第22話 ヒャッホー的BBQ(番外編1)


 どこでどういう話になったのか。

 私のリハビリ卒業報告の後、三枝夫妻からBBQに誘われた。

 実はあの寮への避難生活の後、何人かのメカニックマンとか、三枝夫妻とは定期的に連絡を取り合っているというか、何というか。


 気楽に参加してね、と言われて実際、迎えに来てくれるというので話に乗った。まぁ、思うように動けなかったから、憂さ晴らしの意味もあったんだけど。


 現れたのは参加者ピックアップ中という奥様の方の三枝さんで、そのまま会場に行くという。

「まぁ、会場と言ったって、湾岸なんだけどね」

 マイクロバスを華麗に操るハンドルさばきはほれぼれしちゃうくらい「漢」である。けれど、外は小雨であるが。

「隣のピクニックランドにバーベキュー場があってね、レストランに隣接しているんだけど、屋根付きなのよ。まぁ、海水浴場でもあるんだけど」

 確かに、防寒はしっかりね、と念を押されている。シーズンオフということもあって貸し切りよ、とも。

「あんまり冷えるようならレストランに入って良いから」

 顔見知りのメカニックマンがそう言ってくれた。


 後ろには、見慣れない人たちが乗っている。

「参加される皆さん、会社の人ですか?」

「そうじゃないわよ。気心知れたメンバーって感じかな。寮にいる子たちが何人かと、あと公平さん一家と、ええっと、貴方の会社の倉本さん、だっけ? あと井上さんと野田さん、かしら?」

「あとは俺たちの走り仲間とか、単純に同級生とか、飲み友達とか。気をつけなきゃいけないのは、飲み過ぎると寮に突っ込まれるからな」

「そうそう、毎回寮の部屋で雑魚寝の人が出て、翌朝二日酔いと筋肉痛でぶうぶう言ってるのよ。あ、女子部屋と男子部屋と別れるから安心してね。もちろん、送迎係はノンアルコールだからお酒は勧めないように」

「あ、だから白いシャツとか白いツナギを着ると酒が飲めないよっていう注意書きがあったんだ」

「そう」


 不思議なことに、ドレスコードがあったのだ。アルコールを飲まないなら白いシャツか白いツナギを着ること、というドレスコードだった。実際、三枝さんは白いシャツを着ている。


 会場には、40人くらいの人がいて、男性が少し多いくらい。3分の1の人は白シャツや白いツナギの人だから、ノンアルコール組だ。

 もう始まっていて、皆さんに温かく歓迎された。


 バーベキュー会場のテラスでは、にぎやかに食事が始まっている。家族で来ている人もいて、子供たちもきゃぁきゃぁ言いながら遊んでいる。

 野田さんは家族連れで、井上さんは一人で参加していた。倉本さんが私と一緒にあれこれ世話してくれて、寮の人が世話してくれて。

 でも30分と経たないうちにすっかり仲良くなっていた。

 車関係の人もいれば、全然関係のない美容関係の人もいたし、医者もいた。

 意気投合して連絡先を交換した人もいる。本当に不思議な集まりだった。


 ちょっとだけ足の痛みを感じて、とりあえずトイレに行くと言ってクラブハウスに入った。

 暖かい場所にほっとして、やっと自分の体が冷えていたことに気が付いた。だめだなぁ、楽しすぎるのは困りものだ。

 バーベキューだからそんなに大したものは出ないだろうと思っていたら、牛肉と豚肉と焼き鳥と野菜の串焼きがいっぱい。それから鍋一杯の豚汁。おにぎりは焼きおにぎりにするとおいしいとか誰かが言い始めて「炭」にしちゃったつわものもいた。

 失敗も楽しくて、ワハワハわらいながら飲み食いしている。


 楽しすぎて限界超えちゃったかなぁ、足が痛いや。トイレを出てから、余計に足が重くなっている。ちょっと座ってマッサージしたいなぁ。座る場所ないかな?みんなの所に戻らないと無理かな。


