第48話 ポリス・イン・ワンダーランド3

 イベント会場からネットアイドルチカにゃんの歌声に、子供達の歓声や、露店の発電機の音が入り混じる。お好み焼きやたこ焼きのソースの香りや、綿あめの甘い香りが漂ってきて、ユリウスの空腹に拍車がかかる。

 目を逸らそうとして、運悪くローストビーフ丼等という看板を目にしてしまった。


「うう……お腹減ったな」

「俺も……今の屋台はローストビーフ丼なんて売ってんのかよすげーな……」


 腹を減らしたワーウルフと人間の警察官は会場の様子に気を配りつつ、美味しそうな匂いを吸い込んで空腹を紛らわせる。すると、ユリウスの下ろし立ての真新しい警備靴(半長靴)の爪先にこつり、と何かが当たった。


「ん? 何だろコレ」


 屈みこんで、爪先に当たったモノを手に取る。小指の先くらいの綺麗な紫色の石があしらわれたタリスマン型のネックレスだ。


「落とし物かな?」

「後で警備本部に届けようぜ。これからどんどんこんな拾得出てくるからよ」

「そうですね」


 祭礼警備に落とし物は付き物だ。迷子も迷子犬も同じくらい増えて、警察官達はその対応に忙殺される事請け合いである。

 ユリウスがネックレスをチャック付きポリ袋に簡単に拾った場所と時間を書いたメモと一緒に入れると、ポケットに仕舞った時であった。


≪警備本部から各員≫


 警備について15分も経っていない。二人は溜息を吐きながらイヤホンから流れる無線を聞く。


≪イベント会場内において、数人の観客同士のトラブルが発生。係員が対応中であるが、興奮して手が付けられないとの事≫


 その言葉に、犬飼が顔を顰めてユリウスを見た。同じくユリウスも渋面を作っていた。嫌そうに犬飼が無線を取った。


「しゃーねー、行くかあ……あー、こちら会場警備C班、イベント会場へ向かいます」

≪警備本部了解。宜しく願います≫


 陽が沈んでから更混み合って来た会場の人波を縫う様に、イベント会場へ向かった。



「だから煩いって言ってるんだよ!!」

「チカにゃんの歌が煩いってどういうことだコラァクソジジイ!」


 イベント会場の隅で、黄色いジャンパーを着たスタッフ達に囲まれながら数人の男達が言い合っていた。

 ひとりは60代半ば、紺色の、ブルーインパルスの帽子をかぶった男性。対するは3人の若い男達であった。3人全員がチカにゃんのグッズを身に纏っている。熱心なファンなのだろう。


「すいません。境島署です」


 人の輪の後ろから犬飼が声を掛ける。困惑したようにそれを見つめていたスタッフの一人が気づくと、安堵したようにユリウス達を見た。


「ああ、良かった。お巡りさん。ライブ会場であのお爺さんがいきなり煩い黙れと叫び出して、他の観客と口論になってしまったんです」

「成程……じゃあ別々に話聞きますんで、ちょっといいですかね。ユリウス、お前あっちの爺さんの話聞いてくれ。俺はあいつら相手にするから」

「了解です」


 はいはい落ち着いて落ち着いて、と犬飼は今にも相手に殴りかかりそうな若い男達を落ち着かせながら誘導した。彼等は真っ黒な狼頭の警官に一瞬ぎょっとなり、気勢を殺がれたように大人しくなった。

 だが、高齢男性の方はというと、未だ憤懣やるかたないといった風にユリウスをじろりと睨み付けた。


「こんにちは。境島警察署の地域課のガーランドと言います」


 努めて冷静に穏やかを心がけながら声を掛けるも、男性はユリウスがまだ若いと見て不満そうに鼻を鳴らした。


「先程、事の次第はスタッフさんからお聞きしました」

「……」

「どうして、そんな事をしたんでしょうか」


 問いかけるも、男性はずっと俯いて黙り込んだまま何も言わない。

 はてさて困ったと、ユリウスが溜息を吐こうとした時、ぼそりと呟く様な声が聞こえた。


「……が、聞こえねぇからだ」

「え?」


 聞き返そうとした時、男性がこちらを向いた。先程の頑固そうな表情が一変、酷く弱弱しいものになっていた。

 突然の豹変に戸惑っていると、男性が「申し訳ない」と頭を下げた。


「判ってるよ。アンタらも、あの嬢ちゃんも仕事でやってるってことは。悪かった」

「え……あの」


 予想に反して、男性はスタッフや若者たちに謝罪し、和解をした。煌びやかなステージではネットアイドルのチカにゃんが新曲の『炎上・悪口ノーセンキュー』を歌い始める。騒動などなかったかのように観客席は盛り上がり始める。

 とりあえずその場は収まったが、ユリウスは何故か先程の男性の態度が引っかかっていた。

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