第拾肆話 向けられた視線
結局
ソラ達は商店などと言っていたが、実際のところ店という
並んでいるのは野菜に魚、鶏を始めとした家畜の肉などで、村の中で採れたものばかりのようだ。
恐らくは村の中で自給自足が完結していて、村の外から取り寄せが必要なものは無いのだろう。
無いと言えば
念の為ソラの背を追いながら周囲を見渡してみるが、
気配も感じない事から今は
それはそれとして、今は別に気になる事があった。
「
「ありがとう、
「ええ、是非とも。……」
「結女様、私のところで今日絞めた
「ありがとう、戴きます」
「どうぞどうぞ、お早めに
道行く村人達はソラを見かけると
だがそんな彼等が去り際。
ソラの
こんな小さな村だ、殆どの村人同士が顔見知りだろうし俺が余所者だという事はすぐに分かるのだろう。
吾郷の態度は直接的ではあったが、稚拙な分それほど悪意は感じなかった。
何より明華の《
学校の学生達はというと、午前はともかく午後は吾郷の
まぁその吾郷のせいというかなんというか、妙な壁が出来てしまったが。
それらに比べて老人達の視線から感じる俺への悪感情は、少し陰湿で露骨だった。
まさか全員明華によって《制御》されている、なんて事も有り得まい。
この村はそもそも余所者に対して排他的なのかもしれない。
「あまり余所者は歓迎されないようだな、この村は」
「そうっすか? 別にみんな普段通りな気がするんすけど。ここの住人って代々御八家に仕える守人なんで、急に他所から来た人間って受け入れがたいんすよ。クオンが敏感なだけじゃないっすかね」
吾郷にはあの老人達が普通に見えているのか、それも吾郷の言う通り俺が気にしすぎなだけか。
「そう、か。そうかもしれないな」
これはもうそういうものだと思って諦めるしかないか。
それはそれとして、気になる点はもう一つある。
村人達のソラに対する態度が引っ掛かるのだ。
結女様結女様と有り難そうに頭を下げ、作物を献上し、頭を下げ、手を合わせる。
彼らのソラに対する言動は、御八家の者をというよりまるで神仏を相手にでもしているかのようなものばかりだ。
「吾郷、村の老人達はソラに対していつもああなのか」
「え、そりゃそうっすよ、結女様なんすから」
結女様だからときたか。
俺もいつの頃からかそう呼ぶようになっていたが、そもそも何故そんな名で呼ばれているのか、理由を聞いた事がなかった。
「吾郷、結女とは何か知っているか」
「そりゃ当然。結女様は俺等の縁を結んでくれてる巫女様っすよ。いなくなったら俺等の縁は繋がらなくなるんす」
巫女。
ああ、言われてみればそうか。
ソラの父親たる純士が
あの神社には恐らく
巫女たるソラを拝む老人達。
ソラは櫃木には守人が居ないとは言っていたが、この老人達こそが櫃木の守人と言ったら良いのかも知れない。
それにしてもこの村に来てから子供と老人ばかりで、働き盛りの大人の姿が村の何処にも見当たらない。
明華達の守人や学校の担任など若者がいない訳ではないのは確かだが、その若者の姿が普段は何処にも見えないというのはどういう事だ。
彼らは一体何処にいて、何をしているんだ。
田舎だからという理由だけではなく、この村の姿はどこか歪な気がした。
周囲の視線を気にして辺りを見渡していると、商店の並ぶ通りの途中に一際大きな家が建っている事に気付いた。
村人達の家とは造りからして明らかに違う。
「ソラ、あれは何だ。誰の家だ」
「あそこは蛇乃目のお家だよ」
「なに、蛇乃目のか。……ああなるほど、これが話に聞く別荘か」
以前父上から、この村の各地には御八家の為の別荘があるのだと聞いた事がある。
御八家の各家が一つこの村に屋敷を構えていて、この村へ来た時だけ利用するのだとか。
昨日御館様達と対面した屋敷もその一つだろう。
勿論
守人もいない大きな別荘に
「……うん?」
蛇乃目の家の前を通り過ぎようとした時、開いた門の隙間から玄関が見えた。
無用心にも玄関は開け放たれたまま。
そこであるものを目撃したのだ。
壁に立てかけられた様々な形をした無数のそれ。
その中の一つは、遠くから見ても確かにあの時の――。
「ふぅむ、随分と排他的な村で御座るなぁむぐむぐ」
「ああ、確かにな……っておい、ちょっと待て」
さっきから大人しいと思ったら。
いつの間にかガランの手には
「うぅむ、生のままでは
「……おい、ガラン。その野菜は何処から持ってきた」
「おぉ、これで御座るか。ほれ、そこに置いてあったんで御座るよ。ちょうど腹が減っておったので助かったで御座むぐぅ」
「こ・い・つ・は」
慌ててその馬鈴薯をガランの口へと押し込む。
村人が見ている中で何をしているんだこいつは。
周囲を見回してみるが、運良く村人には気づかれていなようだ。
ガランの大きな手で馬鈴薯が隠れていたからだろうか。
馬鈴薯が宙に浮かびながら削れていくという珍妙な光景は見られていないようだった。
「まったくこいつは。いいかガラン、二度とこんな真似するなよ。見つからないよう大人しく――」
唐突に感じたそれに振り返る。
商店の立ち並ぶ道から少し離れた雑木林の辺り、そこから突き刺さるような視線を感じたのだ。
繭里や明華達ではない、いやそもそも人間のものとも思えない。
その視線はまるで、獲物を狙う獣のそれだった。
「どうされた、クオン殿」
「視線を感じる」
「ほ、視線? 視線を感じるとは何ぞ? 確かに先程から村人がクオン殿の事を見ておるようで御座るが」
「違う、そっちじゃない。あからさまに悪意の乗った方だ」
「ほ? 悪意の乗った視線?」
ガランには全く感知できていないらしい。
吾郷やソラは言わずもがな、村人の誰一人気づいていない。
この距離からでも感じるこれほどの悪意に、何故皆気づかないのか。
視線を感じた方角にじっと目を凝らす。
生い茂る草木の中で何か、輝く二つの光が確かに見えた。
並んで輝くその光はまるで目のようだ。
いや、目そのものか。
脳裏に浮かんだのは、御神木が焼け落ちた時にいた鬼面の人物の姿。
あの雑木林の中にいるのは、もしかしたら奴なのかもしれない。
ならばどうする。
その視線の主の元へ向かうべきか、それともガラン達の傍にいるべきか。
「ガラン――」
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