第参拾伍話 死と偽りと
「
その
知らせを持ってきたのは
彼も彼の守人も、大小様々な怪我を負っていた。その中に
「明華が、何だと?」
「死んだっつったんだよ。聞こえなかったのか」
「いや、待て」
待ってくれ。唐突な知らせに理解が追いつかない。
いや、理解したくなくて拒絶しているのかもしれない。
ともかく、それは唐突すぎた。
明華が、死んだ?
「何故だ、何故死んだ」
「説明が必要かよ」
当たり前だろう、人が死んだのだから。
それも見知った間柄となれば
昨日、別れる直前まであいつはあんなに元気だったじゃないか。
死んだなどと、信じられる訳が無い。
「無論だ。話してくれ」
「そんじゃ、場所変えようぜ。此処じゃ色々面倒だしな」
恋路は俺の背後に居るソラへ視線を向ける。
ソラに見られるとまずいのか、一緒では言えない話でもあるのか。
「すまない、ソラ。俺は恋路と行く。学校へは一人で行ってくれ」
「うん、分かった。行ってらっしゃい、クオン」
「ああいや、
学校へ向かうだけだと言うのに武装した守人を付けるだと。いよいよもってきな臭くなってきた。
昨日か、今日の未明か、俺が知らない間に何かがあったのは間違いない。その何かが原因で明華は死んだのだ。
今日、ガランを留守番させたのは正解だった。恋路は以前ガランへ仕掛けた事もある。ここでガランがいればまた面倒な事になっていた筈だ。
黙々と進む恋路の後を追う。彼の守人が俺の周りを囲い並走する。
少し離れた位置から俺をしきりに見ている吾郷の目には、不安と
それから察しがついた。これは守られているというより。
「何故俺を警戒する。何かしでかすと思っているのか」
「しでかしたんじゃねぇかって思ってんのさ。お前さんこそ、なんでそう思う」
「直感だ」
「直感、直感ねぇ。本当にそうなのかね。ま、お前さんが言うならそうなんだろうけどさ」
何が言いたいんだこいつは。
いつも通りの態度ながら今日の恋路は何処か余裕がないように見える。
苛立ちを抑えて平静を装っているような、そんな気がする。
「……何処へ向かうつもりだ」
「明華の
正直、見たくはなかった。だが見なくては信じられない。
本当に死んだのか。
恋路に連れて行かれた場所、そこは意外にも村の診療所だった。
こんな村だから大した設備の医療施設はないだろうと思っていたが、予想外なほど立派な造りの診療所だった。
恋路は俺を連れて診療所の地下室へと続く階段を下りていく。
不意に独特な香の匂いが鼻につく。随分と強い匂いだ。地下へと下りるにつれてその匂いも強くなっていく。
辿り着いたその部屋は、地下にあるからか半袖では少々肌寒く感じるほどの冷気で満たされていた。
嫌な雰囲気だ。思わず立ち止まってしまう程に。
そこには白い布が被せられたものがあった。一つや二つではない。二十以上はあるか。どれも歪な形をしていた。赤黒く滲むものもあった。それが何かなど、考えるまでもない。
香の匂いでも隠しきれないこれは、死の臭いだ。
恋路はその中の一つの前で立ち止まると、守人に指示し白い布を取り払わせた。
露わになったそれを、俺はそれを、信じたくはなかった。
これが、明華なのか。
明華の格好は最後に別れた時から変わっていた。
あの夜見た彼女の守人と似た戦装束に身を包んでおり、その装束は血と泥で汚れ戦いでついたらしき傷が見受けられた。
だが信じられない。信じられない。信じられる訳がない。
昨日見た微笑む明華を見たのだ。また明日と言って別れた。
ようやく仲直り出来た。それなのに。
思わず亡骸へ手を伸ばしていた。触れたその手はぞっとするほど冷たく、石のように硬かった。
それでも、これは間違いない。間違えようもない。
昨日見た明華の姿が脳裏を過ぎる。
「これは、この亡骸は明華だ。本当に死んだのか……」
「……。お前さんが言うなら、まぁ間違いねぇんだろうな。今朝、村の田畑の中で死んでるのを見回り中の守人が見つけた。明華の守人達も傍で冷たくなってた。ほら、隣のがそうだ」
見れば明華の亡骸の隣に数体の遺体が安置されていた。布の上からでも分かるほど損壊している。いやこれは
「明華はまだいい方だ。守人は派手に食い散らかされてやがったよ」
「食われたというのか、一体何に」
人を喰うような何かと戦って、その結果彼女らは死んだというなら、それは如何程の力を持つものなのか。
例え不意打ちであろうとも、
恋路は何も答えず、明華の亡骸へ再び布を掛けていた。
その横顔からは微かな怒りが見えた。
「……まだ、俺を此処まで連れてきた理由を聞いていなかったな。ただ明華が死んだ事を教える為だけという訳でもないだろう。いったい何を聞き出したいんだ」
「お前さん、明華がこうなった理由に心当たりがあんじゃねぇのかなって」
まさか、俺が疑われているのか。
確かに前日までいがみ合っていたし、殺し合いに発展しかけた事もあった。
だが、それでも殺したいと思った事はない。
叶うなら昔のように笑いあえればとさえ思っていたのに。
「俺じゃない、俺はしていない!」
思わず声を荒らげて叫んでいた。周りにいた守人達が静まりかえり、視線が俺に集中するのを感じる。
「じゃあお前さんが
「は?」
「鬼だよ、鬼。お前さんがガランって呼んでる奴の事だよ」
いや、そうじゃない。そこじゃない。
ガランが恋路の言う鬼と呼ばれるものだったとしても、そんな事は有り得ない。
「そんな訳があるか。あいつは人を喰うような奴じゃない。それなら俺やソラもとうの昔に食われているだろう」
そんな機会はいつでもあった。俺が寝ている時でも風呂に入っている時でも、無防備な時などいくらでも。
だがガランが俺やソラにそんな獣性を向けた時などなかった。
初めて神社でその姿を見た、あの時を除いて。
「お前さんも見たんだろ、
そう、あの時だけだ。ガランが俺達に荒れ狂う感情の波を叩き付けてきたのは。
怒り憎しみ、そして。
あの時倒れ伏していなければ、ガランは俺達をどうしただろうか。
此処に安置された遺体のようにしていただろうか。
「だが、それでも。今のあいつは人を襲うような奴じゃない。あいつは、明華を食ったりなんかしてない」
「本当はあいつが人を食ってる事を知ってて隠してるんじゃねぇのかって、俺は考えてるんだがね。お前さん、本家の刺客の疑いあっからさ」
「言わせておけば……! お前こそ隠し立てするな、全てを話せ。この村で一体何が起こっている!」
「それは私から話す」
機を見計らっていたかのように、その声は割り込んできた。
気配は先程からしていたから、予想外でも何でもなかった。
御館様だ。先日見た時に共にいた女も一緒にいる。
「御館様、全てを話せ。この村の中で何が起こっている」
「知ってどうする。貴様に何が出来る」
「それは聞いてから判断する。話せ」
これみよがしに刀に手を掛ける。守人達がどよめき武器を持ち出そうとするも、それを御館様が片手をあげただけで静止した。
彼はやれやれというように嘆息し、話し始めた。
「伝承は知っているか。この村に伝えられている鬼退治のだ」
「ああ、聞いた事がある。俺達御八家の祖先がやってきて鬼を退治したという、あれだろう」
大まかな
「では、その伝承に偽りがある事は」
「伝承に、偽りだと?」
伝承の、いったい何処が。
「鬼は、討滅などされてなどいない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます