第45話 騎士団長のお仕事 6

 夕食後、アレキアスは泊まっていけ、夜通し話をしようじゃないかなどとユリウスを困りに困らせた。食卓を共にしていた騎士達は微笑ましい光景を見るような目で一向に止めないので、ユリウスの眼は最後の方は殆ど死んでいた。

 挙句の果てに大量の土産を用意してきて、ユリウスはそれを固辞しつつ、酒に酔い駄々をこね、纏わりつく国王アレキアスを無理矢理に引っぺがしてぐったりしながら帰還した。


「という事があったんです」


 ユリウスは黒田に書類を手渡しながら疲れたように言った。


「成る程。副団長さんは叢雲たん推しか」

「話聞いてました?」


 黒田は己の興味のある所しか聞いていなかったようだ。


「ん? ああ。聞いてた聞いてた。オッケーこれで申請受けるわ」


 軽くあしらわれて、ユリウスは若干しょんぼりしながら窓口を後にしようとした。だが「ガーランド君ちょぉっと待って!」と背後から呼ばれもんどりうって倒れそうになる。


「な、何……ですか?」


 振り返れば大層真剣な表情をした黒田がこちらを見ていて、ユリウスはぎくりと身を強張らせた。


「このクリアファイル……どこで手に入れたのか、副団長さんに聞いてくれない……?」


 その手には、先程書類が入っていたクリアファイル。ソーシャルゲーム、レジェンダリーアームズのキャラクター、黒田の一番の推しであるエクスカリバーが描かれていた。


 ――――――


 ユリウスは小型二輪車(ビジバイ)に乗り青空の下を走っていた。大分暑さも緩み、爽やかな風が全身を包んで心地が良い。さわさわと黄色く色づき始めた稲穂が波打っている。もう少しで新米の収穫の時期が来るだろう。畔(あぜ)で作業をしている人々を見ながら、ユリウスはもうすぐこの青い夏服から衣替えだな、と考えながらバイクを走らせる。

 このまま何も無ければ爽やかな空の下を巡回して帰れるのだが、今日はそうはいかない。

 ガーランド王国近衛騎士団挙げての撮影のリハーサル、もとい行軍訓練の日だ。

 下手をすればもう既にSNS等で拡散されているかもしれない。


(確かもう出発してるはずだけど、大丈夫かな……)


 そんな不安を胸に法定速度を遵守して走っていると、すぐに異様な集団が目に入った。

 陽光の元で銀色に輝く鎧を纏った騎士達が隊列を組み歩いている。騎兵、重装歩兵、軽装兵とバリエーションも豊かだ。先頭には一際目立つ白金色の全身鎧の騎士が堂々と黒い愛馬に跨り、白いマントを靡かせて一団を率いていた。その隣をコンバインがディーゼルエンジンのけたたましい音をたてながら通りかかり、運転席の男性が口をあんぐりと開けながら通り過ぎてゆく。

 傍目から見れば、非常にシュールな光景である。

 ユリウスは先頭に向かってバイクを走らせる。隊列から上がる「おお、殿下だ」「本当に警察官だ!」「殿下!」という声に苦笑いしながら、先頭のオスカーに向けて声を掛けた。


「お疲れ様ー! オスカー! 来たよー!」


 その声に白金色の騎士が振り向き、兜の面頬を上げた。


「おお殿下! 皆の者! ユリウス殿下がお出でになったぞ!」


 隊列から歓声が上がる。丁度下校の時間なのか、小学生の一団が道の反対側で「すげー!騎士だ!めっちゃ騎士いる!」とはしゃぎながらこちらを指差している。

 騎士たちの士気をなおも上げようとする騎士団長に向かい、ユリウスは「オスカー、恥ずかしいからやめようマジで」と真顔で止めた。


「見事な快晴ですな! よい訓練日和だ!」


 オスカーの無駄にデカい声が、総合運動公園のグラウンドに響く。

 真新しいトラックの白線が引かれたグラウンドの中央には、二つの陣営に分かれた騎士の一団。

 片方を率いるのは、副長であるセシル・クレール。そしてもう片方を率いるのは見た事の無い若い騎士だった。

 緊張で強張っているが、精悍で端正な面立ちは、どこかで観た事があるような、そんな気がする。


「あれ? あの人は?」


 ユリウスはグラウンドの隅に設置された簡易テントの中で訓練風景を見つめているオスカーに問いかけた。境島市とでかでかと書かれた白いテントと長椅子、パイプ椅子は借り物だ。重厚な騎士たちの戦闘訓練の筈なのに、どうにも運動会感が出てしまい、妙な気分である。


