第23話 ヒャッホー的BBQ(番外編2)
身体が温まると、足の調子は少し良くなった。
菊子さんはいつまでもマットの上に座るのも良くないと言って、テーブル席に連れて行ってくれた。
女性が多いけれど、お子様連れもいるし、年配の人も中年の人もいる。子供を抱っこした若いママさんもいれば、シングルマザーだという人もいた。
男性もいるが、こちらは年齢が高め。井上本部長クラスの年代だ。
「楓ちゃんの下で働くの、大変でしょ? しかもトップは井上だし」
豊川専務は笑っていた。
「いえ、楽しいです。もちろん、仕事は厳しいですけど、今まで自分がやってきていた世界が広がったというか、つながったというか。私、体のことがあって途中で方向転換したからこんなはずじゃなかったって思うことが多くて。でも、本社に行ってからぱぁぁぁっと視界が開けたというか何というか。こういう伝票を切っていたことが、ここにつながるのかぁ、だからここが動くのかぁ、みたいな?」
「あはは、わかるな、それ。こんな小さいプーリーがどこにかみ合うんだって思っていると、思わぬ場所のデッカイプーリーにつながっててさ、しかもそのチビプーリーがないと車が動かないっていう」
「プーリーって、歯車ですか。そうですよね、そういう感覚です」
「ウチの子、スカウトしないでください」
不意に会話に割って入ったのはその小林さんで。
テーブルの上の、空になったケーキの大皿をささっと片付けてゆく。そのタイミングでおなじコックコートを着た藤堂さんが新しいケーキを並べてゆく。
「うわぁぁぁ」
小さくカットされたプチケーキの数々。カラフルな宝石箱のようなゼリーをまとったムースと、つやっつやのザッハトルテに定番のいちごショート。それから、綿帽子のようにパウダーシュガーで化粧をされたプチシューが山盛り。
「なんだ、お前、器が小さいなぁ」
「じゃぁ大きなお皿持ってきましょうか。でも豊川さん甘いもの苦手でしたよね?」
スカウトをたしなめられたことに文句を言った豊川専務に絶妙の返しで答える小林さんにふすっと倉本さんが笑った。
「倉本、餌付けしておけ。引き抜かれるわけにはいかないからな」
「了解です」
「え? 私がですか?」
藤堂さんはくすくす笑っている。
「豊川さんの唯一の弱点が数字だからね。寺岡だまして引き抜くぐらいわけないわよ。もっとも、そんなことしたら即お出入り禁止にしちゃうんだけど」
「ずいぶん若いのに気に入られたもんだなぁ」
「ウチの有川塚本コンビをを引っ張っていったの、どこのどいつですか?」
「はて、誰だったかなぁ」
「そういうことをするからお出入り禁止になるんです」
え?有川、塚本って、どこかで聞いたことがあるなぁ…。
「あ、みどりの店長と幹部候補生の塚ちゃんだ。え?え?常務が急に自動車部品販売の会社に修行移籍命令出したのって…」
「いずれ戻ってくるとは言え、橋渡ししたのは豊川さんだよ。絶対出会わせないようにしていたのに、車のワーゲン仲間でつながってくれちゃって…」
「え、え?」
「それ以上は口にしない」
まじまじと見ると、藤堂さんが笑った。黙ったのは正解。
会社のトップシークレットに関連することという意味だ。
つまり、あの黄金コンビと言われた売り上げをたたき出す二人を自動車関連会社にレンタル移籍させたのは、将来トップリードが自動車関連の部門をランクアップする予定があるということだ。
「九条、まだ怒ってるのか?」
「カンカンですよ。しかも先輩の豊川さんですからね、怒るに怒れない状況というか。まぁ、そうなることは予想していたんでしょ?」
藤堂さんは真顔でそう報告していた。
「今度、何かで埋め合わせしておくか」
「そうしてください」
「しっかし、この彼女、面白いなぁ。これだけの会話でちゃんと頭の中ついていけてるわけだ。紹介しろよ、楓」
ニヤニヤしながら私を見ているけれど、豊川専務、顔がお仕事モードだ。
つまり、私の頭の中が駄々洩れってことね。いかんいかん、顔に出しちゃだめだ。
「しません。女にだらしないオトコだからね、近づいちゃだめよ」
え?そうなの?
