第41話 騎士団長のお仕事 2
「はっはっは! いやぁ失礼致しました!」
一切の悪気も無くにこやかに謝罪するオスカーに、ユリウスはうんざりしたように肩を落とした。ディセンドラに食されたプランターは幸い2つ程で済んだが、他の職員にも迷惑を掛けてしまい申し訳なさでいっぱいだった。
だが日頃から犯罪者に限らずとも色々な人々と相対しなければならない百戦錬磨の警察官達は、これくらいの事は日常茶飯事だと言うように、微笑ましそうに2人を見つめていた。
オスカーは昔からどこかズレているというか、天然な所があるので、彼が側付きであった頃からその性格は知っている。決して悪い人間ではないのだが、空気が読めないのだ。しかも大分ポジティブな方向へ振り切れているので、耐性が無いと非常に疲れる。
ユリウスが12歳のころ。軽い風邪をひいた時に彼は「心身を鍛えれば大体の病気にかかりませんぞ!」と城の外周を一緒に走り、拗らせて肺炎になりかけたという逸話もある。
「笑い事じゃないんだけど!? ホント勘弁してよ! 怒られるの僕なんだからさ!」
「なんと!? ガーランド国王弟殿下をそんな不遜な扱いなど……」
「いやいやいや。待って今は【唯の】警察官なの。しかも巡査。一番下っ端なんだから王族とか関係ないんだよ」
「何と謙虚で誠実な……オスカーは感動致しました!」
「ハァ……で、何しに来たの?」
このままでは明日になっても終わらないだろう会話に、ユリウスは脱力感に襲われながらも無理矢理話題を引き戻す。オスカーは「ああ!そうでした!」と手にしていた少し皺くちゃの書類を差し出した。
「ええと、こちらの【道路使用許可申請】なるものを出したいのです!」
「道路使用許可……交通かな?」
「あ、はーい。こちらでどうぞー」
その言葉にいち早く反応したのは窓口で二人のやり取りを見守っていたダークエルフの交通課免許係員である黒田だった。
「ではご婦人、宜しくお願いいたします」
恭しく書類を差し出すオスカーに黒田が「ヒェッ、了解しました!」というよく分からない悲鳴を上げつつ受け取る。ぼそり、と「顔が良い……」という呟きが聞こえたような気がした。
「道路使用許可なんか出して何かやるの?」
「ええ。半月後に騎士団の行軍訓練を予定しておりましてな。領内から外地へ出て丸1日かけて行軍し、その後、市の総合運動公園にて模擬戦をする予定です! 無論使用許可は取ってありますぞ!」
道路使用許可申請とは、工事や祭礼、式典、又は撮影などで道路を使用する場合に管轄警察署に申請しなければならない。ちなみに、自衛隊などの行軍訓練で公道を使用する場合も道路使用許可申請が必要になる。
「あ、そうなんだ……」
県道沿いをぞろぞろと鎧姿の騎馬兵や歩兵が行軍し、総合運動公園で模擬戦をする光景はどんなにシュールだろうか。下手すれば見物人でいっぱいになってしまうかもしれない。ユリウスはそれだけが不安であった。
「あのさ、その日の日程、後で教えてよ。巡回ついでに見に行くからさ」
「誠に御座いますか!? なればご高覧のお席を用意しなければ!」
「いいからそういうのは! あくまで業務だからそういうのは必要ないよ!」
「あのー……ちょっといいですかね」
窓口から黒田の声が聞こえ、会話が中断される。すぐに余所行きの笑顔でオスカーが対応した。
「どうかしましたか?」
「ぐっ、顔が良い……あ、いやすいません。ちょっと、この申請書、ダメですねこれ」
「え」
「まずはこの地図なんですけど。手書きですよねこれ。もっと正確でせめて行軍の区間と地名は詳細に書いてほしいんですけど。パソコンでプリントアウトした地図でもいいんで、もっとわかりやすいのお願いします。あと訓練計画の写しもお願いしたいんですけどそれでもっと詳細な見取り図とかあれば……」
「あ、はい……」
容赦のない黒田のダメ出しにたじたじになるオスカー。ハラハラしながらユリウスはそれを見守る。
「あと最後に、警察署への控え分と、許可してお渡しする分で同じもの2部の提出をお願いしますね」
「わかりました……」
にこやかだが容赦なく書類を黒田から返却されて、呆然自失状態になったオスカーにユリウスが戸惑いながら声をかける。ちなみにガーランド城にはパソコン設備が無い。ほとんどの事務書類は手書きである。
「お、オスカー」
「殿下……殿下にこのような事を申し上げるのは大変不敬かと存じておりますが……何卒! 何卒ご助力お願いします! 現在書記官が盲腸で入院していてこのような事務がわかるものがいないのです!」
今にも自害しそうなオスカーの勢いに「ちょっと落ち着こう」と何度もなだめすかす。殆どいつもの仕事でしているような対応に内心虚無になりかけたが、幼い頃から世話になった元側付きで剣術師範のたっての願いである。断る事は出来なかった。
「わかったよ……黒田さん、申請書2枚頂けますか……」
「1枚10円で20円ね」
「あ、ハイ……」
申し訳ありません! 殿下ァ!という騒音が後ろから聞こえたが、無視してユリウスはポケットの小銭入れから20円を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます