第弐拾陸話 共に歩んだその姿は

「クオン殿、調子が悪いようで御座るな」


「うん、そうみたいだね」


 座り込んで目をつむっているクオンを遠くから観察しながら、二人して広場近くの川辺を歩く。


 山中を歩いていて気付いた事だが、あの辺りの道は人の手が加えられている。それもほんの数年前まで人が使っていた風だ。

 猟師かきこりの手によるものかとも思ったが、切り株の一つも見当たらない。

 それにあの広場の中心にある注連縄しめなわのされた大岩。あれはいったい何なのか。


 というか、何故子供の頃の二人はこのような木が鬱蒼うっそうと茂る森の中を遊び場にしていたのか。

 神社から歩いて小一時間とかかる森の奥へ、五歳ほどの少年少女が遊びに行くものだろうか。

 会ってから数日しか経っていないが、ソラは勿論クオンがそんな腕白わんぱく小僧だったようには見えない。


「ソラ殿、あの遊び場へはクオン殿と二人で行っておったので御座るかな」


「ううん、よ」


 成る程、大人が連れ添いで来たのならおかしな事もないか。

 頭の中にほんのりと湧き上がっていた疑問が霧散むさんする。


「そういえば二人は十年ぶりに再会したのだったか。クオン殿は子供の頃、どのような御仁ごじんだったので御座ろう?」


「子供の頃のクオンのこと、知りたいの?」


「うむ」


 小首を傾げて尋ね返してくるソラに頷く。

 些細ささいなものではあるのだが、ソラと会話していると時折違和を感じる。比喩ひゆ迂遠うえんな言い回しをすると上手く伝わらない。

 そういう表現に疎いのかもしれないし、こちらがつかう言葉に気をつければいいだけの話なのだが。


「うむ、小さな頃からあのようにずーっと眉間にしわを寄せた顔であったのかを知りとうてな」


 喋りながらあの渋面を思い浮かべる。クオンが自分の前で見せる表情は、いつも眉間に皺を寄せてうんうんと唸っているものばかりだ。

 己の中で色々と抱え込み過ぎているのではないかと見ていて心配になる。

 あの時、商店に行った時の一件を思い出す。

 手を繋いだ時のクオンは、明らかに狼狽うろたえ挙動不審になり、しまいには泣き出してしまった。

 張り詰めた弓の弦のような、そんな少年。

 それがそのまま切れてしまうのか、それとも何かを突き動かすのか。


「クオンは変わらないよ」


「む、やはり昔から相変わらずで御座ったか」


「子供の頃からクオンはクオンだったよ」


「む、う? ソラ殿、そうではなくてで御座るな」


 問いに対して答えがずれてる気がする。どう言えば上手く伝わるのか。


「ガラン、どうかしたの」


『■■様、どうかしましたか』


「――――」


 遠い昔、誰かとこうして河原を歩いていたような気がする。

 ソラの声に似た誰かに。

 姿形は思い出せず、輪郭りんかくもぼんやりとしたものではあったが。

 自分へと手を差し伸べる女性の姿をソラに幻視する。

 ただの気のせいかもしれない。だがもし失った記憶の糸口になるのだとしたら。


「……ソラ殿、拙者とソラ殿って昔会っていたりせんで御座るか?」


 そんな事はないだろうと思いながらの問いかけだった。

 だから、ソラの返答は予想外のものだった。


「うん、会ってるよ」


「ほ?」

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