第肆拾話 全てこの某にお任せあれ

「……ほ、あ!?」


 飛び跳ねるようにしてガランは目を覚ました。

 猛烈に嫌な夢を見ていた気がする。思い出そうとするも、少し頭にもやがかかっているような気がして頭を振る。

 目を開いた時、一瞬だが視界の端でちらと火の粉が見えた気がしたが、周りには篝火かがりびも何もない。目の錯覚だったのだろうか。


 それにしても此処は何処だろう。

 どうやら洞窟か何かのようだが、こんなところに入った覚えは……いやある、あるがまるで拙者の記憶ではないような、身に覚えのない記憶がある。

 クオン達を見送り、さて今日はどうしたものかと思っているところに、本殿の扉が蹴り破られて、それから。


咒童じゅどう様」


 夢で聞いた呼び声。夢の光景を思い出し、思わず足元を見る。

 そこには冷たい岩肌が見えるだけだ。血など何処にもない。

 それに安堵し、声の主の方へ恐る恐る振り返る。


 そこに居たのは夢の中で見た、いや昨日あった骸骨武者だった。その時に名乗っていた名は確か、泥繰でくだった筈。

 それにしても何故自分はこいつと一緒にいるのか。危うく殺されかけた筈だが、今の泥繰はこちらを襲う様子はない。


 それにこちらはつい先程まで眠りこけていたのだから、いつでも殺せた筈だ。

 いったい何故なのかと疑問に思いつつ見ていると、泥繰もまた訝しげな様子でこちらを見返していた。


呵呵かか、長き眠りの間で随分不抜けたと思っておりましたが、この異能に抵抗出来る程度の意思は残されていた御様子。いやそれとも、それがしがまだこの異能を扱いきれておらぬという事で御座いましょうか」


「拙者に何か、術を使ったので御座るか」


「如何にも。御八家の《制御》の術に御座います。某、元より傀儡くぐつの扱いには長けております故、同じ感覚で絡繰る事が可能なので御座います。御覧下され」


 泥繰はそう言い、拙者の背後へ視線を向ける。

 いつの間にいたのか、そこには無数の鎧武者が控えていた。

 いや鎧武者ではない。いずれもその頭部には角があり、誰も彼も皆異様に静かだ。泥繰とやらの言葉を待って傅いているようなのだが、その様子が何処かおかしい。


「力無き雑兵共はいずれも自我を喪失、本能のままに人間に喰らいつかんとする獣の如き有様。そのままでは只々無意味に討ち取られるだけでしょうが、《制御》を用いて鎮めております。この様に」


 途端に頭の靄が強くなる。自分の体が自分のものではないような感覚。

 何かまずい事態になっている。そう思いその感覚を振り解こうとするも、その意思すらも自分のものではないような気がしてきて、やがて霧散してしまった。

 おかしいような、おかしくないような。

 まるで夢でも見ているかのような、この感覚は何だ。

 拙者は何処だ。これは拙者か?


「――――」


 何か言おうとして、自分の意志とは関係ない言葉を紡ぐ。

 それすらも耳には届かない。


「とまれ、これは有用な術を得たもので御座います。皆、某の傀儡の様では御座いませんか。軍を率いるは某にお任せ頂きましょう」


 それがいい気がする。うまく、頭が回らない。

 どうおかしいのかを考えようとしても、思考がそちらへ向いてくれない。

 これはおかしい。おかしい。おかしいが、うまく考えられない。

 それになんだかひどく、眠いのだ。


「御安心なさいませ咒童様、この泥繰に全てお任せ頂ければ万事思い通りに、呵呵」

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