第陸話 その名はガラン
結局神社の入口まで彼女らはついて来た。
道中、別に野生動物が襲ってくるなどという事はなかった。
むしろ静かなくらいで、田舎とはいってもそこまで動物もいないのだろうか。
立ち去る彼女らの背中を見送りながら嘆息する。
「学校か」
正直気が滅入る。
早々に布団で寝込んでしまいたい気分だった。
だがそうも言っていられない。
まだやるべき事が残っている。
鎮火された御神木の焼け跡を横切り、本殿へと足を運ぶ。
微かに見える明かりに中に人がいる事を確認し、扉を押し開けた。
「ソラ、あれの様子は……」
「いやぁ、ソラ殿のおむすびは格別で御座るなぁ。拙者こんなうまい飯を食うたのは初めてで御座るよ~、はっはっはぁ」
「クオン、お帰り。おむすびがあるよ」
聞くまでもなかったようだ。
入ってきた俺へ振り返るソラと、その前でおにぎり片手に笑うそいつの姿が目に飛び込んできた。
なんなんだこいつは。
紅蓮の武者鎧を纏う巨漢。
最初はそう思っていたのだが、違う。
鎧に見えるこれは恐らく外骨格だ。
甲虫類や甲殻類のような外骨格、それも金属に類する強固な殻が武者鎧のような形をしているのだ。
ソラが台所から持ってきた磁石で試したので間違いない。
それにしても。
焼け落ちる御神木の中から出てきた時は、もっとおどろおどろしい雰囲気だった気がするのだが、今のこいつを見ていると錯覚だったのではと思わざるをえない。
随分と古風な喋り方をするかと思いきや、口調は適当というかなんというか、それらしく喋っているだけのようだ。
というか、待て。
「おい、何故こいつは自由の身になっていておにぎりなんぞ頬張っている。鎖で雁字搦めにしておいた筈だろう」
「え、力んだら取れたで御座るよ」
「お腹すいたっていうから」
思わず頭を抱える。
何をやっているんだ。
この鎧武者が倒れた後。
村人がやってくる前にこの神社の本殿へと運び込み、鎖で縛って隠したのは思うところがあっての事だった。
あの鬼面の怪人や触れた時に見えた光景、そもそも何故あの炎の中から現れたのか。
その諸々の謎を聞き出す為だった。
「それで、何か思い出したのか」
「ふぅむ、それなんで御座るがな、拙者なぁんにも思い出せぬので御座る。根掘り葉掘り聞かれても何も浮かんで来ぬ」
腕組をして首を捻り唸る鎧武者。
鎖で縛り上げたところで目を覚ましたのだが、それ以降はずっとこんな調子だ。
この様子なら今すぐ危険はないかと思い、ソラにも不用意には近づくなと言いつけて出てきたのだが。
『うつ――、い―、助けて――、待って――』
こいつはあの時、確かにソラに向かって何かを言っていた。
うつほ、助けて、待って。
恐らくはそう言っていたのではないだろうか。
何故こいつがソラの名前を知っているのか、何故ソラに助けを求めていたのか。
それは無視し難い点だ。
「本当に何も思い出せないのか、お前の名は、何故御神木の中から出てきた。鬼の面を被った奴に覚えは? そもそもお前はどういう存在なんだ?」
「えぇ~、そんなに矢継ぎ早に質問されても拙者困るで御座るよ。まぁほれ、クオン殿もおむすび食べるといいで御座る」
「能天気かお前……。あと、それはおにぎりだ。おむすびじゃない」
「なに、ソラ殿はおむすびと呼んでおったが」
「おにぎりだ」
「おむすびだよ」
「ほれ、おむすびでは御座らんか」
「……まぁ、どっちでもいい。大した問題じゃない」
「おやぁ、負け惜しみで御座るかなクオン殿ぉ?」
ぶん殴ってやろうかこいつ。
何も思い出せないのでは情報源になりえない。
だがだからといってこいつをほいほいと神社の外に放り出していいものか、悩むところでもある。
間違いなく騒ぎになるだろうし、御館様達がどういう行動に出るか判断がつかない。
彼らの隠している事は、間違いなくこの鎧武者と関係している筈だ。
この本殿はそれなりの広さがある。
奥にはまだ部屋があるようだし、見つからないようもっと奥に隠れていてもらおうか。
そう考えて奥に続く障子を開けようと手を伸ばした時、ソラに服の袖を掴まれた。
それも注意を引こうという軽いものではなく、それ以上進ませないよう捕まえるものだった。
「駄目、クオン。奥の間は駄目」
「何故だ、この奥に何かあるのか」
「奥の間には御神体があるから。私達はそこに入れないようになってるの」
入ってはいけないではなく、入れないようになっているとはどういう事だ。
少し言葉に引っかかるところがあったが、ソラがそう言うのなら大人しく従うしかない。
この様子だとその言いつけは、ソラの中でも上位にある決まりごとのようだ。
従わなければソラは言いつけ通りに動くだろう。
どういう行動に出るか分からない以上、それは避けたい。
「仕方がない、こいつは暫く此処に隠しておこう。ソラもそれで良いな」
「でも、お父さんや御館様にご報告しないと」
拙いな。ちゃんと口止めしておかないといけないようだ。
「ソラ、これは俺達だけの秘密だ。秘密は、他の人には話してはならないんだ。俺達だけで共有しあう情報だ。こいつの事は俺達以外の誰にも話しちゃいけない」
ちゃんと伝わっただろうか。
ソラに秘密について誰かが先に教えてしまっていたなら、その認識を変えるのは少々時間がかかる。
その不安は直後の返事で杞憂だと分かった。
「うん、誰にも話さないよ。わたし達だけの秘密だね。それで……」
鎧武者の方を見て言い淀むソラ。
鎧武者の事を何と呼んだらいいのか困っているのか。
確かに名前がないのは面倒だ。
「こいつに名前が必要だな。それなら」
しばし悩む。
とは言っても特に小難しい名前をつける必要もない。
見たまま、感じたままにその名を口にした。
「お前の名はガランだ」
「ほ、拙者の名は、ガラン……?」
「そうだ、がらんどうのガランだ。何も覚えていない、空っぽだからガランだ」
「ガラン、ガランで御座るか。何やら格好良い響きで御座るな、ガラン。気に入ったで御座るよ、はっはっはぁ」
安直ではあるが、それぐらいの適当さでいい。
ソラに任せれば、犬か猫のような名がこいつに付く事になる。
それに当人も喜んでいるようだし。
「それはそうと、拙者もう眠いんで御座るが。話ならまた明日でもよいで御座ろう。えらく疲れてしもうてな、腹も膨れていい夢が見れそうなんで御座るよ」
手についた米粒を食いながら能天気な事を言う、鎧武者改めガラン。
何処までも我が道を往く奴だな。
ともあれ、確かに夜も更けてきた。
考えるのも行動するのも、明日にしよう。
「おやすみ、ガラン」
「おやすみで御座るよ、ソラ殿にクオン殿」
手を振るソラに、同じく手を振り返すガランを見て思う。
妙な奴だ。
だが、悪い奴ではないと思う。
初めて遭遇した時の様子や、触れた時に見えた光景など不可解なところはあるが、それでも何故だろうか、信用に足るという確信があった。
それも含めて、妙な奴だ。
「クオン、どうしてそんな顔してるの」
「どうして、とは?」
「……ううん、なんでもない」
俺の顔がどうかしたのだろうか。
こうしてこの村に来て最初の、長い長い一日が終わった。
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