第参拾漆話 御館様の野望

「…………は?」


「本家を相手に謀反むほんを起こすと言ったのだ。本家の老害共は己の血を濃く残す事だけに固執こしつし、自らの血縁さえ道具としか見なさず使い捨ててきた。奴等をこの手で鏖殺おうさつし、御八家のまわしい歴史に終止符を打つ」


「待て」


「その手始めに鬼共を駆逐くちくし、その骨肉こつにくで武具を造り武装する。この地は天然の要塞だからな。険しい崖と流れの速い潮は城壁となり、さらに簾縣の《遮断しゃだん》で閉じてしまえば籠城ろうじょうも容易い。さらには各家の有力な異能使いや切り札が此処ここには在る」


「何を、言っているんだ」


 目眩めまいがした。

 性格に難はあるが、分別のある理知的な男だと思っていた。

 だというのに、まさかこんな、世迷言よまいごとを言い出すとは。


「ば、馬鹿げている。勝てるはずがないだろう。七つの本家にどれだけの戦力があると思っているんだ。分家筋の者も合わせれば異能使いは五百人以上いるんだぞ」


「その全てが戦える訳ではない。一度に相手にする数など知れている。それにな、奴らを殺しきれる戦力ならばあるのだ。少々制御が難しいがな」


 今聞いた中にはろくな戦力もないように思えるが、果たしてどのような隠し玉があるというのか。

 今いるこの地下室のような隠された場所に潜ませているとでも言うのだろうか。

 この様子から勝てると確信して行動しているようだが……俺には井の中のかわずとしか思えなかった。


「勝手に争っていろ。俺には関係のない話だ。俺とソラを巻き込まないならどうでもいい」


「ほう、いいのか。本家がこの村に攻め入り我々の反逆を阻止したなら、奴等はガランを再び封印しようとするぞ。結女ゆいめを使ってな。そうなれば、結女は死ぬ」


「死……?」


 死ぬ。ソラが。


「それは、どういう、なんなんだ……?」


「封印の際、結女は我が伊鎚いづちの有する《昇華》の異能により限界以上の力を引き出される。その結果、力の不可に耐え切れずに絶命するのだ。いいのか、お前の女が死ぬ事になるのだぞ」


 いつぞや夢で見た光景を思い出す。

 御神木ごしんぼくから這い出さんとするガラン。

 その前で異能を使い倒れた女。

 あの夢は封印の時の光景だったということか。


 だが何故そんなものを俺は夢で見たのか。現実に見た覚えもなく、今聞かされて初めて知った筈なのに。

 この村に来てから奇妙な夢ばかり見ている。

 これも何か理由があるのだろうか。


「もし我等が敗北しこの村を本家が占領したとしても、鬼共を全て駆逐していれば封印を施す事はなく、巫女は死なずに済むだろうさ。我等は既に大多数の鬼を駆逐した。残るはガランを含め二十に満たん。間もなく全ての鬼はこの村から消え去る。だがガランが残っていれば、ガランさえ残っていれば本家は封印を実行するだろう。どうする、これを聞いてもまだ関係がないと言い張るつもりか」


「それは……」


「本来は明華あすかの制御により縛り仕留める算段だった。明華が死んだ今、あれが再び鬼の本性を取り戻し暴れ出した時にしずめる術はない。そうなる前に処分する。鬼を差し出せクオン。あれはお前の手に負えるものではないぞ」


 お館様の言う事は確証あってのものなのだろう。

 ガランは封印された伝承の鬼。人を食う化物。

 今は記憶を失って大人しいが、いつか獣性を取り戻し、俺達を襲うかもしれない。

 それを封印する為に、ソラが死ぬ。

 それでも。


「それでも、ガランは渡せない」


「――ああ。そう言うと思っていたぞ。馬鹿者め」


 御館様は俺の返事など当然予想していたのだろう。口の端を釣り上げ、俺を嘲笑わらった。


「既に討伐の任を蛇乃目じゃのめ繭里まゆりに命じている。毅然きぜんとした態度を見せているが、所詮しょせんは子供だな。のうのうと此処に来た自身の能天気ぶりを恥じるがいい」


 話を全て聞く前に飛び出した。

 入口に立っていた恋路や他の守人もりびとも俺を止めはしなかった。止める必要がないからか。

 神社へと全力で駆けていく。


 迂闊うかつだった。

 御館様の言う通りだ。何故ガランを独りにしてしまったのか。

 そして御館様も随分ずいぶん饒舌じょうぜつに話すものだと思っていたが、それも俺を引き留めておく為の策だったのだろう。

 急がなくてはならない。もう手遅れかもしれないが、それでも。


 それに、それにだ。

 あいつに言いたい事、聞きたい事がいくつもあるのだ。

 もしあの時、ガランが俺を止めていなければ。そう考えずにはいられない。

 もし俺があのまま骸骨武者を追い駆けていれば、奴を仕留められていたかもしれない。

 もし追いついていたなら、明華が死なずにすんだかもしれない。

 全ては終わってしまった事だ。分かっている。

 それでももしかしたらを考えずにはいられない。


 ようやく神社が見えてきた。辺りは静かなもので、剣戟けんげきの音など聞こえてこない。

 その事に焦燥感しょうそうかんつのらせながら駆け上がる。


「ガラン!」


 石階段を登りきりそこに見えたもの。それは異様な光景だった。

 半壊した本殿と、地面に倒れ伏した無数の守人達。

 崩れた本殿で相対するガランと鎧武者の如き様相の鬼共。

 そして。


「蛇乃目、お前一体何をしている。何故繭里を捕まえているんだ」


 鬼共を前に、何故蛇乃目は繭里を羽交はがめにしているのか。


「ああなんや、早かったなぁ」

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