もしもあの時カノン様を選んでいたら……後編

 カノンと結ばれた日から丁度5年後。


 世界から魔物は駆逐され、魔物を完全に根絶したという趣旨の声明が政府から発表された。


 政府とはルシア先生とティナ様が帝都を拠点に立ち上げた新政府の事で、二人のお陰で国や街の治安は著しく向上し、スタンピードが起こる前と比べでずいぶんと平和な世の中になった。


 各国との関係も回復し、現在は協力してスタンピードによって被害を被った街や村の復興作業に重きをおいているのだという。


 ただ魔物がいなくなった事で、共通の敵がいなくなり、各国がお互いの利益のために、睨み合う時代がまた来るかもしれないと先生は言っていた。


 人の欲望は際限を知らない。いつまた、第二、第三の魔王が生まれるやもしれないのだ。


 ガルディア宰相も二人に誘われて新政府に身を置き、国の復興に力を貸してくれているが、最近は特に忙しいようで、日に日に目の隈が濃くなって来ているので少し心配だ。


 私はと言えば、身を置いているにも関わらず、政務をほったらかしにして妻とイチャラブ生活を送っている。その皺寄せが彼に行っているので申し訳なく思うが、新婚なので大目に見てほしい。


 私が振った二人の内の一人、アルマ先輩とはあれから一度も顔を合わせていない。避けられてるといった方が正しい。でも完全に拒絶されてるわけではないらしく、イリアさんを通して文通はしている為、互いの近況は理解していた。


 週に一度の間隔で送られてくる先輩の文通は、最近では私の一番の楽しみになっていて、カノンにはよくその事で嫉妬されている。

 

 手紙の内容は大抵朝何を食べたとか、夜何時に寝たとか、イリアさんが怖いとかたわいもない事だがそれが逆に良かった。


 アルマ先輩に恋人とはどうしているか? と聞かれた事は一度もない。だから私もその話題は避けている。


(私がいなくても規則正しい生活を送れてる……イリアさんには感謝しないと)


 今先輩はイリアさんとクロエの家に一緒に住んでいて、新政府の懐刀として、政府の暗部に身を置いているのだ。


 二人に聞くと誰よりも戦果をあげているのが先輩で、反乱を起こそうとしている者がいれば即暗殺に向かい任務を達成してくるという。


 それこそ怖いくらいに仕事に集中していて、いつ糸が切れてもおかしくないと言っていた。


 ……少し心配だ。今度無理を言ってでも会いに行くべきなのかもしれない。


 あの日の朝、ろくに話す事も出来なかったから。


 でも良い事もあった。


 イリアさんとクロエは、アルマ先輩の後押しもあって先月結婚式を挙げたのだ。そしてこれを機に二人は暗部から離れるらしく、今は一般人として静かに暮らしている。


 その結婚式に先輩と会えるかもと思ったが、残念ながら会うことはなかった。


 他にあった事といえば、一度ルシア先生とティナ様の縁談の話が持ち上がったが、二人とも結婚する意思はないとハッキリと公表し、その後も二人は独身を貫いていた。


 今私はカノンと共にティナ様の執務室にいる。


「だいぶ国も整ってきたし、後のことは私の可愛い妹二人に任せるから頑張ってね」


「ちょっとお姉ちゃん一人だけ逃げるき!? 待ちなさーい!!」


 ティナ様に至っては早々に隠居して、私とカノンをその後釜に据えようと企んでるらしく、珍しくもなくなった姉妹喧嘩が王宮内で度々勃発していた。


「一人じゃないよー。王族専属料理人であるシズルも連れて行くんだからー」


「そうなのシズル?」

「ティナ様に誘われたら……ね」


 ちょっと嬉しそうなシズル。


 そういえばこの子、出張と称してティナ様と何度かに行ったんだっけ。そこで何かあったのかもね。


「今日は泊まっていくの? それとも別荘に?」

「うん別荘かな。ここにいるとすぐ宰相の耳に入って仕事を持ってやって来そうだから」


「そう、少し残念ね……一緒にお風呂に入れると思ったのに」  


「この埋め合わせは必ずするから許してよ」


 王城に自室を構えてはいるが殆ど帰っていない。宰相に内緒で買った別荘があちこちにあるのでそこを転々としながら政務から逃げつつ、私たちは新婚旅行を楽しんでいた。


 結婚したのは4年前だが、カノンは今でも新婚旅行と称して私を外に連れ出していた。悪い気分ではない。


(でも驚いたな。あの時は)


 ティナ様とカノンが二人で協力したらあっという間に同性婚を法律で認めさせてしまい、国の復興をおざなりにしてまで法の整備をしてくれた。


 同性婚第一号が元メイドと元王女という話題性もあって、今では百合カップルもとい同性婚が当たり前の世の中になっていた。


 あれから5年が経ち、ようやく私もカノンの隣にいる事に慣れた。それは彼女も同じようで、日中はいつも甘えてくる。が、夜は別だ。私はカノンに勝てた事が一度もない。いつかは勝ってみたいとは思うが、その頃にはもうおばあちゃんになっている気もする。


 一応書類上は私が夫になのに! 


