第伍拾話 斬り結べ

 拙者おれが体に纏う炎を燃え上がらせたと同時、今まで以上の猛撃が襲いかかってきた。


 だが見える。


 分裂しているのかとさえ思う程の連続突きも。

 嵐のような横薙ぎの乱舞も。

 飛躍的に向上した身体能力であれば追いつける。

 それでも尚避けきれないものは《切替》えて避けた。

 泥繰でくの槍は拙者おれに触れる事さえ叶わない。

 今の拙者おれならばこの槍の動きを捉え、打ち合う事さえ出来る――!


 突き出された槍の上へ、刀を滑らせるように走らせた。

 火花を散らしきっさきが泥繰へ迫るも、それをすんでのところでかわされる。


「――ッ!」


 拙者おれと泥繰、二人が同時に唸りをあげる。

 俺が《切替》えて再び刀を構えるのと、泥繰が槍を振り下ろすのは僅かな時間差もなかった。

 泥繰の振り下ろしは斬り裂く為でなく柄で打ち据える為のもの。刀で受け止めれば動きを止められる。そう判断し《切替》で体の位置を僅かにずらした。


 拳一つ分もない僅かな距離を槍が通り過ぎる。その槍を足蹴あしげにして泥繰へ突きを見舞った。躱すには槍を手放すしかあるまい。

 だが泥繰は槍を手放さなかった。その突きを己の角で受け止めたのだ。

 火花が散り、破砕音が響く。


 砕けたのは拙者おれの刀の方だった。


 御霊鋼みたまはがねの刃が無数の破片に砕け宙を舞う。

 人を喰っていたからか、それとも持ち前の頑強さか。泥繰の体表は他の鬼とは違い生半可な切れ味の刃では歯が立たないようだ。

 いや、それだけではないか。どうやら拙者おれの、人鬼の膂力りょりょくに刀がもたなかったらしい。

 もっと強力な武器が必要だ。この身体で存分に振るえ、奴を斬り裂けるほどの武器が。


 ――ある。あるじゃないか。すぐ傍に。


 折れず曲がらず朽ちる事のない、大地に突き立てられた一振の大太刀。

 えにしを結び、断ち切るとされる結女ゆいめの太刀。

 今の拙者おれが振るえる武器があるとしたら、あれしかない。


 だがそれを取りに向かう隙がない。

 避ける事は出来ても距離を離す事をこの鬼は許さない。

 己の最適な距離を維持しながらこちらの動きに的確に追随ついずいしてくる。

 繭里まゆり恋路れんじ達は最早もはや身動きする事もままならず、さらには今のこの泥繰の様子は、まさしく鬼気ききせまるもの。迂闊うかつ槍撃そうげきの圏内に入ればただでは済むまい。


