第42話 騎士団長のお仕事 3
「おはようございますぅ」
ふらふらと正面口から入って来たユリウスは、何とも気の抜けた挨拶をした。丁度窓口で免許証作成の機械や端末を準備していたダークエルフ族の黒田が驚いたように声を上げるのに、眼の下に濃い隈をつけたユリウスは力なく笑う。
「おはよ……ってどうしたのその顔」
「いやぁ、実は……」
――――――
オスカーが職場に襲来してから数日後、ユリウスは非番を利用して久々に里帰りをした。彼等が作成した書類を見直してみて、あまりにも前時代的過ぎて不安になったためである。
久しぶりの地元は出た時とほとんど変わっていないように見えたが、所々にコンビニエンスストアやクリーニング店が出来ていたり、ファストフード店まで城下街に進出していて、見慣れた街の変わり様にほんの少しだけ寂しい気分になっていた。
「あそこには美味しいアップルパイを焼くお店があったのになあ」
ずっと馴染みだった菓子店がファストフード店に変わってしまい、若干がっかりしたユリウスは、とぼとぼと城へ歩いてゆく。
Tシャツにジーンズに帽子という出来るだけ地味な姿で、騒ぎにならないようにとこっそりと城門の裏手へ回ろうとした時であった。
「まさか……ユリウス殿下?」
城門に立っていた衛兵の一人が声を上げた。
違いますぅ、と帽子を深く被り、大きなショルダーバッグで隠れながら情けない声を出す姿はどう見ても職質対象者だが、そんな事お構いなしに衛兵はずいずいと近寄ってくる。
「やっぱり! 俺だよ! ジャレッドだ」
衛兵が兜のバイザーを上げると、ユリウスはあっと声を上げた。幼い頃から共に城下で遊び、時にはこっそりと国外へ抜け出した悪友のすっかり大人びた顔がそこにあった。昔は身長も同じくらいだったはずなのに、ジャレッドはユリウスよりふた回り近く大きくなっていた。くすんだ銀色の厳つい鎧姿も様になっている。
「ジャレッド!? 衛兵になったんだな!」
「お前帰るなら前もって連絡しろよ……でも本当に警察官になったのか。すっかり見違えたよ。まぁ身長は俺の方が高いけどな!」
「うるさいな!」
幼馴染との再会ですっかり緊張が解けたユリウスが帽子を脱いだ。短く刈られた金髪にジャレッドが驚いたように声を上げた。
「お前、随分髪短くなったなぁ」
「これでも伸びたんだよ。警察学校ではほぼ丸刈りだったしさ。それに短くしとかないと引っ張られて刺されたりして危険だからね」
「衛兵より危ないじゃないかよそれ……大丈夫なのか?」
「うん。上司も皆いい人だし。仕事はまだまだ覚える事沢山あるけど」
「俺も。お互い頑張ろうぜ」
種族同士の争いが無くなった今では、ガーランドの騎士達は事実上の治安維持または自衛の為の部隊になってはいるが、彼等が剣を抜き戦う事は訓練以外ではまず無かった。たまに出てくる魔獣などの討伐や捕獲くらいで、外地などより余程平和である。
「陛下にはお伝えしておくか?」
ジャレッドの提案にユリウスは首を振った。現ガーランド王であり腹違いの兄アレキアスはもともとユリウスが警察官になる事には反対だったが、母カトリーヌのとりなしで渋々了承したという背景がある。アレキアスの母である第一王妃は彼を産んだ次の日に身罷り、カトリーヌはアレキアスを自分の息子同然として育てて来たので、母の影響は大きかった。
「秘密にしておいて。兄さんに見つかると面倒だし。今回は今度の行軍訓練の件で来たんだ」
「ああ。やるって言ってたな」
「申請の書類があまりにも酷くてさ……担当のダークエルフの職員さんに怒られちゃったよ……『アンタの実家の事務環境どうなってんの』って……」
ジャレッドが「ああ、成程」と苦笑した。
「今、ジルバ書記官が盲腸で入院してるからな。そこら辺の分かる人がいないんだよ」
「だからちょっと手伝おうと思ってさ。今日オスカーはいる?」
「今日は確かいないな。陛下の外交訪問の付き添いに行ってるはずだ」
「兄さんもいないのか。なら丁度いいや……そう言えば詰め所にパソコンってある?」
「お前バカにするなよな。一応あるぜちゃんとした奴が」
ムッとしたように言うジャレッドに、ごめんごめんと笑いながら、ユリウスは「じゃあ、後で飯でも行こうよ」と言い置いて城の中へ入っていった。
ひんやりとした石造りの城の中は、幼い頃のまま時が止まったようだ。簡素だが頑丈なつくりのエントランスを抜けると、控えの間に出る。小さい頃はそこで妹のソフィアと走り回って遊んでいたものだ。分厚く古い木製の扉に手をかける。昔から建付けがあまり良い方ではなくかなり力を入れなければ開かなかった。
ぎい、と耳障りな音を立てて扉が開く。
「ガーランド城へようこそ! 当城の入場には入場券が必要になります。そちらの券売機でお買い求めください」
「ガイドツアーは別途1000円となります。所要時間は30分です」
「えっ」
扉を開くと、そこは既にユリウスが知っている控えの間ではなかった。受付らしきブースが出来ていて、フルプレートの近衛騎士が二人そこに座っていた。腕には『案内係』という腕章を着けている。しかも受付のラックにはパンフレットまである。反対側には券売機が備えてあり、その表示にユリウスは二度見した。
「大人1500円、小人600円……たっっっか!」
思わず声を上げてしまう。すると受付にいた騎士二人がじろりとこちらを見たが、何かに気づいたように立ち上がった。
「あれ……? 先輩、あの人、ユリウス殿下じゃないですか?」
「あ、ほんとだ……殿下だ!」
ユリウスは咄嗟に「違います。大人一枚ください」と言ったが、騎士達は「またまたぁ。ご冗談を」と取り合ってくれない。というかあまり接点のない騎士たちが何故自分だと分かったのかという事と、実家が観光スポットと化していた事の情報量が多すぎて付いていけない。
「何で僕だって判ったんですか……」
ユリウスは観念して帽子を取り、二人に向き直った。すると一人の騎士が笑いながら言った。
「そりゃあ、警察学校の卒業式の動画、陛下から何回も見せられましたからね!」
「うわあああああああ!」
ははは!と明るく笑う騎士達を尻目にユリウスは頭を抱えた。
警察官になるのを反対されてはいたが、腹違いの兄であるアレキアスとは決して仲が悪いわけではない。
そう、彼は兄妹たちが辟易する程に【兄バカ】なのである。
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