第43話 騎士団長のお仕事 4

 近衛騎士団全員に警察学校の卒業式の動画を見られていたという事実が受け止めきれずに頭を抱えて蹲っていたが、ユリウスは本来の目的を思い出して踏みとどまる。


「どうしました!? 殿下!?」

「お加減が宜しくないので……?」


 受付係の騎士たちがあわあわと駆け寄ってくるが、慌てて大丈夫だと答えて引き攣った笑顔を騎士たちに向ける。


「ええっと、詰め所に用があるんだけど……来週の行軍訓練の件で判る人はいる?」

「ああ、それならクレール副長がご存知だと思いますよ。企画しているのは副隊長なので」

「セシルが? 今日いるかな」

「今内線で聞いてみますのでお待ちくださいね……えーと、内線9番だったかな」

「内線……いつの間に」

「つい最近ですよ。ネット回線の環境もだいぶ良くなりました」


 昔は外地で言うザ・ファンタジーを体現するかのような城内だったのに、いつの間にか電話回線が引かれていた事に驚愕する。というか、己の実家が記念館化した大リーガーのような気分で非常に複雑であった。


「ええ。殿下がいらしています。はい。解りました……殿下、副長が迎えに行くと……」

「え、いいよ。自分で行くから。大丈夫って伝えて」


 迎えを固辞し、上階への螺旋階段へ向かう。すると背中に「あ! 殿下、右の突き当りに専用エレベーターがありますのでそちらからどうぞ!」という言葉が投げられた。


「専用エレベーター!!!?」


 一体自分の実家は何処へ向かっているのだろうか、とユリウスは何とも言えない気分でエレベーターへ向かった。



「ホントにエレベーターだ……」


 ともすれば雑居ビルのエレベーターという感じだが、ユリウスは感心しきりであった。工事費はいくらかかったのだろうか。

 中に入って4階のボタンを押す。ご丁寧に【騎士団詰め所】と如何にも自作のラベルが貼ってあった。

 数秒後、エレベータが止まり、扉が開いた。


「あ」

「殿下……?」


 そこには鎧姿の隻眼、燃えるような赤い髪の大柄な女騎士が、眼をまんまると見開いてこちらを見つめていた。


「せ、セシル……久しぶりだね……」

「殿下……何故迎えをお待ちにならなかったのです。王族としての振る舞いをご自覚なさいませ」

「すいません……」


 ダイヤモンド並みの硬質な言葉に、ユリウスはしゅんと肩を落とす。セシル・クレールは女の身でありながら、近衛騎士団副長まで上り詰めた叩き上げの実力派である。

 その左目はかつて4つの村を壊滅させた魔獣ヒュドラとの戦いで失ったものであり、その戦いで確固たる地位を築いたともいえる。

 自分にも他者にも厳しく、上役にすら媚びず、戦いの際も敵すら恐れるほどに苛烈に戦う事からどこぞの新選組と同じような【鬼の副長】という異名がついたくらいである。

 昔からユリウスは彼女の小言が苦手であった。


「相変わらずですね……おかえりなさいませ。殿下」


 セシルの厳めしい表情がふ、と緩む。ユリウスはほっとしながら「ただいま」と言った。


「何か御用があったのでしょう? お茶を淹れますので、こちらへどうぞ」

「ありがとう。でも用事が終わったらすぐ帰るよ」

「来週の行軍訓練の件だと部下からは聞いておりますが」

「そうそう。申請書類がちょっとダメだったから。手直ししてほしくて」


【近衛騎士団詰所】というプレートが掲げられたドアを開けようとしていたセシルがぴたりと動きを止めた。


「手直……し?」


 ぎぎい、と音がしそうな程ぎこちなく長い赤髪の隻眼がこちらを向いた。


「う、うん。パソコンとか詰め所にあるよね。さっきジャレットに聞いたんだけど」

「パソ……コン」


 何故かぎこちない答えのセシルに首を傾げながら、ユリウスは詰め所の中へ入った。そこには、


「わ、わあ……」


 警察署で使われるパソコンの数倍はしそうな最新型のノートパソコン、プリンターが事務机に備えてあった。だがそれは軒並みビニールがかかっていて、使われている様子はない。


