第肆拾弐話 蛇の企み

 御館様おやかたさまと一通りの話を終えたところで、入れ替わるようにして純士じゅんしがやってきた。


「クオン君、申し訳ありません。私が不在の間に」


 姿を見ないと思っていたが、やはり家を空けていたのか。


「……別に、純士さんを責めはしませんよ。襲撃の時、神社にはいなかったんですから。それにいたとしても、戦いに巻き込まれてしまっていたかもしれません」


「えぇ、何の力も無い私では、足手纏いでしょうからね。ひとまず、御館様達と共に砦の準備を進めようかと思います」


「お願いします。俺はソラを迎えに行きますので。蛇乃目じゃのめ、ついてきてくれ」


「うん、うち? ええんかうちで」


「お前でいいんだ、来い」


 こちらの意図を察してか言う通りについてくる蛇乃目。

 聞いた話によるとソラは今学校で守人達に守られているらしい。


 不可解な話だ。何故鬼共はソラを襲わず、ガランを連れ去ったのか。

 鬼共の一番の脅威は封印を担う櫃木ひつぎ家の人間の筈だ。それを狙わないにしても、御館様が言うとおり、二番目の驚異である《遮断》の簾縣すがたを探す為、その居場所を知る御館様を狙う筈。

 それをしないのは何故なのか。


 襲撃のあった頃、丁度ガランの元には繭里まゆりと蛇乃目の二人とその守人が近づきつつあり、どう考えても不利な状況だった。

 《制御》があるとはいえ、御八家の異能使い二人を相手して勝てる算段があったというのか。

 ただ状況を知らず鉢合わせしただけかとも考えたが、俺や恋路が離れた後を見計らってやってきたところを見るに、そこまで無用心とも考えにくい。


 もう一つ、気になっている事がある。

 果たしてソラは封印を行えるのか。

 封印には櫃木の異能である《内包》を用いるのだと思っていた。

 だがソラに宿る異能は《内包》ではなく《接続》という性質の異なるものだ。

 もしや、鬼はソラが封印に必要な《内包》を宿していないと知っていて、それで襲わなかったのか。


 それとも、奴等は何かを待っているのか。


「それで何なん。もうここらへんやったら誰も聞かれへんで。何かうちと話したい事あるんちゃうんか。その為にうち名指しで付いてこさせたんやろ」


 確かに、神社からは十分に離れた。此処ここなら大丈夫だろう。


「聞きたい事は三つだ。蛇乃目、お前は、いやお前達は何を企んでいる」


「はぁ、別にうちは何も企んでないで。企ててる人の手伝いしとるだけやで。うちが何かしてたとしても、それはその人らの企みであってうちの企みやあらへん。せやから責任とれとかやめろ言われても困るわ。止めたかったらその人止めるんやな。それに」


 数歩、俺よりも前へと歩み出ると蛇乃目は心底笑いを堪えた表情を浮かべる。


「あんたにはうちを止める事は出来へん」


「……そうだな、俺はお前に敵わない。それを踏まえたうえで疑問がある。お前ならさっきの鬼を倒せた筈だ。繭里を押さえ込むなんて事は、お前にとっては赤子の手を捻るようなものだ。手間取る事じゃない。それなら、お前は鬼をわざと逃がしたという事だ」


 笑みを浮かべたままの蛇乃目の横を通り過ぎ、今まで考えていたある可能性を口にする。


「二つ目、俺がこの村に来た日、ガランと相対していた鬼面の奴はお前だな」


 蛇乃目の家の前を通りかかった際、偶然目にしたそれ。

 無数の面と共に飾られていたそれは、見間違えよう筈もない。


「お前、別荘の玄関にこれ見よがしに飾っていただろう、その時の鬼の面を」


「――ああ、気づいとったん。せやで、あれはうちや」


 隠す事もなく、蛇乃目は俺の推測を肯定した。


「最初は分からなかったが、森でお前と打ち合った時に確信を得た。あの体捌きに怪力、それに何より、追い打ちをかけようとした時に《切替》を使った時だ。異能が発動しなかったのは俺の未熟さが理由だと思っていたが、あれはお前の《消失》が打ち消したからだな。森の中でやったように」


 つい先程蛇乃目家の人間が他にも村に潜んでいると聞いたばかりではあるが、それでもあれがこの蛇乃目であるという確信があった。


「それにな、あのもてあそぶような戦い方、顔が見えなくてもお前だと分かる」


 そう言ってやると蛇乃目は目を瞬かせた後、けらけらと笑った。


「しゃあないな、それじゃ二つ目も答えよか。あの櫃木ひつぎ神社には本来、櫃木のもん以外の御八家や鬼は近づけんよう結界が張ってあるんよ。無理に入ろうとしたら弾き飛ばされるゆう、強力なやっちゃ。ま、うちは《消失》のお陰で弾き飛ばされずに入る事はできるんよ、結界消す事はでけへんけどな。せやから封印解く役と、封印解いたら出てくる鬼の大将倒す役、その二つを御館様から任されてんやけどな」