 何とかこの場を切り抜ける方法が、何かないのか。

 そう思った時だった。


「クオン!」


 予想外の人物、吾郷あずまが動いた。

 今の拙者おれの考えを察してのものではなく、咄嗟とっさの行動だったのだろう。

 吾郷が叫び放った苦無くない。御霊鋼から作られた物とはいえ、人の力で投げたものなど通じはしない。


 そう思ったのだろう、泥繰は。


 虫螻むしけらの足掻きと嘲笑あざわらい、無造作に槍で叩き落とそうとした。


「呵呵、が!?」


 槍と苦無が触れた瞬間、泥繰の体が跳ねた。二つの赤い刃が触れ合わんとした刹那、微かな発光が見えた。

 苦無を《電導》で帯電させていたのか。

 それは致命打にはならずとも、隙を作るには十分だった。

 《燃焼》による炎のような光が全身に迸る。それで得た力で以て天高く跳躍し、奥の間へと転がり込んだ。


 既に奥の間も半壊しているにも関わらず、穴の底にある結女の太刀は傷一つない。

 その柄に手を掛ける。

 《接続》で人鬼一体となった今の身体には丁度いい大きさだった。

 まるでこの身体の為にあつらえたかの如く。

 今こそ、この瞬間こそ、抜けなければいったいいつ引き抜くというのか。


「抜けろおおおお!」


 今度こそ抜けろと祈りを込めて叫び、力の限り太刀を引き抜かんとした。


『いきましょう、■■様』


 その瞬間見た光景は、太刀ではなく誰かの手を引く拙者おれと、懐かしい声だった。

 それが何かは分からなかった。だが気が付けば太刀は驚くほどあっさりと抜け、拙者おれの手に収まっていた。

 不思議な程に手に馴染む。まるで体の一部のようにさえ思える。


「ああ、くぞ空蝉うつせみ


 自然とその名が口をついて出た。

 結女の太刀、空蝉を背負うように構えると粉塵ふんじんを巻き上げ疾駆しっくした。

 拙者おれを迎え撃たんと放たれた槍のきっさきを、空中で独楽こまのように回り躱す。

 着地の瞬間、その隙を《切替》で潰し空蝉を振るった。

 泥繰が反応するより早く快音が響く。

 銀光を宿した下段からの斬り上げで、朱槍は泥繰の右腕諸共もろとも真っ二つになった。


 役立たずとなった槍を即座に捨て、残る左腕の爪を振るわんとする泥繰。

 勝機を逃すまいと《切替》え振るった太刀の鋒が、泥繰の首を捉えた。


 泥繰の爪が拙者おれの胸に突き刺さるのと、空蝉の刃が泥繰の首に食い込むのは同時だった。


「斬り結べ、空蝉!」


 泥繰の首に、銀光が横一文字に走った。


「呵、見事!」


 天高く、泥繰の首が飛んだ。

 最期の言葉は狂気か、それとも歓喜か。頭を失った体は一歩二歩歩むと地に伏せた。

 遅れて落ちた首は末期まつごの笑みを浮かべたまま、動く様子はない。

 周辺の泥人形はその形を失い、元の泥へと戻っていく。

 勝ったのだ。拙者おれは戦鬼との戦いに、遂に勝利した。


「……仇はとったぞ、明華あすか


 これで神社へと襲撃してきた鬼は全て倒しきった。

 後はあの穴を閉じるだけだ。


 早く閉じなくては穴の向こうから鬼共がやってくる。

 現に、穴の向こうから泥繰以上のおぞましい気配をいくつも感じ取れる。

 奴等は泥繰に加勢もせず、ずっと俺達の戦いを見ていた。

 まるで値踏みでもするように。


 先程泥繰の槍や首を斬った時、確かにこの太刀から異能の発動を感じた。詳細は不明だがこれには何らかの、断ち斬る異能が宿っている。

 そしてこの太刀を振るえるのは、人鬼たる拙者おれしかいない。

 ならば、やる事は一つだ。


「ソラ」


 ソラの傍へと歩み寄り、拙者おれを見上げるソラの頬にそっと触れた。

 今の拙者おれの力では容易く壊してしまいそうな、儚い少女。 

 守るのだ。何をしてでも。


「クオン?」


「ソラ、拙者おれは、行くよ」


 迷いがない訳ではない。だが成し遂げなくては。

 そうしなくては、全てが蹂躙され喰らい尽くされてしまうのだから。

 天上の穴を、そしてその向こう側に居る者共を、睨みつける。


「クオン」


 呼び止めるような声音のソラの声を背に、《燃焼》を発動した。

 再び体から炎が吹きあがり、両足に何倍もの力を蓄えられる。

 そして一歩、二歩と大地を踏み砕く程強く踏み締め、天高く跳躍ちょうやくした。


 天上の穴目掛けて上昇していく。まるであの穴へと落下していくような錯覚を覚える。

 いや、穴に近づくにつれまるで引っ張りこまれるような力を感じる。

 地面が逆転しているような、不思議な感覚。

 見上げた空へと落ちていく。


「オオオォ――ッ!」


 穴の向こうからやって来ようとする何者かを押し返す。

 抵抗するように無数の腕が掴みかかり、刃が舞い、俺の体を切り裂く。

 だがそれで怯む事はない。怯む訳にはいかない。

 体を掴む腕を振り払い、空蝉を一閃。銀光が拙者おれの周りに円を描いた。

 異能が発動するまでの刹那せつな拙者おれを見上げるソラと目が合った。


「ソラ、拙者おれは、拙者おれが必ず――!」


 全てを言い切る前に、異界への道は閉じた。





 

「クオン」


 異能の反動で痛む体をなんとか立たせ、ソラはその名を呼ぶ。

 穴は閉じ、降っていた赤い彼方花おちばなの花弁も止み、空は元通りの姿を取り戻していた。

 まるで最初から無かったかのように、空には大穴が空いていたその痕跡こんえきすら残っていない。

 その奥に垣間見えた悪しき鬼共の姿も、そして彼の姿も。


「クオン――?」


 何度呼びかけても、空の上にはそれに答える者の姿はなかった。

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