第20話 それでもさらりと受け答え
救護活動を助けると申し出てくれたのはお客様だった。
「助かります。一人、意識がなくて多分解放骨折のものが一人、もう一人は意識はありますが足の感覚がないと仰っている方がいます。あ、あと一人は非常に痛がっていて。頭を打っているお客様が他に二人います。アドバイスいただけたらありがたいです」
そこへ、救急車が飛び込んでくる。一台だけではない。まだサイレンが聞こえてくるから何台もだ。
竹内店長が誘導のために動き出し、看護師さんは救急箱を使って応急処置を始めた。
「店長、今日は閉店ということで断って良いんですか?」
スタッフの大声に、竹内さんは言いよどむ。
「大変申し訳ないですが、断ってください。ケガをされたお客様を優先したいので、新規入店はお断りを。目撃者以外のお客様に関しては退店誘導をお願いします」
竹内さんの代わりに私が答える。役職は竹内さんの方が上だが、本部長の指示は閉店だ。
その竹内さんは救護活動の指揮を執り、社員にもお客様にも声をかけて安心させる方向に気を配っている。
社員やスタッフも動揺する中、店の営業は続けられない。第一、車は人を跳ね飛ばした後、店舗に突き刺さっているのだ。まずはこれをどうする、問題だ。
「大丈夫、ウチのお客様は皆良い人たちばかりです。事情を話せばきちんと理解してくださいます。落ちついて対処してください。もちろん、明日の開店目指して復旧するように本部と掛け合います。わかり次第お客様に周知する方向で対処しますから、まずスタッフは落ち着いて、今困っていらっしゃるお客様を優先してください」
「はいっ」
それから、笑顔だ。笑え、私。
すぐに病院搬送が必要な熱田さんとお客様は最優先で救急車に乗せられ、現場に残った救命救急士とお手伝いの看護師さんが救急車に乗る順番を決めていく。
「えっと、こちらに来てください」
看護師さんに案内されて、シートに座るように言われた。
「はい?」
「応急処置しておきましょう。それに、足を引きずっていますよ」
「いえ、これは事故の後遺症で…」
「両足ですか?」
すっと足を撫でられたら痛みが走った。右足首も、左足首も。
それから、いまさらながらロングスカートの裾から真ん中あたりまで派手に破けていて、左足の傷もあらわになっていたし、そして右足にはだらりと出血の跡がある。
「貴方も被害者ですよ」
そう諭されて、やっと自分のケガに気が付いた。
そうしたら、その後がひどかった。痛い。
お客様を最優先に搬送してもらうように伝えていると、竹内さんが新品のタオルケットを私に渡してくれた。
多分、店の商品だ。
「え、ちょっと、汚れちゃう」
「スカートの中が見えるよりは良いだろ。手当だってしにくい」
「あ」
「小林さんがすぐに戻って来るそうだ。店舗の損害に関しては岩根さんが今夜中にもこっちに来てくれることになったし、本社の営繕課のメンバー集められているそうだ。寺岡さんは事故の経験があるからフラッシュバックを起こしていないか、よく注意してくれって、俺のところに連絡があったよ。けがをしていることも報告した。あとは引き継ぐから、病院に行けという指示が出たよ。大丈夫?」
「大丈夫です」
タオルケットで見えないように防衛すると、看護師さんがくすりと笑った。
「動じてないのか、自覚がないのか、さらりと受け答えしちゃうのね。真っ青な顔して。びっくりしたわ。気分は悪くないですか?」
「今のところは」
だんだん、落ち着いてきたというか何というか。少しだけ、体が震えている。
「会社の方は心配しなくて良いから。九条さんはとりあえず、お客様が収容された病院に向かったそうだ。病院で会うかもね」
竹内さんにそう言われて、ああ、そうなのか、と思った。今更ながら、震えが止まらない。
結局、病院に運ばれた私は入院することになった。
PTSDなのか、フラッシュバックを起こしたせいなのか、病院に運ばれた直後から38度近くの発熱が続いた。右足の傷は5針ほど縫うケガで済んだけれど、そこから感染症を起こしたのかもしれないと病院側は警戒もしていた。
その夜、遅くに小林さんと叔父さんが一緒に病院に現れた。大丈夫だから、と言った記憶はある。それよりも熱田部長が心配だし、頭を打ったお客様も心配だった。
けれど、小林さんはそんなこと心配しなくて良い、そっちは九条さんの仕事だよ、と言って水を飲ませてくれた。
冷えた水が、喉に沁みた。
朝になったら、身体がバキバキに痛くて、痛みで目覚めた。喉が痛くて痛くて、これは風邪じゃないかと直感した。呼吸が苦しい。頭痛が痛い。
叔父さんがおろおろしながらナースコールをしてくれて、処置を受けて、検査のために病室を離れた。
戻ってきたら何故か叔母さんと一緒に小林さんもいて。何故か野田さんもいた。
「一応、車の中のスーツケースを持ってきた。あと、必要そうなものはピックアップして紙袋に突っ込んである。入院の手続き関係は叔父様の手を借りていろいろやっておいたから、何も心配することはない。費用的なものは加害者と会社が全負担するから、しっかり治しなさい」
「小林さん」
「んー?」
言いたいことが、詰まった。熱田部長や、お客様は?店はどうなったの?
