第肆拾壱話 戦の支度を
ガラン達を見失った俺は、独りで神社まで戻ってきた。
俺が戻る頃には
特に驚く様子もなく、連れてきた
半壊した本殿を見上げる。
ガランは
あの鬼は明華を喰った事で《制御》を扱えるようになっている。その力で以てガランを操っている可能性は高い。
だがもしかしたら。
ガランは最初見た時のような悪鬼になって、いや戻ってしまったのかもしれない。
荒れ狂う嵐のような力の
もしそうだとして、俺はどうしたらいいのか。それが分からない。
先の罠に嵌められた事もあって少々癪ではあるが、先程の出来事を全て御館様に話す事にした。
俺の話を聞いた御館様はやはり驚く事もなく、むしろ想定していたというような風だった。
「自我を残した鬼か。想定していなかった訳ではない」
「ガランは、そいつと共に姿を消した。追いかけたが俺の呼び声を無視して、攻撃を受けた。まるで別人のようだった」
「ふん、思い出したのだろうよ、己の正体を。さして驚く事でもない。退治する鬼が一匹増えたに過ぎん。何を落ち込む事がある、これもお前達が早く処分せんからだ、馬鹿者め」
「……これからどうするつもりだ」
「神社を中心に砦を建てる。奴等は結女や我等を狙ってやってくるだろう。
「待て、何故俺達を狙うと考える」
「あれは明華を喰いその知識を得た。外へ出ようとするならこの村を覆う
「俺達ではなく村人を襲ったらどうするつもりだ。俺達を倒す為にまず空腹を満たそうとするんじゃないのか」
「守るつもりはない。捨て置く」
「お前達を慕っている村人達を、お前は見捨てるのか。それじゃ本家の連中と何が違うというんだ」
「村人全員を守る事は不可能だ。異能使いの数が絶対的に足らん。分ければどちらも守りきれん。それに、この村で鬼に立ち向かえる人間がどれだけいると思っている」
言わんとする事は分かる。鬼は異能使いでなければ見る事さえ出来ず、その身体能力は常人ではとても太刀打ち出来ないほどに高い。
多少訓練したところで守人はただの人間、飢えて弱っていようと鬼に勝ち目はない。目隠しをして猛獣と戦えと言っているようなものだ。
村にいる異能使いは七名、いや
御館様の異能は支援に特化したものだし、吾郷の戦闘技術では鬼に太刀打ち出来まい。ソラはそもそも戦いの訓練などしていないだろうから論外だ。
そして今一番頼りにしたいのは、今此処にいない
「簾縣を呼び戻せないのか。あいつに《遮断》で村人を守ってもらえばいいんじゃないか」
「馬鹿者め、あいつは今この村全域を覆う《遮断》を維持しているんだぞ。そこにさらに負荷をかけるつもりか。簾縣がもたん。そもそも、
「この村全域を?」
有り得ない。
一人の異能使いが持つ能力の
いや、それは今はどうでもいい。
御館様は鬼の襲撃の最中に本家が動く事を
それに鬼共を村の外に出さない為にも《遮断》は維持しておくべきだというのも分かる。
だが守りの手段として《遮断》が使えないのは苦しい。
「それならこの神社に建てるっていう砦の中に
「この場所に村人全員が入れる訳がないだろう馬鹿者。……本来なら、この神社には鬼避けの結界が張ってあった筈なのだがな。どうやって解除したのかは知らんが、それさえあればまだ守る事も出来ただろうよ。だが結界は先祖共が張っていたもので、今はその文献すら失われ我等の手で再び張る事は出来ん」
結界というのは初耳だが、本殿に張ってあった異能使いを退ける為のもの、あれと類似した結界があったという事か。
ガランは特にそういうものに阻まれた様子はなかったが、それも何か理由があるのか。
ともかく、何かいい方法はないものか。繭里や恋路達にも話を聞きたいところだ。
「おい繭里、何か案はないか。……おい」
足元に目をやる。御館様の目の前の地面。
そこに土下座した繭里がいた。
鬼にしてやられた事を恥じ、先程からこうして土下座しているのだが……御館様は
謝って済む失態ではないというのは確かだが、何も言われず無視されるのは
見ているこちらが
「……繭里、いい加減顔をあげたらどうなんだ」
「御剣の、口出し無用です、これは私の問題ですので。案については私は何も。それとただ土下座している訳ではありません、
土下座したままでもやるべき事はしていたらしい。すぐ傍で守人達の作業を眺めているだけの蛇乃目とは大違いだ。他人事かこいつ。
