第40話 騎士団長のお仕事 1

「免許証をお渡しした方から更新は終了です。お疲れさまでした」


 もうすぐ正午になろうという時刻。境島警察署のロビーは運転免許証の更新時講習が終了し、粗方の来庁者が佩けて閑散としていた。

 交通課免許係でダークエルフの黒田は漸くひと心地ついたという風に肩と首をこきりと鳴らした。砂色のポニーテールがさらりと細身のブラウスの背中を流れる。


「はぁ~。やっと午前中終わった」

「そうねぇ。今日は高齢者が多かったから大変だったねぇ」


 隣の交通安全協会の40代半ばの女性職員が笑った。


「ホント。窓口あたし一人しかいないしさー。視力検査から写真から車庫証明の受付までやるんだからもう一人くらい増やしてほしいよねー」

「そうだよねぇ。まあ難しいよね。お金ないし」

「あーあ。宝くじ当たらないかなぁ。10億くらい」

「当たったらどうすんのよ」

「推しのライブと舞台の為に日々を過ごしてたまにバイトするかな」


 黒田の欲望満載の使い道に女性職員が苦笑する。ちなみに黒田はレジェンダリー・アームズ(通称れじぇあむ)という世界中の伝説の武器を擬人化したソーシャルゲームに激ハマりしており、一番の推しキャラが出演する実写舞台やライブに西から東へ毎週遠征するというハードな生活を送っている。


「だよねー。私も旦那と離婚して移住するわ」

「マジか。結婚って難しいな」

「そんなもんよ」

「まぁ、あたしは推しがいるから仕事もしていけるからねー……あ、こんにちは。免許の更新です……か」


 カウンターの中で他愛のない世間話に花を咲かせる二人の前に人影が落ち、黒田が接客用の笑顔を作りながら顔を上げた時だった。


「すみません。ええと、ユリウス殿下……あ、いや、ガーランド様は此方においでになりましょうか」


 黒田の目の前には白金色の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ、まるでファンタジー映画に出てきそうな騎士が所在なさげに立っていた。

 兜は小脇に抱えられている。ゆるくウェーブの掛かった明るい金髪や精悍で端正な面立ちが惜しげもなく晒されて、周囲をどよめかせるくらいであった。

 だが、黒田はそれどころではなかった。まさに夢に描いた推し(にそっくりな人物)が現実に三次元として目の前にいるという事に思考が追いついていなかった。


「れじぇあむのエクスカリバーやん……」

「え?」


 思わず漏らしたのは、黒田が現在愛してやまない推しの名前。最近はグッズの為にレンタル倉庫を借りようか検討中である。


「あ、いや! すいません! ははは。ええっと、ガーランドですよね……あ、居ました。後ろに。おーい。ガーランド君!」


 黒田が声を上げると、丁度事案から戻ってきたユリウスがきょとんとしながらこちらを見た。すると目の前の騎士がおもむろに動き出し「お久しぶりに御座います。ユリウス殿下!」とまるで王族に忠誠を誓うかのように膝をついた。警察署のロビーが映画の一場面のようになってしまった。


「えっ、何で、オスカー……?」


 オスカーと呼ばれた騎士は戸惑うユリウスを見てにっこりと微笑んだ。


「殿下……立派になられました。オスカーは嬉しいです」

「え、いや、何でいるの? 近衛騎士団の仕事は?」

「陛下は殿下を心配されておりました。あの心優しいユリウス殿下が警察官としてやっていけるのかと」

「いや人の話聞いてる? まあいいや、何とかやってるよって兄さんに伝えて。じゃあね」


 感極まったようなオスカーにユリウスが素っ気なく返すと、彼は慌てたように「お待ちください!」と止めた。目の前の茶番劇に黒田は目を点にしながら問いかけた。


「いやガーランド君、誰その人……」

「すみません黒田さんお騒がせして! オスカーは僕が小さい頃から……」

「殿下の側仕えをしておりました、オスカー・ランドルフと申します。ご婦人方」


 ユリウスの言葉尻をひったくるようにオスカーが言った。しかし眩しすぎる騎士スマイルに彼女たちは「あ、そうなんだー! なるほど!」と秒で納得していた。


「違うよ!? 今は近衛騎士団長でしょ? 仕事は? 訓練は!?」


 オスカーは代々騎士の家系の生まれであり幼い頃から剣術や馬術に秀でていた。周りからは神童と呼ばれ、御前試合でも敵なし、容姿も端麗となると最早嫌味すら浮かばない。ユリウスにとってはたまに人の話を聞かない、空気が読めないという所が玉に瑕ではあるが。

 ユリウスの剣術の師でもあり、王族にも容赦なく笑顔でスパルタ指導をしてきた。その経験は生かされているが、若干ユリウスにとってトラウマになっている。


「ご安心召されよ! 今日は公務で参りましたので!」

「あ、そう……だから鎧なんだ」

「騎士にとって常在戦場は基本ですぞ殿下! あんなにお教えしましたのに!」

「わかったごめんね! だから何の用で来たのさ。ロビーで滅茶苦茶目立つから早くして!」

「おお! 失礼いたしました! 本日は殿下にご相談賜りたい事がありまして!」


 ごそごそとオスカーが鎧の中から何かを出した。書類の束のようである。紐で丸めていたのか少し皺くちゃだった。

 何となく想像できる故郷の騎士団の事務環境にユリウスは溜息を吐きながら、ふと何かに気付いて顔を上げる。


「そういえばオスカー、ディセンドラは何処に繋いだの?」


 ディセンドラは、オスカーの愛騎で黒芦毛の牝馬だ。オスカーはあっけらかんと笑顔のままで答えた。


「ああ、正面の駐車場です」


 ガラス張りの出入り口の自動ドアから恐る恐るそちらを見る。

 駐車場の真ん中にある桜の木に繋がれた黒芦毛の馬が、きれいに並べられたプランターの花をむしゃむしゃと食っていた。

 ロビーではユリウスの「ギャー!」という悲鳴が響き、慌てたようにユリウス含め、数人の警察官が飛び出していった。

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