最愛の人

雨世界

1 ……ばいばい。あなたは私の最愛の人だった。

 最愛の人


 プロローグ


 ……ばいばい。あなたは私の最愛の人だった。


 本編


 前に進もう。ちょっとずつでもいいから。……少しでも、前に。(……できるだけ、あなたのそばに……。少しでも、あなたに近い場所に……)


 あなたと初めて出会ったのは、どこだっただろう?

 そんなことを、久しぶりに思い出してみる。


 私はあなたのどんなところが好きなんだろう?

 私はどうして、あなたと一緒にいると、こんなにも幸せだと感じるんだろう?

 私はどうして、あなたと一緒にいると、こんなにも安心して生きていくことができるんだろう?


 そんなことをあらためて考えてみる。


 ……そしたら、自然と私の目からは涙が溢れてきた。

 それは、一度流れ出したら、もう全然、止まってくれなくなった。

 私は、一人で泣いていた。

 ずっと、ずっと、……一人っきりで泣いていた。


 ……真っ暗な場所で泣いていた。


 こんなのは本当に久しぶりのことだった。

 だって、いつもは、私が泣きたいときには、私が涙を流しているときには、……私が本当の本当にぎりぎりのときには、いつもあなたが私のそばにいて、私のことを、ずっと優しく(私が泣き止むまでの間)慰めてくれたのだから……。


 1


 私があなたについて、思い出すこと。


 世界には、強い風が吹いている。


 私は、たった一人でその風の中に立っている。


 遠藤春菜は、一人っきりで泣いていた。

 場所は春菜の通っている公立中学校の白い校舎の屋上だった。


 春菜は、そこにある生徒たちの転落防止用の黄緑色の大きな、壁みたいな、フェンスにしがみつくようにして、先ほどからずっと、ずっと泣き続けていた。


「……髪。切ったんだ」

 そんな、教室の中で、聞きなれた声が聞こえた。


 春菜は、制服の真っ白なシャツの袖で、涙を拭って、それからぼんやりとにじむ視界のままで、声の聞こえたほうに顔を向けた。


 すると、そこには一人の男子生徒がいた。


「ほら。髪。すっごく長かったのにさ、ばっさりと切ったんだね」と男子生徒は自分のおでこのあたりで自分の右手の人差し指と中指を使って、ハサミの形を作って、それを動かして、髪を切った、と言うジェスチャーをした。


 春菜は無言だった。

 無言のまま、静かに(たまに鼻をすすったりして)泣き続けていた。


 男子生徒は、一度、遠くで、にっこりと優しく、春菜に白い歯を見せて微笑むと、それからゆっくりと歩いて春菜の前までやってきた。


「なにかあったの?」

 男子生徒は優しい声で、遠藤春菜にそう言った。


 二人だけしかいない、中学校の屋上に、今年、一番強い風が吹いた。春を告げる、激しくて、暖かな風。

 その風の中で、遠藤春菜(私)は、あなたに出会って、二人っきりで話をして、そして、それから、生まれて初めての、……恋をした。


 その日、私は十五歳だった。

 ……私たちは、まだ十五年しか、生きていなかったんだ。

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