その蛇乃目は俺の視線に気付いたのか、へらりとした笑みを浮かべて近づいてきた。
「なんや、クオンが駄々捏ねとるんかいな。それやったらうちの方で何とかしよか。村人学校にでも集めて、守っとればええんやろ」
「いや待て、お前が戦線から抜けるのは痛手だ。俺達の中で最も強いのはお前だろうに」
「いやいや、うちやのうて、うちの血縁のもんに」
「おい蛇乃目、お前」
「……は? 血縁?」
途中で御館様に遮られはしたが、聞き間違いではない。
蛇乃目の一言に耳を疑う。
「蛇乃目、お前以外にも蛇乃目家の、《消失》を持つ異能使いが村にいるのか。お前の兄弟か、それとも分家の子供でも連れてきていたのか」
「あれ、言うてへんかった? 現当主やでうち、蛇乃目家の」
「初耳だぞ、そんな話は」
御館様が言っていた扱い難い戦力とはこいつ、いや蛇乃目家の事だったのか。
流石に全員がこの蛇乃目のような怪物じみた強さではないだろうが、《消失》を扱える異能使いが複数人いるならそれは確かに十分な戦力だ。
本家と渡り合える可能性が格段に上がる。
「何故今まで黙っていた」
「なんでって、聞かれへんかったし」
「むぐ」
言われてみれば確かにそうだ。聞きもせずにてっきり恋路や繭里達と同じ境遇だと思い込んでいたのは俺の勝手な思い込みだ。
だがそれと同時に
何故御館様は蛇乃目の言葉を
それに先程から眉間に
「なら蛇乃目家の人間は何処にいるんだ。村の中でそれらしい者を見た覚えがないぞ」
「当たり前やんか。みぃんな潜ませとるんよ。いざ言う時の為に。それにもしうっかり鬼に喰われでもしたら《遮断》を消されてまうかもしれへんし、うちらの異能も無力になる。せやから、鬼共に対してはあんまり使いとうなかったんよ。異能を持たん相手にはうちらの《消失》はなぁんの効果もあらへん、単純な戦力としてはあんまり期待せんといてや」
対本家としては十分でも、鬼相手には不足、むしろ痛手となる可能性があるのか。此処で無為に失うのは痛手だ。
やはり戦力に不安が残る。残る鬼共がどれだけの数で、どれほどの力を有しているのかも不明なままでは。
果たしてどれほどの被害が出るのか、そして勝つ事が出来るのか。
「……
「――く、くく」
なんとはなしに呟いだその一言に、御館様は心底嬉しそうに意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
待っていたと言わんばかりの、性根の悪さが滲み出てくるような笑みだった。
「存在しないものを頼るか。
「……なに? 在るのか、いや居るのか、人鬼は」
「喰われろ」
「…………は? 喰わ、なに?」
「貴様の身をあのガランという鬼にくれてやればいいと言ったのだ。そうすればあの鬼はお前の剣術と異能と記憶を受け継ぐだろうよ。そうすれば人鬼は完成だ。ただ、果たしてあの鬼は村人や我等を守ろうとするかな」
そんな方法は考えつきもしなかった。
確かにガランが鬼であるのなら、その性質的に俺を喰えば俺の技術と力を得る事が出来る。そうなればガランは戦えるようになる筈だ。
ただ、今のガランの状態が分からない。本当に悪鬼となってしまったのか、それとも《制御》で操られているのか。
もし《制御》で操られているだけなら、蛇乃目の《消失》によって打ち消してもらえれば、あるいは。
「本気にするなよ、馬鹿者。確証もなしに鬼に喰われては無駄に敵を強めるだけだ」
「ああ、まぁ、そうだな」
その返事とは裏腹に、俺はある決意を固めていた。
鬼を相手にするにはそれしかない。
ともあれ、戦う為の準備をしなくてはならない。
父上から贈られた刀はガランにへし折られてしまった。
ただの武器では力不足なのは明白、強力な武器が必要だ。
「御館様、武器がいる。鬼に通用する武器だ。御霊鋼から作ったという武器、まだあるのか」
御館様は何も言わずに懐から二本の
赤い刀身や
これは明華が持っていたものだ。
「今はそれぐらいしかない。無いよりは良いだろう、お前が持っておけ」
「……ああ、頼もしい」
苦無を強く握りしめる。この戦いはソラや村人と守る為でもあるが、明華の弔い合戦でもあるのだ。
その形見を携えて戦えるのならやる気も出るというものだ。
あの骸骨武者、必ず討ち滅ぼしてみせる。
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