「ああ、今度の映画に主演する俳優だそうです。感心な事に我が騎士団で役作りをしたいという事で暫く共に訓練をしていましたよ。確か、○○という作品に出てたらしいです」

「げっ、めちゃくちゃ有名な人じゃん……」


 最近話題になった、アメリカンコミックヒーローを描いた大作映画で注目された新人俳優だ。テレビでよく出る名前に、ユリウスも驚いた。


「歩兵前へ! ダイヤモンド隊形!」


 セシルの鋭い下知がグラウンドに響く。歩兵が整然と移動し、横長のひし形の隊形を取った。


「盾を構えろ!」


 分厚い盾を騎士たちが構え、鉄の壁を作り上げる。その隙間からは槍の穂先が覗いていた。初めて見る騎士団の模擬戦にユリウスは感心した。警察学校の警備訓練が遊びに見えるくらいである。それくらいに、本職の騎士達には迫力があった。

 若い騎士が馬上で剣を頭上にかざして何やら叫ぶ。騎兵が前に動き出し、3列ずつ等間隔に並んでゆく。

 セシルもバトルアクスを振り上げ、騎兵を動かす。その背丈程もある戦斧は、一振りすれば馬の首も両断できる。その凶悪な重さの得物を軽々と振り回す彼女の膂力を考えただけでも背筋が凍りそうだ。


「攻撃!」


 両陣営の騎兵が真っ向から激突する。馬上槍がぶつかる激しい音が離れたテントまで聞こえてくる。

 次に歩兵が動く。側面に回り込んでいたセシルの歩兵が方陣を組んでいた相手方の歩兵にぶつかって、鋼の盾同士が高い音をたてる。


「これ、怪我人とか大丈夫なの?」

「盾は本物ですが、武器は全てプラスチックとウレタン製なのでご安心ください」

「あ、そうなんだ……」


 オスカーの言葉にホッとしたのも束の間、無線から高い音が響いた。ユリウスにとって何よりも嫌な音である。

 ちょっとごめん、とオスカーに言い置いて、訓練の音にかき消されないように、ボリュームを上げた。


≪至急、至急。Ⅰ県本部より各局。○○地内○○のコンビニエンスストア○○にて強盗事件発生。マスク姿の刃物を所持した男が店員を脅し、現金7万円を奪い車で逃走。店員に怪我はない模様。車両にあっては黒の○○(車名)。現在県道○○を東へ逃走中。発生時刻にあっては13時56分。特別緊急配備を発令とする。なお、被疑者は刃物を所持しており、臨場の際、受傷事故には十分に気を付けられたい≫


 キンパイだ。重要事件が発生した場合、被疑者の早期検挙の為に最大限の警戒要員を配置して行われる配備である。この場合、県内の警察官が管轄に関係なく、当該事案の為に動くことになる。ユリウスも例外ではない。

 しかも○○地内のコンビニは他署管内だが、ここから近い。県道をまっすぐ進めば着いてしまう。


「オスカー、ごめん仕事が入ったから……」

「お巡りさーん!!!」


 オスカーに断りを入れようとしたら、運動場の管理を市から委託されている男性が慌てたように体育館の方から走ってくる。かなり焦っているような表情で、尋常な雰囲気ではないのが一目見て分かった。


「どうしました!?」

「今、変な車が!凄いスピードで敷地内に入ってきて、ぐるぐる敷地を走り回っとるんですわ」

「どんな車でしたか!?」

「黒い……ええと、軽のありゃなんだ、ステップワゴンって言うのかな?」


 嫌な予感が的中した。発生時刻と発生場所から考えると、十分に考えられる。ユリウスは管理人の男性に事務室がある体育館に全員を避難させて鍵をかけるように言った。


「オスカー! 僕行かなきゃ……」

「殿下、我が騎士団が力をお貸ししますぞ! 訓練中止! 総員整列!」


 オスカーの号令で全ての騎士団員が一斉に整列し武器を胸の前で掲げる。まるで映画のワンシーンのような胸が熱くなる光景だが、ユリウスにとっては非常に不安でしかなかった。


 管理人が最後に車を見たという場所に行くと、確かにだだっ広い駐車場内をぐるぐると走っている不審な車がある。

 それもその筈、管理人が機転を利かせて駐車場の入り口を封鎖したのだ。唯一の出入り口を封鎖されて、余程焦っているのか、すごい勢いでアクセルを踏んだり、急ブレーキをかけたりを繰り返している。

 駐車場からグラウンドへ至るには、体育館を両側から回るしかない。騎士たちは、その両側を封鎖するように待機していた。

 植込みの陰から、ユリウスが様子を伺う。一応この現場では唯一の警察官であるため、彼等よりも先に被疑者を確保する為に動かねばならない。既に無線で本署へ連絡を取っていたが、到着するのに後数分はかかるだろう。

