もしもあの時シズルを選んでいたら…… 前編
『過去に囚われず、前を向いて、貴方が思う今の幸せを選び取ってください。貴方の母親が、カトレアよりお父様を選ばれたように』
やっぱりベルタさんは私を母と重ねていたのだろう。彼の手紙からは孫娘に向けたような、そんな温かな気持ちを覚えた。
「……ありがとうベルタさん。私、決めたよ」
彼の言葉を受けて、私は誰の部屋に行くか決めた。そして入浴を終え、きっちり2時間後に彼女が待つ部屋へと向かった。
「お待たせ――」
自分が選ばれないと思っていたのか、彼女は部屋の中央にある天蓋ベッドの上で丸くなり俯いていた。
なんだか小さく丸まったあの子を見ているとずっと待たせちゃっていたような気がする。
私の大切な幼馴染。
小さい頃からずっーと一緒にいたのに、私は彼女自身を全然見てあげれていなかった。彼女の気持ちに気付こうとしなかった。
彼女は自分の気持ちを押し殺してまで、親友のままでいたいという私の我儘に付き合ってくれていたんだ。
もちろん一生親友でありたいと言葉にしたことは一度もない。でもなんとなく雰囲気で察していたんだと思う。
でもこれからは違う。私は今日自分の意思でこの子を選ぶ。
――これからはずっと一緒だよ、シズル。
「エト、本当に私を選んでくれたの? 他の二人じゃなくて良かったの?」
「うん。シズルじゃなきゃやだ」
その言葉を聞いたシズルが勢いよく立ち上がった。
「エト……――!」
「わっ、いきなりだね」
「だって、ずっと昔からこうしたかったのよ!」
目尻に涙を浮かべたシズルに床へ押し倒される。彼女は私の胸に顔をうずめ、背中に手を回してひっしりとしがみつく。「もう離さないから」と小声で囁かれた。
色んな感情が込められた「もう離さない」だった。
「……私はもう、シズルだけのものだよ」
奥手だったシズルは、この数年間で見違えるほど強くなった。それこそ最後のアピールで私を必ず幸せにしてみせると豪語するくらいだ。
先輩やカノン様とはまた違ったアプローチだ。
(あの時、からかな)
両親のお墓で再会を果たした時、昔とは変わってしまったシズルを見て、実は少し嬉しかった。
両親のお墓の管理をしてくれていたこともそうだが、いつも私の前を歩いてるように見えて、私の後ろをついてくるだけだったシズルが私と離れた事で一人で歩き出してくれたからだ。
その過程で私に対する愛も形を変えていったんだろう。受け身の体勢から、攻めの体勢に。
「シズル。私の事を世界で一番の幸せ者にしてね。まあシズルを娶る時点で、既に最高の幸せ者だけど」
「ふふっ、嬉しいわ。安心して、貴女がもう十分、要らないって言っても幸せの提供をやめてあげないんだから! 手始めに私の手料理を味わってもらう所からね。この一年で料理の腕もかなり上がったのよ。それこそ王族専属料理人が務まると言われるくらいには」
「それは楽しみだなー。シズル、昔っから料理すごく上手だったし。昔かー……」
思えば、シズルは最初から最後まで私に付き合ってくれた。メイドになってからも、あの日別れてからもずっと。
それこそ個人的な復讐の話をしても、シズルは否定する事なく受け入れ、協力してくれた。彼女はいつ何時でも私の味方だった。
ローラが起こした事件の濡れ衣を着せられた時だって、彼女だけは真っ先に私を信じ、味方でいてくれた。
彼女が身体を起こし、私に手を伸ばす。
「そろそろベッドに行きましょう。もう我慢出来そうにないわ。貴女の身体に15年分の愛をたっぷり教えてあげなくちゃ」
「あ〜お手柔らかにね」
「それはちょっと無理な相談よエト」
一度ベッドに上がれば、もうそこは幼馴染の独壇場だった。
「んっ……」
「んんん……」
それから私たちはキスをした。いっぱいいっぱいキスされた。
「エト、好きよ。大好き!」
「わたしも、シズルのことがすき……んんっ!」
くぐもった声しか出ない。
キスされまくって半分おかしくなっていた。ベッドに上がって服を脱がされてからの記憶はない。
ただ一つ言えることはとっても熱烈なアプローチだったという事。
「んやぁぁぁー」
最初から最後まで鳴き続けたくらいには。
◇◇◇
その夜、選ばれなかった者達の反応はさまざまだった。
孤独に耐えきれなくなって、わんわんと泣きながら仲間の待つ部屋に飛び込み、中にいた二人を驚かせたのち、自分より年上の女性と同い年の少女に両隣から抱擁され、悲しみを分かち合い、それから朝になるまで寝床を共にした者。
一晩中部屋で啜り泣き、翌朝になって、様子を見にやってきた姉の温もりを感じながら泣き疲れて眠ってしまった者。
逆に選ばれた者は、長年恋焦がれていた想い人と一晩中愛を確かめ合うのだった。
そして長い長い夜が明けた――。
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