 あれからカノンも家名を変えて、カノン・カーノルドと名乗っている。好きな人が自分の物になったみたいで少し嬉しい。私は人より独占欲が強いのかもしれない。


「そういえばシズル。ライオットは元気にしてる?」


「ええ、私の経営する店舗で店長をしているわ。騎士団長より料理人の方が向いていたみたいね」


「ふーんそれは意外。シズルもマチルダさんとの悪巧みが上手くいってるみたいだよね」


「彼女のアイディアにはいつも驚かされるわ。まるで異世界から来たんじゃないかってくらい斬新な物ばかりなのよ」


「そうだね。案外本当にそうなのかもしれないよ。――ところで話は変わるけど昨日ライオットに告られたんだって?」


「――っ、なんで知ってるのよ!」

「ヨハンに教えてもらった。それでどうなの? シズルが必死になって捜索をして見つけた相手はお眼鏡にかなったのかな?」


「……断ったわ。というか毎年告られてるから」


「え、そうだったの?」 


「そうよ。でも今回で本当に諦めてくれたみたい。言われたのよ『他に好きな人が出来たんだねって』」


 他とはきっと私の事なんだろう。シズルも私が振った女の子の一人だから。


「なんか、ごめんねシズル」  


「気にしないで、私の事だから。貴方もカノン様と一緒になって羽目を外し過ぎないようにね」


「うん、分かってるって」


「ヨハンとメリティナの結婚式には行くつもり?」

「招待状が来たからね。シズルもでしょ?」


「そのつもりだったけどさっきの話を聞いてヨハンには会いたくなくなったわ」

「あははっ! それだとメリティナが悲しむよ」


 ヨハンもメリティナと交際を続け、来月結婚式を挙げるという。


 話の途中でカノンが私を腕を取ってきた。


「エト、お姉ちゃんとの交渉が決裂したわ。どこか遠い国に逃げましょう! 北国とかどうかしら?」

「いいねー。北国にはまだ行ってなかったから。それに寒い所ならカノンに勝てるかも」


「あら? いつも結局ヒーヒー言ってるのはどちらかしら?」

「それはカノンが上手すぎるからだよ!」


「二人ともセンシティブな話は他所でやって。あと堂々と逃げる話をしない! 宰相がまたぶっ倒れるわよ」

「まあまあ。いざとなったら私が転移で移動して、どこにいても連れ帰るから」


「ティナ様……怖いです」

「お姉ちゃん……それは卑怯だよ」


 この人、最終戦の力をそのまま維持しちゃってるからな。たぶん本気を出されたら誰も勝てないんじゃないかと思う。


「そういえば、エトちゃんとカノンはジーク君とマチルダさんに第二子が誕生したって話は聞いた?」


「聞いてないですね。男の子ですか? それとも女の子?」


「元気な女の子だよ」


「エト、北国に行く前に二人に会いに行きましょうか」


「いいねーシズルも行く?」

「二人だけで行きなさい。私はティナ様の補佐で忙しいから」


「もうちょっと息抜きしてくれてもいいんだよー?」

「だめです。目を離すとすぐにサボりますから」


「シズルちゃんは厳しいなー」


 あの後ジークはマチルダさんと結婚し、子供を産んだ。長女はもう二人のことをパパ、ママと呼んでいるらしい。


 私が会った時は、まだ足元もおぼつかなかったのに、子供の成長は早いんだなって実感させられる。私とカノン様も出会ってからもう7年が経ち、お互い20歳になる。


 この間、ミザリーとフリーダが二人の子供を産んだと聞いて、カノン様もそろそろ本気で子作りしないとねーなんて呟いていた。


 今より激しくなったら私の身体が耐えれる気がしない。


 女同士で子供を作る事は不可能とされていたが、カトレアさんが同性同士でも子供を作れる薬を発明して、最近とても話題になっていた。


 カトレアさんの長年の研究が、身を結んだ瞬間だった。


 それを一番最初に試したのが、ミザリーとフリーダで、二人は立派な女の子を産んだ。


 産んだのはフリーダという事だから、夜の攻めはミザリーで受けがフリーダなのだろう。ちょっと意外だ。


「エト、カノン様。部下から連絡が入ったわ。宰相が猛烈な勢いでこちらに向かって来てるらしいわよ」


 電話が鳴った。ジークが考案した携帯型、連絡機器だ。これがあれば遠くにいても連絡を取り合うことが可能だ。


「ヤバっ、じゃあそろそろ行かないと」

「エトは先に裏口へ行ってて、私は後から行くわ。お姉ちゃんと少し話したい事があるから」


「分かった、先に行ってる」


 部屋から出ようとして呼び止められる。なんだろうと思って振り返ると少し寂しそうな顔をしたカノンがいた。


「ああ待って――愛してるわエト」

「うん。愛してるよカノン」


 話ってなんだろうと思ったが、私に相談してない時点で大した話ではないんだろうと勝手に解釈して、その場を後にした事を後悔することになる。


◇◆◇◆◇


――後日、全身を氷漬けになった状態で一人の少女の遺体が王宮の地下で発見された。


 その少女の名は


 宰相の養女となり、新政府暗部の隊長を務めていた少女だった。


 殺害犯は■■■。私の■■だった。彼女は全ての罪を認め、私の元から姿を消した。

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