疑問を小林さんにぶつけようとして視線を上げた。
「バツ2でプロポーズの言葉は『俺の子供を産んでくれ』、そのくせ家に帰ってこないほどのワーカーホリック。くる女拒まず、去る女追わず、若いころのあだ名は種馬。豪快に思えるけれど、実は繊細。一人になったらウジウジ一人反省会やるタイプ。仕事も私生活もひっくるめちゃうタイプだから付き合いにくいわよ。二度の離婚理由はあまりにも仕事との距離が近すぎる」
いやいやいやいや、年齢的にアウトだし、お遊び的にもアウトです。
「そういうわけで、倉本に守られてなさい。危険なオッサンには近づかないように」
はい、了解です。
うんうん、と頷いた。
「大丈夫、私たちも監視してるからね」
ぴ、と豊川さんの右耳を引っ張ったのは菊子さん。
「わぁかった、何もしない」
お手上げポーズで豊川さんは抵抗をやめた。
「本当にな、どうしてお前はこんな子を見つけてくるんだか。俺が指摘したとたん、ちゃんと顔作ってガードしてやんの」
「だから俺に餌付けしろって言ったんでしょ? 寺岡はシュークリームが大好物だからさ」
「え、私そんなこと言いましたっけ?」
「初めてココに来る人がちゃんと打ち解けられるように、何か一品、その人の大好物をメニューに組み込むのよ。今回はシュークリーム。そして寺岡さんが来たということは、大好物はシュークリーム」
菊子さんは簡単な種明かしをしてくれた。
「まあぁ楽しんで行ってよ」
藤堂さんはそう言って笑っていた。
職場ではあまり見られない、リラックスした顔だった。
あの後、いろいろ世話を焼いてくれたのは倉本さんで、やっぱり足の調子よくなくて、解散より早めにアパートに戻ることになったんだけれども、送り届けてくれたのも倉本さんだった。
「本当にごめんなさい」
「いやいや、気にしないでよ」
「そう言えば、倉本さんてあんまりお酒を召し上がらいですよね」
送ってくれたお礼に、とコーヒーに誘った。
「あんまり好きじゃないんだよ。で、何か聞きたいことがあったんだろう?」
「そうなんですけど。…あの会って、何なんですか? 疑問に思っちゃった」
そうなのだ。何故私は呼ばれたんだろうか。
「そもそも、小林さんからの誘いじゃないんだろう?」
「正式には三枝夫妻から、です。親睦会としか聞いていないので」
「うん、親睦会。そうだよね、そこからだよね」
倉本さんは一緒にキッチンに立って手伝ってくれた。
「そもそもは、シーズン終わりのレースの打ち上げ親睦会が発端だったんだ。それが派生して、今は結構規模が大きくなって、子供たちの代になったりしてもいる。根本は、人材交流会だよ」
「人材交流会、ですか。そうですよね、思った以上にいろいろな人たちでしたもの」
「新規参加の条件は複数の参加者からの招待と、人数調整のための小林兄弟の誰かの了承。今年の幹事はモータースの営業チームだったんだ」
「幹事って、取り仕切っている人がいるんだ」
「あれだけ大規模だからね。ホント、あれはすごいよなぁ」
「あそこに出席していた人とかのネットワークで小林さんは無茶ぶりやっててもなんとかなっているわけだ」
「勿論、こっちが便宜を図ることもあるけどね。だからこれから一緒にやっていくなら覚えておいた方がスムースだよ。そしてできるだけネットワークを広げておいた方が良い」
「そうですね、そうします」
「あ、このコーヒー、ウマイ。どこのコーヒー?」
「奉還町にできた新しいコーヒーハウスのレギュラーの豆なんです。…弟さん、ですか?」
「うん」
「少し分けましょうか?」
「いや、店を教えてくれれば」
「はい」
「あ、今度一緒に行こうよ」
「え?」
「デートのお誘い」
「倉本さん?」
「ま、考えておいて。ごちそうさま」
そう言って倉本さんはさっさと帰って行った。
これって、プライベートのデートのお誘い?
それとも仕事仲間としてのデートのお誘い?
私、悩んじゃったじゃないのよ?
いらっしゃいませ、が言えなくて 藤原 忍 @umimado1
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