 その硬さを活かし、薄装である彼女の身体に体当たりする。あまりの威力に仰け反り、よろめく。軽い脳震盪を起こしたのだろう。カノンはその隙を見逃さなかった。


「本当にごめんなさいアルマ。許さなくていいわ」

「あ……」


 全力で放たれたカノンの力に、アルマは為す術もなく氷漬けにされる。命を奪うには十分だった。


 氷の能力使いは私しかいない。誰がアルマを殺したのかすぐに分かるだろう。


「…………許してとは言わない。でも貴方の大切な一人である彼女を奪った私が、貴方の隣にいていい筈がないわ。さようなら、愛しているわ。エト」


 アルマ・ガルディアが倒されるのと同時に、隣国に亡命していたリカルド・マックレイはティナによってその欠片ごと存在を消滅させられていた。


 これにより一部の犠牲を持って、世界の平和は保たれる事となる。


 その後、一切の消息を絶った一人の王女を探すメイドの噂が何十年もの間、大陸中で囁かれる事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【本編完結済み】普通のメイドだっだけど王女を失って暗殺者になりました 水篠ナズナ @1843761

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