「ね、セシル。これ、使ってない……の?」


 恐る恐る鬼の副長の顔を見る。彼女は気まずそうに目を逸らした。


「書記官が倒れたくらいで事務処理が滞るとは……近衛騎士団副長として誠に、真に不甲斐ない事に御座います……このセシル・クレール!命を持って償いまする!」

「ぎゃあ! 待ってやめて止まれセシル! よし僕も一緒に手伝うから! ね!」


 いきなり背のバトルアクスを取ろうとした手を慌てて止める。女性とはいえ、現役の騎士の膂力は並大抵ではない。触れたら恐ろしくデカい斧で真っ二つにされそうで全身から冷や汗が出た。

 セシルのストイックすぎるこの性格は、団長であるオスカーとさぞ相性が悪いであろうと誰しもが思っていたが、プラスとマイナス、ネガティブとポジティブを合わせれば0になるらしく案外上手くいっているようだ。

 しかし、騎士団の雑務を一手に引き受けていた書記官が長期休職となり、その仕事は副長であるセシルが引き受けていたようだ。


「成程。パソコンの設置と使い方が分からなかったんだね」

「そうなんです。元々ジルバ書記官のデスクにはあったのですが、パスワードとやらがわからなくて……。それを見た団長が財務院に陳情してくださり、先月には百人隊長以上の騎士にはパソコンが配分されましたが、何分皆パソコンなど使った事すら無い者ばかりで……」


 恥じ入るように肩を落とすセシルに、ユリウスはホッと息をついた。自分も同じだ。警察官になるまでは碌にパソコンやコピー機すら使った事も無かった。同期や上司に教えて貰いながら、ようやく人並みに使えるようになったのだ。幸い、城には環境も整っているし、回線もある。接続さえできればどうにかなるだろう。


「じゃあ、セシルのデスクのパソコンを使えるようにしようか。いつかは皆使えなきゃならないしさ。ね?」

「殿下……」


 いつになく弱気な眼差しのセシルに大丈夫だよと笑いながら、ユリウスはパソコンにかかっていたビニールをびりりと破いた。


「これが電源。これがマウスね」


 どうにかこうにか説明書を見ながら設置は出来た。既に時計は夕方に近い。プリンタドライバーのインストールも終わった。警察署で使っている物より遥かに良いものでちょっと複雑であった。


「電源。マウス」


 確かめるようにセシルが同じ言葉を繰り返す。未だ電源が入っていないにもかかわらずマウスを弄っていた。


「今日は設置だけだから。僕が書類作っちゃうよ。書類と計画書ちょっと借りるね」

「殿下自らなど! 恐れ多すぎます!」

「うわ! いきなり大声出さないでよマウス壊れる!」


 だん!とデスクを叩きながら立ち上がるセシルにビクッとしながらも言い返す。

 そしてふと、整頓されたデスクの端に似つかわしくない、黒髪イケメンのアニメキャラクターが描かれたシールが、ペン立ての内側に貼られているのを見つけた。それは免許係の黒田がハマっているソーシャルゲーム、今はアニメも展開している世界中の伝説の武器を擬人化した作品のキャラクターの一人であった。


「あれ……それ確か黒田さんが持ってた……レジェンダリー・アームズの……」

「ぎゃああああああ!」


 デスクの上をスライディングするように突っ込んだセシルの鎧ががばしゃあ!と音を立てた。ばさばさと書類やら何やらが床に落ちる。


「あ……その、ごめん……いや職場の人が好きでさ……」

「い、良いのです。その、侍女からのもらい物でして……」

「うん、うんそっか……」


 気まずい沈黙に、ユリウスは自分で持ってきたノートパソコンを接続して作業に取り掛かり始めた。居たたまれなさそうに散らばった書類を拾いながら、セシルがぽつりとつぶやいた。


「殿下……その方はどのキャラクターが好きなのですか……」

「え、確かエクスカリバー……だっけ? オスカーに似てるって騒いでたよ」

「はああああああああ!?? あんなただの脳みそ筋肉ポジティブ野郎と才色兼備でしかも紳士のエクスカリバーが似てる!? ありえないでしょう!? まあ私は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)たん一択ですが!!!」


 はあはあと息を荒げて熱弁するセシルに圧倒されながら、ユリウスは再度「ごめん」と謝った。

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