第49話 ポリス・イン・ワンダーランド4

「テメェお巡りテメェふざけんなよコラああん? 泊まる所がねーから知ってるか声かけただけだっつうの」

「はいはいはいはい。落ち着こう落ち着こう。女の子達怖がってるから」


 慣れたようにワーウルフ(人狼族)の警察官、犬飼が泥酔して怒鳴り散らす若者達を宥めている。

 女性客に執拗に絡んでいたのを注意したらこのザマである。酔っ払い絡みのトラブルの扱いはもう3件目だ。ユリウスもうんざりしながら同じように絡んでくる仲間の男達を宥めていた。


「てかさっきの犬のお巡りじゃねえかよ! ギャハハハハ!」

「お巡りさんはねぇ~。犬じゃないんだよ~。ワーウルフっていうんだよ~」


 鼻ピアスをした若者がゲラゲラ笑いながらスマホのカメラを向けた。平静を装っているが、黒く艶やかな獣毛に覆われたこめかみに青筋が浮かんでいる様な気がして、ユリウスが「あ、まずい」と口に出そうとした時であった。


「……おや、いつぞやの若き憲兵ではないか」


 背後から特徴的な美しいテノールが聞こえて、思わず振り返る。

 犬飼をも凌ぐ長身に、かなり上等な黒いスーツ姿。そして、その相貌は月よりも青白く、瞳は禍々しく紅く光っている。

 漆喰が罅割れたような唇からは鋭い牙が覗いていた。あまりの異様な姿に、若者達はあんぐりと口を開けて動きを止めた。


「あ、ルーファスさん!! 」


 以前、廃墟の病院で発生した異常発報へ臨場して出会った、ヴァンパイアのルーファスだった。数百年を生きる純血のヴァンパイアは、その恐ろしげな風貌に似合わないチラシを手にしている。

 其処には「ゲストハウス 【ナイトメア】 ニューオープン!!!!」と可愛らしいフォントで書かれていた。


「うむ、良く勤めておるようだな。漸くゲストハウスを開業してな。宣伝がてら来てみたが、皆近づいて来ぬのだ」


 隠遁生活に飽きた彼は、お笑い芸人を目指して一族を飛び出した玄孫が心配で、この地に廃病院を改装したゲストハウスを開業する為に来たのだ。

 ユリウスはルーファスの姿に怯えて遠巻きに此方を見つめる来場者達を見て苦笑いをした。


「商工会のテントにチラシを置いてもらえるか頼んでみましょうか……あ、あとこちらのお兄さん達、今日泊まる所が無いみたいですよ」

「何!? まことか!?」

「そうだったよねぇ。お兄さん達?」


 ニヤニヤと犬飼が言うと鼻ピアスが「あ…う」と怯えたように呻いた。

 ぐるり、と紅い眼が、先程までユリウス達相手にイキリ散らかしていた若者達を捉えた。たちまち蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。


「人間の客人は初めてだな! さぁ、ついてくるがよい! 今宵は盛大にもてなそうぞ! 何をしておる、さぁついて来い!」

「良かったねぇ。泊まる所決まってさぁ」

「廃病院を改装した新しいゲストハウスですから、綺麗ですよ。良かったですねお兄さん達」

「何から何まで感謝するぞ憲兵達よ! さぁ宴だ! ふはははははは!」


 高笑いをしながら歩き去るヴァンパイアに、青い顔で断頭台へ向かう囚人の如くついて行く若者達の背中を、ユリウスは微笑ましげに見送った。


「……もてなしの料理【が】アイツらじゃねぇよな」

「血よりハンバーガーとポテトが好きって言ってたんで多分大丈夫だと思います……」


─────


 イベント会場でのトラブルを皮切りに、怒涛の如く発生し始めた事案に、ユリウスは既にへろへろだった。


「舐めていた……祭礼警備……」


 警備本部のパイプ椅子に腰かけてげっそりと呟けば、隣にいた犬飼と毒島がペットボトルのお茶を飲みながらゲラゲラと笑った。


「いたた……今日初めて座ったよ……」


 慣れない警備靴で靴擦れになりそうだ。警察官の靴は支給である。普段の勤務中は普通の革靴なのだが、こういった警備業務の場合、半長靴、いわゆる警備靴を着用する。日常的にあまり履くことが無いので靴擦れになってしまう事が多い。

 既に7人の迷子を警備本部に送り届け、6件の酔っ払い同士の口論を収め、2件の盗難被害を処理して今に至る。腕時計を見るとまだ19時にもなっていない。


「お疲れ様でした。ガーランド君、そこの箱にお弁当がありますから食べられる時に食べてください」


 無線番をしていた杉田地域課長が、この蒸し暑さに関わらず汗一つかかずそう言った。


「あ、頂きます。お腹減ったー…」


 クーラーボックスからプラスチックの弁当を取り出して蓋を開ける。中には太巻きと稲荷寿司が数個だけ。典型的な助六寿司である。

 もうちょっと違う中身を想像していたユリウスは物凄くガッカリしていた。


「去年は焼肉弁当って聞いてたのに……」


 目の前のケバブの屋台を哀しみに満ちた顔で眺め、せめて匂いだけでも肉を感じようと冷えすぎて硬くなった稲荷寿司を口に運ぼうとした時だった。

 ぎゅるるるる。と言う音と共に4歳くらいの青いサマーワンピースに白いサンダル姿の可愛らしい女の子がじぃっとユリウス、ではなく稲荷寿司を見つめていた。

 思わず口を開けたまま固まるユリウスに、女の子が口を開いた。


「お腹空いた」

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