 すると、ぐるぐる動き回っていた車両が遂に止まった。

 その隙を見て、ユリウスは警棒を手に運転席側の窓へ向けて駆け寄る。


「止まれ! 警察だ!」


 運転席の男がこちらに驚いたように顔を向け、ハンドルを握ろうとした時であった。

 地鳴りのような馬蹄の響きと、野太い咆哮が、駐車場に響き渡った。


「総員、身命を賭して殿下をお守りしろ!」


 巨大なバトルアクスを手に、猛然と赤毛の乗騎で駆けてくるのは、近衛騎士団、鬼の副長セシル・クレール。その赤毛の愛馬の名はサジタリウス。その名の通り矢の如く戦場を一直線に走り抜け、鉄をも溶かすドラゴンの炎すら恐れない。

 車がアクセルとブレーキを同時に踏んだように、大きくガクンと揺れる。

 その後ろには、全身を鎧と盾、剣や槍で武装した騎士達総勢200余名。鋼鉄のサバトンがアスファルトを踏みしめる音の群れがこちらに近づいてくる。

 運転席の男の表情が、恐怖に凍り付いていた。確かにこんな辺鄙な田舎の総合運動場で、フル装備の騎士の大群に襲われるなど誰も想像すらできないであろう。


「殿下ァアアあ!」


 セシルの雄叫びと共に、軽自動車のボンネットへ赤毛の馬の蹄がばがん、という音を立てて乗り上げる。

 これにはユリウスも唖然としながら、それを見つめるほかなかった。


「貴様ァ! 悪事を働き、尚且つガーランド王国王弟殿下への不敬、万死に値する! その素っ首、近衛騎士団副長セシル・クレールが刈り取ってやろうぞ!」


 甲高い嘶きを上げて、サジタリウスがもう一度前脚でボンネットを踏みつける。鉄板がまるで紙のようにぐしゃりとひしゃげ、運転席の男がびくりと震えたのが見えた。よく見れば、泣きながら手を合わせている。

 無理も無い。馬に乗った隻眼の女騎士が巨大な斧を振り回して睨み付けて来て、鋼鉄の壁の如き騎士の群れに取り囲まれているのだ。いくら武器がプラスチックとウレタン製だからと言っても、その恐怖は筆舌にしがたいものがある。

 ユリウスは若干ではあるが、運転席の男に同情した。


「セシル、落ち着いて! ほら皆もちょっと離れて! はーい境島警察署でーす! 降りられますかー!」


 騎士達を車から離れさせ、両手を合わせて震えている男を落ち着かせるように優しく話しかける。すると、男は震える手でドアを開けて転がり落ちるように出て、泣き叫んだ。


「お巡りざぁああああん! だずげでぐださいぃいいい!」


 その後、ユリウスと駆け付けた境島署員に犯行を自供した男は、現行犯逮捕された。住所不定無職の40代の男で取り調べに対してこう供述している。


「パチンコに行く金が欲しくてやった。運動公園に逃げ込んで警察を撒こうと思ったが、出口が分からなくなった。そうしたら、馬に乗った騎士の集団に追いかけられて恐ろしかった。死ぬかと思った。お巡りさんが来てくれて本当によかった」


 ――――――


【白昼の捕物劇!? 映画の撮影か? 騎士団がコンビニ強盗犯を御用】


 ユリウスは、警察署の電話交換室で、朝刊の見出しを見ながら溜息を吐いた。一面にはでかでかと軽自動車を囲む騎士達と、馬に乗り、ドヤ顔でカメラ目線のオスカーとセシルの写真。その後ろの方で小さく制服姿の警察官が泣き喚く男を宥める姿も写っている。


「それ、お前だろ? いいね遂に全国紙にデビューか」


 丁度通りかかったワーウルフの犬飼巡査部長が隣から覗き込んで面白そうに笑う。


「勘弁してください。新聞記者いるなんて知らなかったんですよマジで……背中でよかった」

「そういや、今日感謝状贈呈の為に来るんだろ? 騎士さんたち。写真撮らせて貰えるかなー。俺、近衛騎士団の鎧カッコイイから好きなんだよねー」

「いいんじゃないですかね。オスカーに言っておきますよ」

「さすが王子様!やったぜ!」


 外部の人間が警察活動に貢献した場合、警察署長から感謝状が贈呈される場合がある。今回、強盗犯の逮捕に一役買った騎士団に対して感謝状が贈呈されることになっている。

 はしゃぐ犬飼を尻目に、写っているのはPOLICEと書かれた耐刃防護衣の背中だけでよかったと、思ったのも束の間、俄かに窓口が騒がしくなった。


「失礼、お嬢さん方。私はアレキアス・フォン・ガーランド。署長殿はおられるかな? ああ、怪しいものではないよ。ここに我が弟が勤務していてね」


 ぞろぞろと甲冑姿の騎士を引き連れ、深紅の天鵞絨(ビロード)のマントをたなびかせた、やたら派手な装いのダンディな男が、口をあんぐりと開けたままの黒田に話しかけている。


 ユリウスは今度こそ脱兎のごとく逃げ出した。


 余談ではあるが、黒田とセシルはその後レジェンダリーアームズを通じて交流を深め、今ではコラボカフェに共に通うまでになったそうな。

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