分かっていたように、小林さんは私の頭を撫でた。
「よくやった。それでこそ、私の部下だ。帰ってきたら覚悟しなさいよ」
小林さんは笑っている。何の事?
「良くも悪くも、ウチの会社は実力主義だよ。あの現場を竹内君とさばいたんだからね、本部長賞は間違いない。それに、頭を打ったお客様の初期判断が本当に良かった。脳内出血起こしていて一歩間違えれば危なかったって。こっちは間違いなく社長賞くらいは覚悟してもらわないと」
野田さんがそう言った。え?
「当たり前じゃない、店に立てないポンコツなんて絶対に言わせないんだから。貴方は私の片腕になるんだからね」
店に立てないポンコツ。
私を揶揄するやっかみの言葉。知っていたんだ、小林さん。
その私が、小林さんの片腕?
「店に立てなくても、その頭脳とシャベリで売り上げに貢献すればよいだけの話。まぁ、まずその風邪から治そうか。おしゃべりできないと辛いよね」
涙でにじんで、小林さんの姿が消えた。
「あー、おまえ泣かすなよ、ウチのアイドルを」
「何で勝手に総務のアイドルにしてるのよ。ウチのアイドルなんだから横取り禁止」
「知らないだろう、狙っている奴多いぞ」
「ウチの課員もいろいろアタックしてるよ。ぜーんぜん気が付いていないけどね」
「え?」
ぽんぽん、とハンカチの感触。目をあけると叔母さんが笑っていた。
「本部に行ったっていうから、ずいぶん心配したんだけど皆様にかわいがってもらってて安心したわ」
「わたし…」
「とりあえず、井上が心配だから今日の午後にでも顔見に来るって言ってたわよ。常務と社長も来たいって言ったんだけど、ウチのアイドルがおびえるから来るなって、井上がけん制していた。止めても聞かない衣笠部長は今こっちに向かってる。多分、土下座する勢いで謝って来るからびっくりしないでね」
光景が目に浮かぶ。常務と井上本部長ならまるで親子喧嘩だ。
でも衣笠部長が土下座って・・・。
「良いも悪いも、あの人は嫁入り前の君の体が傷ついたことを気にする古い人なんだ。ちょっと考え方が古い人だけど、だからといって女性蔑視じゃないよ。そういうふうに取られがちな保守的なところはあるけど」
革新的な北河常務と保守的な衣笠部長は社内でも有名なくらい犬猿の仲だ。北河常務とツーカーの仲と言われるの井上本部長とか、九条部長とか、もちろん小林さんはことあるごとにいろいろ言われてはいる。
けれど、衣笠部長が言うことは当たり前のことで筋が通っているから知らない人たちが噂するような、本当の犬猿の仲とは言い難い。部屋に来て時々藤堂さんが入れるコーヒーを飲んで堂々と仕事をさぼっている姿にはびっくりしたし。
「だから、胸張って帰っておいで」
小林さんの言葉に、意識をこちらに引き戻されて。
また、涙が落ちてしまった。
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