第拾参話 彼らの目的


 その後の授業は繭里まゆりの手助けもあって問題なく進められていた。

 ただし、ガランは途中から静かにしている事を完全に忘れていたようで、始終しじゅうソラと話していた。

 ソラもソラで律儀りちぎにガランの疑問に答えていたので、会話に拍車はくしゃが掛かり盛り上がっていたようだった。


「それじゃ、これらの情報を踏まえたうえで、教科書の三十九頁、鎖国さこくに対する各地の反発運動が最も活発になった時代の……」


「鎖国? ソラ殿ソラ殿、この国は鎖国しておったんで御座るか」


「今もだよ。百八十年間、この国は外との交易を絶ったままなの」


「はー、そんな事になっておるとはなぁ。しかしそれは何故?」


「帝が勅命を出したの。外の国との接触を禁ずって」


「う、うぅむ? しかし百八十年間も? その帝とやらももう死んでおるで御座ろうに」


「帝は現人神あらひとがみだから不死だよ。長い眠りと覚醒を繰り返して、二千年以上昔からこの国を治めているの」


「あ、現人神? う、うぅむ?」


 ソラの事だから事前の予習は万全だろうし、ガランに邪魔されようが勉学に支障はないだろう。


 しかし、聞いている限り、ガランはこの国の歴史についても覚えていないらしい。

 鎖国や帝の事さえ知らないとなると、こいつの出生が怪しくなる。

 歴史に疎いとかいう話ではなく一般知識だ、知らない筈がない。


 全く歴史に触れない生活を営んできたと考えるのが妥当だが、字の読み書きが出来るところを見るに学の無い者という訳ではなさそうだ。

 生活するうえで必要な知識は残っているが、自分の事やどんな人生を送ってきたのかという記憶だけが失われているという事なのだろうか。


   ***


 そうして今日の授業が全て終わり下校の時間になった。

 他の生徒達が各々の帰路へと着く中、ふと繭里に先程の礼をしておこうと思い立ち声をかけた。


「繭里、助かっ」


 席に座っていた繭里の方を向いた時、長い前髪に隠れた目と偶然視線が合った。


「……っ」


 かと思えば繭里は即座に目を逸らし、逃げるように教室から飛び出していってしまった。

 呼び止める隙すらなく、呆然と立ち尽くす。

 何故だろう、少し傷つく。


「ははぁ、あれは照れておるので御座ろうよ。さてはあの女子、クオン殿に気があるのでは御座らんか」


「そんな訳があるか。あいつは俺の事をそんな風には思っていない」


 少なくとも警戒心は抱かれている。

 授業中、ずっと背中に視線を感じていたからだ。

 俺の一挙動一挙動を見逃すまいとする視線が絡みついて離れなかった。

 改めて御館様おやかたさまとその配下、とでも言うべき彼らの動向を思い返してみる。

 関わりになりたくなかったが、周りを彷徨うろつかれては無視もできない。


 まず明華あすかだが、あいつが俺への私情で動いているのは明白だ。

 御館様の思惑も少なからず絡んではいるのだろうが、自身の行動を正当化する言い訳にしているふしがある。

 俺の事を計画外だと言っていた事も気になる。


 恋路れんじというと、行動に若干不可解な点が見られる。

 《設定せってい》を駆使すればガランをむざむざ取り逃す筈もないし、ガランを追いかけてきたにしては随分ずいぶんとのんびりとした様子だった事が気になる。

 恐らくはわざと泳がせて学校へと向かわせたのではないか。

 だがそれは何故だ、そして何故あの時明華を連れて引き上げたのか。


 繭里はあの様子からすると俺への監視役だろうか。

 俺がこの村に来る前からソラの後ろの席だったようだから、丁度いいと押し付けられでもしたのかもしれない。


 最後にあのふしだらな女、蛇乃目影子じゃのめえいこだが……そもそも何故蛇乃目の者が御館様の味方をしているのか。

 蛇乃目家の呪いは独善的な博愛主義、特定の家に肩入れする事はなく中立を維持する筈なのだが、見る限りでは御館様一派に与しているように見える。

 もしかしたら異能力の弱い、呪いが薄い分家の出なのかもしれない。


