第伍話 監ているぞ(修正版)
「まぁ待ちぃや、クオン」
神社への帰り道、後ろから声をかけられしぶしぶ振り返った。
屋敷を出てしばらくしてからぞろぞろと後をついて来る足音がしていたので、何者かがついてきていることはわかっていた。
が、先程のやり取りで若干げんなりとした気分だったので無視して帰ろうと思っていたというのに。
振り返ると、先程御館様のそばにいた俺と同じ年齢ほどの少女と、それに寄りかかっている二十歳半ばの女、そして見覚えのない侍女らしき二人が少し離れてついてきていた。
「なんだ、まだ用があるのか」
「んー、ちょっとなぁ。うちのこと覚えてぇへんかな。ほら、《消失》の
その問いに答えたのは年上の女の方だった。
近づいてきたかと思えば馴れ馴れしく肩に手をかけてしなだれかかってきた。
街でもそうそう聞くことのない、なんとも癖のある喋り方だ。
どうやらこれがこの女の普段の調子らしい。
先程のように黙って口を閉じていれば美人で通るだろうが、これはなんともみっともない。
「んーふふ、おねーさんが色々教えてあげよう思うてねぇ。この村の事とか、大人のあれこれとか、色々知りたい年頃やろ?」
まるで遊女のようなことを言う蛇乃目の女。
こんな女でも同じ御八家の人間だ。
……いや、もはや家など関係のない身だろうに、気にする必要もないか。
肩にかかった手を払い落とす。
「いや、断る」
「あらぁ、即答なん。つれへんなぁ、こうして女が誘っとるいうんに。据え膳は食えへんっていうん?」
「あからさまに毒が仕込んであると分かる膳など食う気にならん」
一見頭の足りない女のように見えるが、何を考えているのか分からない、分からせないでいる。
様子を探ろうとしても、何故かあやふやな実態しか掴めない。
それが異能によるものか、それとも女自身の性格によるものなのか。
どちらにせよ本心が見えない女など信用ならない。
そこまで考えて、何を今更と思い苦笑する。
そんな本心の分からない女の為に、俺はこの村へ来たんだろうに。
「ちょっと蛇乃目、用があるのはあたしの方なの、邪魔しないで」
一緒についてきていた少女がいらだたしげに口を開く。
いや、様子からしてこの少女に蛇乃目が付いてきたようだ。
この少女には見覚えどころか、ある程度の面識がある。
《制御》の家の長女だ。
異能の力は妹に劣る為、世継ぎに選ばれず御館様の監視に送られたのだろう。
向けられた視線からはあからさまな敵意がにじみ出ていた。
隠し様のない怒りと憎しみ。
いや、隠すつもりも何も、彼女はそれを隠すことなどできないのだ。
「あんた、なんでここにいるの」
「……理由はさきほど話したはずだが」
「だから言ってんのよ。なんであんたここにいるの。あんたが向かうべきは
「……。俺と夜宵の婚約は、俺が勘当された事で解消された。もう俺は夜宵の
明華の妹、千鎖家の世継ぎである夜宵という少女と俺は許嫁の関係にあった。
家長同士が勝手に決めたもので、互いに顔を合わせて話した事など数えるほどしかない。
そのわずかな接触の中で見た明華は、もっと穏やかな表情をしていたはずだ。
それが今
「それはあんたの勝手な思い込みでしょ、夜宵は家のこととか関係なしにあんたのこと想ってたのよ! それなのにあんたがそれをほったらかしにこんなところに来て、あの子がそれを知ったらどうなるか想像もできないの!?」
「明華様、落ち着いて下さいませ」
「これが落ち着いていられるかっていうの!」
怒りのままに飛びかかってきそうな明華。その彼女を
御八家は異能を操る者達の中でも特異な存在だ。
遺伝する異能しかり、そしてその歪んだ人格しかり。
御八家の異能者はこぞってその精神になんらかの問題を抱えている。
父上はこれを血の呪いであると言っていたか。
その異常の傾向は一族によって決まっている。
たとえば《消失》の蛇乃目家は独善的な博愛主義、そして《制御》の千鎖家は己の感情を抑えられないというものだ。
そういった精神異常が重度である者ほど総じて異能が強大であり、血筋が濃いのだと言われている。
そのため、一族の世継ぎは長子ではなく異能の強大さで決まる。
より強く濃い血を残す為に。
もちろん、御剣の家にも精神異常は存在するし、一族の人間である以上はそれから逃れないはずなのだが……俺は己の精神異常を自覚できずにいる。
異能の弱さと比例してか、その
ともかく、まともに生活も送れない者も少なからず存在するわけで、それゆえに一族の者には守人と呼ばれる従者がそばに就く。
守人、などという名前ではあるが実のところはただの
異能を操る御八家の人間に護衛などまず必要ない。
そしてこの日暮子村こそその守人を育てるための、御八家のための村なのだ。
村人はすべてが守人となるべく育てられ、守人になれなかった者も様々な形で御八家のために尽くすことになる。
「もう用は済んだか。俺は帰らせてもらう」
明華や彼女の妹に対して負い目を感じないわけではないが、それよりも優先すべきことがあった。
だからここにいるのだ。
これ以上問答を続けても、どちらも満足する回答は出てくることはない。
もう心は決まっているのだから。
「まぁ待ちぃな。夜道は危険やからな、うちらがついてってあげるわ」
「不要だ。子供でもないんだぞ、それに先程の刀もある。己の身くらい己で守れる」
こんな田舎の村だ。大方夜には狼や熊でも出てくるのだろう。そんなものに遅れをとるほど弱くはない。
「……そぅお? それやったら、ってわけにもいかへんのよ」
「監視か」
「さぁ、どうやろねぇ」
へらりとだらしのない笑みを浮かべる蛇乃目。
好きにしろと言い捨て、神社への道を急ぐことにした。
どういう理由があるにしろ、目を付けられているのは気分のいいものではない。
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