 と思っていたら、目の前に可愛らしい男の子が現れた。白いポロシャツに、ジーンズの幼稚園くらいのお子さん。

「お姉さん、具合悪いの?」

「んー、足が痛いんだけど、どこかに椅子がないかな?」

 そう尋ねてみると、その子は後ろを振り向く。

「きくこさーん」

「はいはい、待ってよ。ゆう君は足が速いわねぇ」

 と現れたのはその子の母親というにはずいぶん年上の女性で、けれどおばぁちゃんというには若すぎる。

「お姉さんが足が痛いんだって。お椅子ないのか、って」

「あの、ただ冷えただけですからちょっとあっためてマッサージすれば」

「ああ、貴方が寺岡さんね。ゆう君、向こうにいる大人の人に、車いす頂戴って言ってきてくれる?」

「いや、そんな、歩けますから」

 止める前にその男の子は飛び出して行っていた。


 その男の子は誰かの手を引っ張って連れてきていた。コックコート姿だからここのスタッフさんかもしれない。

「菊子さん?誰か具合悪いんですか?」

 聞き覚えのある声にぎょっとした。

 小林室長が、そこにいた。「コックコート」がサマになっている男前である。いや、女性だけど。


「足が冷えたの?」

「はい、ちょっとあっためてマッサージすれば大丈夫です」

 ちょっとひきつったような痛みが出ているけれど、歩くには支障はない。

「無茶すると長引くよ。痛みが出るしね」

 そういうと、ひょいっと、視点が上がった。

「えっ」

「暴れると落っこちる」

 本当に、お姫様抱っこされた。しかも、安定感抜群というわけのわからなさ。

「わぁ、かえちゃん素敵」

「寺岡は細っこいですからね」


 うわぁぁぁぁぁぁ、やられる方は、恥ずかしい。限りなく。


 連れて行かれたのはレストランの中の、ちびっこ広場のクッションフロアだった。土足厳禁で転んでも大丈夫な乳幼児用のキッズスペースで、子供たちが遊んでいる。


 そこにお姫様抱っこされて連れて行かれると、「大いなる誤解のもと」だと思うが、そこにいた人たちはきゃぁきゃぁ言うだけだ。

「はい、毛布」

「ありがとう、菊子さん」

「良いのよ、目の保養。久しぶりに見ちゃったわ」

「久しぶりって…室長?」

「会社じゃないから役職で呼ぶな」

「楓、何やってるの? 厨房手伝って、って公平兄さんが」

 出てきたのはコックコート姿の藤堂さんで。

 見惚れるくらいのコンビである。

「大丈夫か?」

「冷えただけです。ちょっと動きが悪くなって」

「少しここで休むと良いよ。菊子さん、頼める?」

「はい、良いわよ」

「彼女は菊子さん、元はレーシングチームのスタッフだった人で、私の育ての親」

「いや、それは言い過ぎだわ」

「そうかな? あのリハビリ地獄を耐えられたのは菊子さんのおかげだけど」

 そう言って藤堂さんと一緒に厨房に消えて行った。


「貴女の足のことは相談を受けてたの。だから心配しないでね。本職は理学療法士。レーシングスタッフとして参加していた時はまだ勉強中の身だったの。アルバイトでスタッフをやっていたから。ずいぶん昔の話だけどね」