 なるほど。先のガラン討伐にこいつが選ばれたのも、単純な戦闘力だけではなく結界内に入れるという利点があったからか。

 いや、待て。


「それはおかしくないか。それなら何故俺やガランは結界内に入れた。何かに阻まれた事など一度もないぞ」


「あんたもガランもまぁ、特別やからな」


「俺とガランが特別? 俺達に一体何があると言うんだ」


 まるで身に覚えがない。蛇乃目は困惑する俺をにたりとした笑みを浮かべて笑うだけで、それ以上の種明かしをするつもりはないらしい。


「しかし、何故あの神社にはその結界が張ってあるんだ。人鬼ジンキが眠っている場所だからか」


「理由はそれとはちょっと違うねん。あの神社の本殿ほんでんに、結女ゆいめの太刀っちゅうのがあるんは知っとるやろか。地面に突き刺さって抜けへん太刀や」


「ああ、以前純士さんに見せてもらった。かつて人鬼が使って鬼を討ったという霊剣だと聞いたが」


「それは合っとるけど、正解とは言い難いなぁ。あの太刀はな、異能を宿しとるんよ」


「人でないものに、異能がだと」


 父上からもそんな話を聞いた覚えがない。ただの物品に異能が宿るなど、あり得るのか。


「何もおかしい事あらへんよ。人やない鬼にやって異能は宿っとるやないか」


「いやだが、奴等には意志があるだろう。意志も何もない太刀に異能が宿るなんて事があるのか。もしかして、びもせず地面から抜けないというのはその異能によるものなのか」


「うちが聞いた話やとえにしを結び、断ち切るゆう事だけやから、どんなもんかは分からへんなぁ。けどあの太刀は、折れず曲がらずちる事はない、不滅の太刀や。そして、御館様の切り札の一つ。きっと宿る異能が強力なもんなんやろなぁ。あの神社を守りの拠点としたんも、結界が解かれてしもうた現状やと鬼に太刀をとられてしまう可能性があったからちゃうか」


 成る程。今の会話でようやく辻褄つじつまが合った。


「それでここまで話したけど、三つ目は何なん?」


「何故俺を村の中に入れたんだ。それも企みの一部なのか」


「はぁ? それはうちとちゃうよ」


 この期に及んでとぼけるとは。少しむっとしながら追求する。


「とぼけるな。《遮断》を打ち消して俺を村へ入れるように出来る人間なんて、お前くらいなものだろうが」


「せやから、違う言うてるやんか。うちの《消失》やったら《遮断》にんな器用に穴開けるなんて出来へんて。村おおってるの全部消してまうわ」


 それなら、いったい誰が俺をまねいたと言うんだ。

 簾縣が嘘をついているのか、蛇乃目が実力を隠しているのか。

 それとも――。

 いや、有り得ないな。

 頭に浮かんだ可能性を否定し払いのける。

 有り得ない。有り得ない筈だ。


 やがて学校が見えてきた。見たところ破損や火災も起きていないし、校内には人の姿が見える。どうやらこちらに鬼の襲撃はなかったようだ。


 ふと、何か光るものが地面に見えた。

 不審に思いながら近づいてみると、そこに落ちていたのは硝子玉だった。それも無数。様々な色の硝子玉がらすだまが地面に転がっている。

 何故こんなものが。それに何か、模様のような、いやこれは中に入っているのか。

 確かめようと硝子玉を拾い上げようとした時だった。


さわるな」


 俺の動きをさえぎる声。視線を上げて声の主を見ると、それは先日御館様と一緒にいた黒い女だった。

 太陽の下でもなお黒い、吸い込まれそうな黒い髪とその美貌びぼうは間違える筈もない。

 女は俺を止めた後、足元の硝子玉を拾いたずさえていた巾着袋きんちゃくぶくろの中へと入れていく。


「これは私が片付ける。だから触るな」


「おい、お前は此処で何をしていたんだ」


 俺の問いに女は答えず、やがて全ての硝子玉を拾い終えると学校を指差した。


「結女なら学校だ。何もされていない。早く迎えに行け」


 言うだけ言って黒い女は背を向けて去っていく。呼び止めようとすると、蛇乃目に腕を掴まれ止められた。

 まさか蛇乃目に止められるとは予想外だった。


「蛇乃目、あの女は誰だ。以前見た時は御館様と一緒に居たが、奴の守人もりびとか?」


「あー、んー、守人とは違うよ。なんて言うたらええんやろか。まぁ御館様のお気に入りなんよ。せやから色目とか使ったらあかんで、殺されるから」


 やはり愛人か何かなのだろうか。

 いや、今はソラだ。あの女に言われたように、ソラを迎えに行かなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る