 そこまで考えて、そういえばまだ姿を見ていない家の者がいた事に気付く。

 《遮断しゃだん》の簾縣すがた家だ。

 昨晩さくばんの挨拶の時にも唯一姿を見せなかった。

 父上の話していたしきたり通りなら、この村の中に必ずいる筈だ。


 未だに会っていないのは単なる偶然か、それとも意図して避けられているのか。

 御館様の一派ではあるかも不明だが、もしそうではないのだとしたら姿が見えないのはあまり良い理由ではないだろう。


 村へ来る事は伝わっておらず、父上からは得体のしれない刀を送られ、さらには正体不明の存在ガランをかくまう羽目に遭っている。

 そんな俺は御館様一派からすれば、計画に支障を来す程の障害なのだろう。

 最悪の場合、異能使いを六人相手にする事になるかもしれない。

 ただそうなれば俺は赤子の手を捻るが如く、容易く落命する事だろう。


 御八家の異能はその一つ一つが世界を歪める強大な異能なのだ、ぶつかり合えば怪我なんてものでは済まない。


 御館様一派の行動の鍵となっているのは間違いなくガランだ。

 人ではないモノ、正体不明の存在たるガランを使って何かをしようとしているのか、何かを得ようとしているのか。


「……考えても仕方がないな。ソラ、ガラン、帰ろう」


「お、俺も俺も! 一緒に帰るっす!」


 待ちわびたと言わんばかりの様子で、何故か挙手しながら吾郷が声をあげた。

 聞き耳を立てているのは気づいていたが、俺達が帰るのを待っていたのか。


「お前もついて来るつもりか」


「いいじゃないっすか、それに結女様とももう少しお近づきになりたいっていうか、クオンが一緒なら話し掛け易いっていうか」


「なるほど、俺を口実にしてソラに擦り寄ろうという魂胆か。強かというか何というか」


「へへ、まぁいいじゃないっすか」


 やれやれという風に、その嘘に乗ってやる。

 そうだ、吾郷は嘘をついている。

 ガランを見た時の表情を俺は見逃さなかった。

 まるで夜道で飢えた野犬にでも出くわしたような顔をしていたのを、大声を上げて誤魔化したのだ。


 その後もガランを何度も見ていたし、吾郷は何かを知っていて隠している。

 先程は六人を相手にと言ったが、もしかしたらそこにこいつも加わる可能性があるのだ。

 それにしても。


「さっきから気になっていたんだが、その喋り方はなんだ」


「えっ、だってクオンの方が目上っていうか、凄い奴だから下手に出てるだけっすよ」


 御八家として見るなとは言ったが、それを除外した上でも吾郷にとってどうやら俺は格上扱いらしい。

 実家にいた頃からすると随分過大評価されたものだ。


「……それで下手に出ているつもりだったのか。妙に謙った感じがして気持ち悪いんだが」


「え、そうで御座るか。拙者は良いと思うで御座るがなぁ」


「お前は黙っていろ」


「酷し。いやそれは冗談にしても、別に良いでは御座らんか。人に慕われるというのは悪い事では御座らんし、それに人が多い方が楽しかろうで御座るよ」


「おぉ、でかいやつの方が話分かんじゃん!」


「ははは、そうで御座ろうそうで御座ろう。クオン殿はお頭が堅いので御座るよ、はははは」


 能天気共め。

 軽快に笑うガラン達は放っておいて、教科書や帳面を鞄に仕舞い、帰り支度を済ませる。


「待って、クオン。お父さんに買い物頼まれているから、途中で商店に寄るね」


 今朝純士が託けていた頼み事か。

 日中に色々ありすぎてすっかり忘れていた。


「良いだろう、それなら一緒に付いていこう。荷物持ちくらいは出来る。ガラン、吾郷、お前達も手伝え」


「おっす、任せて下さいっす。結女様の為ならどんな荷物だって運んでみせるっすよ」


「応で御座るよ。ソラ殿の為とあらば拙者この自慢の腕力を惜しみなく発揮するで御座るよ」


「ぐぬぬ」


「ぐぬぬ」


 ソラの前でいい格好をして見せたいのか張り合う二人。

 全く、何をやっているんだか。

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