幕間肆 硝子玉の奥で
女は退屈していた。
退屈なのはいつもの事ではあるのだが、今日は一段と増して退屈だ。
はぁ、と溜息を吐く。
ほかならぬあの男の要望だ。無下にも出来まい。
硬く冷たいそこへ横たわる。想像していた以上に居心地が悪い。
提案したのは自分だが、早くも出て行きたくなってしまった。
早く出れないものか。
あの少年が来てから一週間と経たない間に、この村の状況は大きく変化した。
彼が描いていた計画からは大きく逸れ、不測の事態に陥っている。
彼は平然とした顔で皆を騙しているが、一番焦っているのは自分だろうに。
上に立つ者というのは大変だなと他人事のように思う。
彼の誤算は三つあった。
一つ目の誤算は御神木に封じられていた筈
いざ封印を解いてみれば出てきたのは悪鬼とでも言うべき存在で、とても人に与する者には見えなかった。
それを
二つ目の誤算はあの少年が村へと入って来た事。
入れた理由は推測出来る。それはいい。
問題はその少年が本家からの刺客だと思い込み、必要以上に動きを押さえ込んでしまった事だ。
結局彼は本家の刺客でもなんでもない、ただの“馬鹿者”だった訳だが。
あの異能を持っているのだから、警戒するのも仕方のない事か。
三つ目の誤算は鬼共の封印された位置と数だ。
本家が封印の位置を記録して残していた地図は、偽物だった。
人鬼解放の折、他の鬼の封印が解ける事は事前に分かっていた。
だからその尽くを、一匹ずつ、丁寧に時間をかけて潰して回っていたのだ。
地図が正確ではないと気付いてはいたようだが、その対処に手間取り千鎖の娘を失ってしまった。
なんて事のない顔をしているが、あれは内心悔やんでいそうだ。
自分も彼も、悩みを吐露する性格ではないからそれが分かる。
一番の誤算は、自分のような女に肩入れした事か。
あの少年と彼は似ている。
少年は全てを失い、少女の為に戦う事を決意した。
彼はその逆だ。私の為に全てを捨てるなど、酔狂にも程がある。
悪い気分はしないが、本当に、酔狂者だ。
あの少年を馬鹿者馬鹿者と呼んでいたが、あれはきっと同族嫌悪に違いない。
暇潰しに巾着袋に入れていた硝子玉を掲げる。
赤、青、黄、緑……いくつもの色の硝子玉。光を反射して眩く輝く。
模様の有るもの無いもの、輝き方は違えどどれも変わらない、同じものだ。
見えるのは模様だけではない。
人。
鬼。
それに学校。
硝子玉の奥で微かに動くそれらを眺め、暇を潰す。
きっと自分も、今はこんな風に見えているのだろうか。
そう思いながら、煌く硝子の中、そこから出る時を待つのだった。
嗚呼、それにしても退屈だ――。
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