第52話 ポリス・イン・ワンダーランド7

 警備本部は遺失物や拾得物への対応でてんやわんやになっていた。基本的に緒方が拾得物件の受付や返還の書類作成をして、犬飼が渡された拾得物に番号のタグをつけ、箱に入れた拾得物から返還する物を探して緒方に渡す。

 その一方で何かを失くしましたと申告してくる来場者も後を絶たないので、それはユリウスが遺失届を作成する形でどうにかこうにか回っていた。


「これは拾得457番の鍵! 犬飼部長、その箱にあるから取って!」

「緒方課長!   鍵の拾得物いっぱいありすぎてどれか分かんねーんすけど! !」

「じゃあ箱ごとちょうだい!  ユリウス君! こちらの方の遺失届お願い~!」

「了解です! お待たせしまし……た……」


 花火の音で逃げてしまい、警備本部に保護されていた犬を無事に飼い主の元へ返してから、遺失届出をしに来た来場者の元へ急いで向かうと、ユリウスは思わぬ珍客に眼を丸くした。


「あ、えーと、チカにゃんさん……ですよね?」


 大きめの地味なグレーのパーカーを羽織っているが、パステルカラーの衣装とブーツがはみ出ているのと、フードを被っていても形が解る大きめの猫耳は隠そうにも隠せない。


「あっ、ハイ! ご存じなんですかぁ~!? 嬉し~! !」


 その声に、彼女の後ろにいた男達がスマートフォンで写真を撮ろうとしたのを、ユリウスは眼に留めた。


「あの、すいません! こちらは警察署の警備本部 で、一般の方もいらっしゃいますので、撮影はご遠慮ください」


 ユリウスの言葉に、野次馬の男達はむっとしたような表情を作って、渋々離れていった。それを見ていた小柄な猫耳ネットアイドルは驚いたように大きな眼をぱちくりとさせて、こちらを見つめていたので、何か粗相をしてしまったかと慌てて小さく頭を下げた。


「すみません。出過ぎた事でしたか?」

「とんでもない!  ありがとうございました!  あたし、マネージャーさんとか事務所とかそういうのないんで すごく助かりました!」

「え、そうなんですか」


 彼女は事務所に所属せず、マネージャーも雇わず、営業から動画編集から全て一人でこなすという。思った以上に礼儀正しくて、好感が持てた。


「何か失くしものをされたと伺いましたが……」

「そうなんです! えーっと、ペンダントで、紫色の石が付いてる……」

「んん……?」


 言われた通りの特徴を書き記していく。何処かで同じような物を見た気がする。


「あ!」

「えっ」


 ユリウスの声にチカにゃんの猫耳がびくりと震える。急いでポケットからポリ袋に入れてあったペンダントを取り出す。


「あーーっ!!! これです!!!」

「ああよかった気が付いて。警備中に僕が拾ったんですけど、色々あって忘れてて……すいません遅くなって」

「そんな!  ありがとうございます! 親友から貰った物なんでホントに見つかってよかったぁ〜!」


 涙すら浮かべながら仕切りに頭を下げられて、ユリウスはなんだかこそばゆくなった。警察官になってからまだ一年にも満たないが、文句や不平不満をぶつけられる方が遥かに多かったし、あまりお礼を言われるのに慣れていないからだ。


「あ、いえ。仕事ですので……えーっと、こちらの書類に住所と氏名連絡先をお願いします」


 ボールペンを手渡すと、彼女はにっこり笑って書類に可愛らしい文字で書き始めた。氏名を見てユリウスが声を上げる。


「ええと【佐伯チカ】さん……チカにゃんさんって本名で活動されてるんですね」

「ああ、分かり易く改名したんですけど、チカって名前、気に入ってて……あれ?」


 チカがユリウスの隣にちょこんと座っている少女を見て首を傾げた。


「この子、どうしたんですか?」

「ああ、迷子なんです。お兄ちゃんと来たって言うんですけど、まだ見つからなくて……」

「そうなんだ……はーい!皆さんこんにちは! チカにゃんだにゃん! お名前は?」


 動画で観るようないつものノリでチカが問いかけると、少女は眼をぱちくりさせてから、口を開いた。


「……ちか」

「わ~! チカにゃんと同じ名前だにゃ~! 嬉しいにゃん!」

「凄い!  僕達でも名前分からなかったのに」


 流石、子供から若者に人気のネット動画アイドルの名は伊達ではないようだ。既に少女、ちかは彼女に警戒心を解きつつあった。


「ありがとうございます。名前が解れば、家族もすぐ見つかると思います」

「でも、ちかちゃんのお兄ちゃん、まだ来てないんですよね?」


 その問いにユリウスは頷く。すると彼女は驚くべき提案をした。


「じゃあ、あたし、暫くちかちゃんと一緒にいますよ。お巡りさん達、忙しいでしょう?」

「え、でも……」

「大丈夫です! もうあたしの出番終わったんで! 後は帰るだけだし、お巡りさんにはペンダント拾ってくれたお礼もしたいので!」


 ありがたい提案ではあるが、ユリウスだけの意向では決められない。


「では、課長にちょっと聞いてきますね。僕だけでは決められないんで……」

「はーい! わかりました! あ、ちかちゃん、髪の毛そのままだと暑いでしょ。可愛くしてあげる!」


 未だ他の事案に対応しながら無線で忙しなく指令している地域課長に判断を仰ぐのは気が引けたし、正直怖かったが、あまりの忙しさに杉本地域課長は「仕方ありません。こちらも手一杯ですのでお願いしましょう」と意外なほど簡単に了承した。

 ホッとしながら二人の元へ戻ると、チカが、少女の長い髪を自分が着けていた猫の顔がついた髪ゴムで結んでいる所だった。ちかはとても嬉しそうにしている。その姿にほっこりしていたが、チカの表情がみるみる翳ってゆくのに、ユリウスは気づいた。チカは彼女の首辺りを見て驚いたように口元を抑えている。


「ちかちゃん……!」

「どうしました……っ!?」


 長い髪を二つに結ばれて、ちかの細い首筋が露わになっていた。それを見て、ユリウスは愕然とした。

 首筋に点々と丸くつけられた其れは、明らかに煙草を押し付けられた、火傷の痕であった。




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