第肆拾玖話 人鬼
光が俺とガランを包み込んだ。
己の身体を構成する部品が細かく、小さく分解されていく。伸ばした腕は光そのもので出来ているような錯覚を覚える。
走馬灯のように様々な光景が目の前に飛び込んでくる。これは俺の記憶か、それともガランのものか。
「クオン殿」
光の中、俺を呼ぶ声がする。
「ガランか」
そう返事をすると、俺の目の前の視界が開けた。
赤黒い、紅蓮を思わせる空と、その空の下に
その上に座り込む、一人の鎧武者の姿も。
顔は分からない、いや判別出来ない。
それは確かに人の形をしていて武者鎧を着込んではいるが、その容姿は絶えず変化し、人の形をした別の何者かという風にしか見えない。
「クオン殿」
再び俺を呼ぶ声。目の前の鎧武者からだ。
これは、ガランなのか。
だがそれなら。その鎧武者が座っていた大岩の如きそれを見る。
それなら、あの鎖で縛り上げられ獣の如き唸り声をあげるガランは何だ。
「クオン殿、征こう」
「……ああ」
その声に応じて、ガランらしき人物へ手を伸ばす。
伸ばした俺の手は二重にぶれて見えた。
ガランの手と、俺の二重にぶれた手が重なる。混ざり合い己の境界線が
世界そのものに溶けてしまったかのように
神経が、骨格が、筋肉が皮が外骨格が。初めからその形であったかのように結びつき、重なり、組み上げられていく。
重ねた手は、いつの間にか一つになっていた。
伸ばした手を強く握り締める。
その時には、全てが完成していた。
目を開く。
見えた世界は、全てが一変して見えた。
世界は、こんなにも鮮やかな色をしていたのか。
生まれて初めて、本当の世界を感じている。そんな気がする。
全身に力が漲る。見える世界さえも変わって見える程の、これまで感じた事のない全能感。
「クオン」
傍に佇むソラを見る。暗い闇夜であってもその姿ははっきりと見えた。
白く、美しく、儚い。守り、救いたいと願った少女。
その少女の瞳の中に、今の己の姿を見た。
炎のような光を獅子の
金属質ながらもより人間に近しくなった顔立ち。
外骨格はより人体に近しい形となり、鎧武者というよりは全身が金属と化した武人といった風な肉体。
これが、人鬼。人と鬼、二つが一つとなった姿。
「姿が変わった……? いや、今我が前に立つはどちらなのだ。御剣の末裔のクオンなる
「
そう答えた
その泥人形共を鋼鉄の拳で打ち砕いた。いや、殴るというよりも拳が纏う風圧で圧壊させたといった方がいい。
粉々に砕けた人形が泥へと還るのを尻目に、歩を進める。
「ソラ、
「……うん」
泥人形共の群れが左右に割れ、泥繰が前へと出る。
俺を値踏みするように
「成る程、それで人鬼だと名乗るつもりか。だがその程度の――」
その言葉が終わるよりも先に、甲高い金属音と火花が散った。
弾いていた。
眼前に迫るそれが何かを意識するよりも早く、
反応すら出来なかった泥繰の
戦える。今の
泥繰の顔から、遂に笑みが消えた。
「……!? お、抑え込め!」
驚愕と焦りの滲む泥繰の声。命令に従い鬼共が俺を取り囲み、刀を振り上げ襲い来る。
数は四体、四方から襲い掛かり確実に仕留めるつもりなのだろう。
だが遅い。
四つの刃が示し合わせたように同時に振り下ろされ、激突して火花が散った。
奴等が刃を振り下ろした先、そこに
傍で見ていた者には
この時点で既に普段の限界は超えている。だがまだ戦える。なんの不具合もない。それなら、
まず振り返りざまに左手で苦無を投げ放ち、奥の鬼の眉間を穿つ。苦無は勢いのあまり外骨格さえ貫いていた。
まず一体目。
続いて眼前の鬼を右腕で殴り砕いた。衝撃で頭部を失った巨躯が宙を舞う。
二体目。
それが落ちきる前にその鬼の腰から刀を奪うと、《
左右にいた二匹の鬼の胴を、
これで四体。
一体目の骸が膝を地につけるより先に、残る三体も骸と化した。
ほんの数秒にも満たない間の出来事。
これが人鬼。人と鬼の力を持つ者。最強の異能と
「ええい、他の変種共など構わん! 奴を討ち取れぃ!」
泥繰の命令を受け、御館様達に襲いかかっていた鬼共も全てが
一体一体を斬り伏せても次々に伸し掛ってくる。さらには十体目を斬ったところで、刀が折れた。
無理もない。血と油と泥に塗れ、しかも弱っているとはいえ鬼の外骨格を何度も斬ったのだ。
こいつら、その数と重量で
途端に泥の山の下敷きにされてしまう。身動きがとれないまま無数の腕が、牙が、
「だが、この程度が、なんだと、言うんだ!」
体が発火した。ガランが、いや
体の奥底から煮え滾るほどの熱が宿り、全身の筋肉が膨れ上がる。
そして咆哮と共に伸し掛る泥人形共を押し除けた。
いやそんな生易しい表現ではない。
その強化された
「……圧倒的だな」
泥人形共の残骸が雨のように降り注ぐ中、御館様がぽつりと呟いた。
その声音には驚きと若干の畏怖が混じっていた。これほどの力、御八家の実力者である彼らでさえも太刀打ち出来まい。
恋路や繭里も、呆然とした様子で俺を見ていた。
「借りるぞ、恋路」
残っているのは驚愕に顔を歪める泥繰だけだ。
「――呵、呵、成る程どうやら貴様の実力は本物のようだ。かつての咒童様にも引けを取らぬやも知れぬ。ならば……
「名は無い」
「名無しか、よかろう! ならば墓標に名を刻む手間が省けるというもの!」
「来い、泥繰!」
「名も無き人鬼よ、御相手
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