第弐拾肆話 人型の空虚
あれから一日が過ぎた。
学校を終えて帰宅し、夕食を取り、そして風呂の時間になった。
今日一日、驚く程何も起こらかなかった。
今朝学校に行くと
少なくとも御館様からは疑われはしなくなったようだ。相変わらず馬鹿者呼ばわりだが。
御館様一派のやろうとしている事は未だに掴めていない。
本家への
何故この村でそれを起こそうと考えたのか。こんな田舎では、
見た限り
そもそも謀反など企てていったいどうしようというのか。
御館様の家、つまり
まるで意味がない。ただ自分の首を絞めるだけだ。
それとも俺が知らないだけで、謀反を起こすだけの価値ある何かがあるのか。
御館様の
それはつまり、ソラに聞けと言う事なのだろう。
それで全てが分かる、のだろうか。なかなか踏ん切りがつかないでいるが、悠長に構えている場合ではないのだ。
さて、どう切り出すべきか。
「そうだ、あの場所」
思い出の場所に行こう。子供の頃、ソラと二人で遊んだ広場だ。
クオンとソラ。お互いの愛称を名付けあい、そこにある大岩へ刻みつけた。
そこへ一緒に行くというのはいいかもしれない。あそこは神社の裏手を進んだ山中。ちょっとした遠足気分だ。そこで覚悟を決めて聞き出せばいい。
思い立ったが吉日、とは言っても今日はもう暗いから明日だ。風呂上りにでもソラに話を持ちかけよう。
「ソラ、明日思い出の場所に行かないか。……よし、これだ」
誘いの言葉もこれでいいだろう。
そう考えながら風呂場の戸を開けて。
背を流していたソラと目があった。
「……」
「……」
お互い見つめ合ったまま沈黙が続く。決して長い時間見つめ合っていた筈はないのだが、何時間も見つめ合っているような錯覚に囚われた。
汗が噴き出す。顔が青ざめていくのを自覚する。
考え事をしていて、まだソラが風呂に入っている事に、全く気づいていなかった。
つい視線がソラの
だが一瞬でも見えたその肢体が、目に焼き付いたように離れない。
濡れて肌に張り付いた白い髪、湯で上気して赤みを帯びた白い肌、服の上からでは分からなかったふくよかな胸が――。
駄目だ、待て、考えるな、冷静になれ。
父上との三日三晩
あの時の無我の境地に再び至れば――――――無理だ。
青ざめてた筈の顔は今度は逆に熱くなってきた。
普段は意識していなかったがソラも異性なのだ。
身近な異性の裸体は刺激が強すぎる。
「すま、すまない」
声が変に上ずっていた。恥ずかしい。
「クオン、お風呂はまだ私が入ってる」
「すまない、気がつかなかった、すまない」
「……? クオン、なんか変。どうかしたの」
「すま、や、どうしたってソラ、こういう時はそっ、その、恥じらいっていうか、恥じらうものでだな。異性に裸を見られる事は、悲鳴をあげるくらい恥ずかしいもの、だろう」
しどろもどろもいいところだ。
こんな
「そうなんだ」
そうソラが納得したように頷くのを見た瞬間、墓穴を掘った気がした。
案の定ソラは俺が指摘した通り、息を吸い込み叫びをあげんとする。
「ま、待てソラ!」
さすがに今ここで叫ばれるのはまずい。非常にまずい。こんな状況を
『えークオン殿最低で御座るなぁ』
うるさい黙れ。頭の中のガランを蹴飛ばして走る。
慌ててソラの口を手で塞ごうとして、急いだ事が裏目に出た。
「――っ」
悲鳴が上がる前にソラの口を塞いだまではいい。
そこまではよかった。
勢い余ってそのまま押し倒してしまったのは、想定外だった。
「~~~~」
この状況に言葉にならない悲鳴をあげる。
余計にまずい有様となってしまった。
思考が纏まらない。というより停止してしまっている。
これは、どうしたらいいんだ。
「……………?」
口を塞いでいるからよくは聞こえないが、どうしたのと尋ねているらしい。
こんな状態にあってもソラはいつも通りだ。
恥じらったり怒ったり、泣いたりさえもしない。
普通の女の子らしい態度をとったりしない。
いや、できないのだ。
こんな時にどういう事を言って、どういう表情をして、どういう行動をすればいいか、それを知らないから。
それを見ていると急速に頭が冷えていくのを自覚する。
そうだ、ソラはそういうものだった。知らなければそのふりが出来ない。
目の前の少女がそれ以外のものに思えてくる。
今目の前にいるのは少女の姿をした木偶なのでは。
ソラだと俺が思い込んでいるだけの、人型の虚無なのではないか。
そんな考えさえ浮かんでしまう。
そんな事はない、筈なのだ。
「なぁ、ソラ」
手を離し、おもむろにソラの頬を撫でた。
触れた体は暖かて柔らかくて、決して造り物などではない。
だが、ソラの中には何も無い。何も無いのだ。
冷たくて、暗くて、何も無い。
からっぽだ。
「お前は本当にソラで、確かにここにいるんだよな」
「……? 私はソラで、ここにいるよ?」
「……そうだよな」
精一杯笑顔を取り繕う。
気を抜けば泣いてしまいそうだったから。
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