 そう言って菊子さんは私の足にけががないかを確認して、ゆっくりマッサージを始めた。

「冷えちゃったのね、しかも立ちっぱなしで」

「すみません、本当に」

「良いんだ、菊子はお人よしだからな」


 そう言って割り込んできたのは、片腕の男の人だった。

「あ、豊川専務さん、ですよね、町田レーシングの」

「あー、君とは初対面、だと思うんだけど」

「いえ、あの、サーキットでお見かけしたので。小林さんを抱きしめて離さなくて、三枝さんに引きはがされてた方、ですよね。あの変な勝負の時に」

 それで豊川専務が唸った。

「あー、あれ、舞い上がっちゃってさ。内緒ね、内緒。もう広めてほしくない」

「あなた、楓ちゃんに抱き着いちゃったの? もう、人妻さんなんですからね、そんなことしちゃいけないのに」

「藤堂さんも小林さんも笑っていましたけど?」

「ああ、あの事故以来、かな。俺も楓もかたくなになって、口をきかなかった時期があって。そこからずっと連絡を取っていない。間に立った菊子は大変だったみたいだけどね」

「そうね、お互いに心配して心配してオロオロしてるのに、直接話さないからじれったいったらなかったわ」


「コーヒーよりホットココアの方が良いか」

「そうね」

 豊川専務はニッと笑ってその場を離れて行った。

「ごめんなさいね、面倒な人だから」

「いえいえ。でも、ちょっとびっくりです。向こうのBBQ場にはそんなに人がいなかったのに、こっちはけっこうたくさんいて」

「家族連れが多いから。それに、公平君のお菓子が食べられるから奥様方や子供たちには大人気よ」

「え?」

「知らなかった? 公平君、椿グループと提携しているパティシエの一人なのよ。レーシング場の支配人やってるのは趣味なんだって。本職はパティシエっていうけど、ココの食堂で中華鍋振ってる姿が一番板についているって仲間内では言われているの。おかしいでしょ」

 菊子さんはそう言ってくすくす笑っている。


 菊子さんのマッサージを受けて、豊川専務が持ってきてくれたココアを一口飲んだところで血相を変えた倉本さんが飛び込んできた。

「いた! 帰ってこないから何かあったんじゃないかと」

「何かあったわよ、倉本君。冷えちゃって両足カチコチ」

「うわぁ、気が付かなかった。ごめんね、大丈夫?」

 いや、倉本さんが謝ることじゃないですけど。

「いえ、倉本さんが悪いわけじゃないので」

「今日は一人で帰しちゃだめよ。彼女は頑張る子だから気を付けてあげないと」

「了解です」

「おにいちゃん!」

「おう、ゆう君」

「いいちゃん知らない? どこか行っちゃった」

「外にいたよ」

「アイちゃんが帰るっていうから、挨拶してくる」

「おう、テラスの方だよ」

「行ってくる」

 ゆう君が元気に行き、後で見守っていた若い女性がこちらに頭を下げた。

 倉本さんはやはり頭を下げた。

「彼女、井上本部長の娘さん」

「はい? 」

「あー、愛子さんていうんだ。まぁ、いろいろ複雑なんだけど、愛子さんが娘さんで、ゆう君がお孫さん、で大丈夫」

「知らなかった」

「デロデロのあまあまのお祖父ちゃんだよ」

 倉本さんがそう言って笑う。

「ん? 似てない。ふたりともすっごくカワイイ」

 私の視点は本部長と愛子さんが全く似ていないってことで。

 これには菊子さんが笑った。


「あああ、本部長には内緒にしてください。デロデロだったら視線だけで殺されます。あの人ならやりかねない」

「大丈夫でしょう? 楓ちゃんのマジギレ5秒前でもついていけたって聞いているけど? そうよね、倉本君」

「そうですね、彼女は大丈夫でした。それからすると本部長のなんてカルイから」

「マギジレ、って、小林さん、理不尽に怒らないのにそういういい方は…」

「本部長のマジギレは声がでかくて迫力がある方なんだよね。正直、びっくりしちゃっているうちに終わっちゃうからダメージは少ないけど、小林さんのマジギレはいつから始まっていつに終わるのかわからないからコワイ。しかも声を荒げることないし、静かに静かにキレて段階の度合いがわかりにくい」

「なるほど、そういうことなのか。楓ちゃんに教えてあげよう」

「やめてください、菊子さん。俺殺されます」

 菊子さんはけらけら笑っていたけれど、そもそも、菊子さんて、誰?

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