第31話 誰がためにサイレンは鳴る 5

「まだだ、早送り」

「はい」


 銀行の守衛室で、土井頭とユリウスは監視カメラの映像を検証していた。モニターの前には土井頭がどっかりと陣取り、その隣にはユリウスがリモコンを持っている。その隅で高齢の守衛と支店長が居心地悪そうに突っ立っていた。

 モニターにはあまり画質が良くはないが、支店内3か所の様子と出入口の様子が映し出されていた。左下に表示された日時はひと月近く前のもので、ユリウスはひたすらに早送りボタンを押し続けていた。


「支店長さん、これ、日にち毎に見れないんですかね」


 じろり、と土井頭が支店長を見る。ドワーフ族特有の強面に睨まれて支店長はより一層委縮したように肩を竦めて


「すみません。そういう仕様でして……」


 と謝った。

 ふん、と土井頭が鼻を鳴らして画面に向き直ると、何かに気づいたように顔を近づけた。


「止めろ」

「あ、はい!」


 止めれば、ニシオカらしき女性と傍らには小中学生くらいの男だろうか。異様に細い。フードを被っていて顔はよくわからなかった。


「ニシオカさんですね」

「典型的な受け子だな。ほら、ATMの操作を教えてるだろう。こうやってだまし取ってる」


 ATMだけでは上限額がある。恐らく他のATMで引き落としを繰り返したのだろう。小柄な男は、甲斐甲斐しくニシオカの世話をしながら、現金の入った封筒を、シルバーカーの上に置いた黒いスポーツバッグに入れた。途中、行員に何度か話しかけられたようだが、ニシオカが何事かを言い、すぐに行員は業務に戻っていった。


「もうちょい戻せ」

「はい」


 また風景が流れてゆく。すると土井頭が低い声で「止めろ」と言った。

 慌てて一時停止のボタンを押す。画面を見れば出入り口に30代くらいの男性の姿が映っている。白いシャツにスラックスは、一見するとサラリーマンのようにも見えるが、どこか異様であった。


「そのまま、2倍速」

「了解」


 倍速で映像が流れる。待合スペースに座っていた客が入れ替わり立ち代わり忙しなくなるが、男は椅子に座ったまま、ずっとスマートフォンを弄り続けていた。


「席を立ったな」

「何もしないで帰りましたね……」


 男の挙動は非常に怪しい。番号札も取らず、ただ待合椅子に座っているだけであった。土井頭はふさふさとした黒い髭を弄りながら、何かを思案しているようだ。ユリウスは次の指示を待った。


「ユリウス、ひと月前まで戻してくれ」

「えっ、わかりました……」


 最大速度で早戻しする。開店から閉店の様子がものすごいスピードで流れてゆこうとした時だった。


「ここ! 止めろ!」

「はい!」


 予想したより大きな声で言われたものだから、ユリウスはちょっと驚いてリモコンを取り落としそうになっていた。だが、土井頭はモニターに顔をくっつけんばかりに見入っている。


「見ろ。ユリウス」


 太い指がモニターの一点を指差す、ユリウスも同じように画面に顔を近づけた。


「同じ男だ……」


 服こそ違い、作業服のような姿だったが、そこには同じ男がいた。そして同じように、忙しなく利用客が入れ替わる待合スペースで何をするともせず、スマートフォンを弄って小一時間した後そのまま去って行った。


「日付を見てみろ。月は違うが、同じ日だ」

「あ、本当だ」

「何か気づいたか?」


 土井頭が試すようにユリウスを見つめた。必死に再生された映像を思い出す。同じ男、毎月の同じ日。その日はいつもより混んでいた。客層は。


「高齢者……年金の支給日、ですか」

「いいね。よく【読んだ】。お前、良い刑事になるぞ」


 土井頭は満足そうに笑みを浮かべ、ユリウスの肩を強めに叩いた。


「こいつらは紹介屋だ。恐らく年金の支給日に銀行に来る高齢者を漁りに来てる」


 彼等は、高齢の利用客が氏名で呼び出された時にスマートフォンで仲間にその名前を送り、仲間は電話帳でその名前と電話番号を調べるのだ。古い住民がいる地域は、一般宅でも電話番号が載っている事が多いためである。

 そして後日、ターゲットにされた高齢者宅に、業者や官公庁を装って電話をするのだ。特殊詐欺は年々手口が巧妙化しており、新たな手口が出るたびに警察はその捜査方法をアップデートしていかなければならない。

 かなり根気のいる捜査であった。


「出入り口のカメラに、男が映ってますね……歩いてる。駐車場を通り過ぎてます」


 ユリウスの指摘に、土井頭が頷いた。


「よし、俺は書類作って、この映像を署に持ち帰る。後で刑事も来させるから、お前は先に周辺聞き込んでくれ……ったく、そうだ。鍵の特定もしねぇとならねえんだ」


 ああ、忘れてた。と土井頭が頭を掻くのを見て、ユリウスは「何です?それ」と聞いた。


「昨日の夜中に死亡ひき逃げがあったんだよ。その遺留品の鑑定だ」

「成程。わかりました。周辺の聞き込み始めておきます」

「悪いな」



 ――――――


「おかえりなさい。どうだった?」


 銀行の待合スペースでニシオカと共に待っていたエルミラがユリウスを見た。守衛室に入るには警察官だけと言われ、慌ててエルミラに連絡したら、二つ返事ですぐに来てくれたのだ。ニシオカは自分の置かれている立場が分かっているのかいないのか、ニコニコと笑みを浮かべたままであったが、これ以上連れまわす事は出来ないと判断し、ケースワーカーをもう一度呼び戻して、自宅へ送るようにお願いした。


「それらしい男とニシオカさんがここに来て現金を下ろしていたんだけど……」


 ユリウスは先程守衛室で見た光景をエルミラに共有した。エルミラは黙ってそれを聞き、腕を組みながら頷いた。


「その受け子より、紹介屋の足取りを追った方が早そう」

「僕もそう思う。小柄な方は顔すら分からなかったし」


 それに、そちらの方はもしかしたら人間でなく亜人族の可能性だってある。


「紹介屋の男はどっちへ行ったの?」

「ええと、こっちへだね。駐車場を徒歩で通り過ぎた。もしかしたら車は別の所に停めたのかも」


 エルミラの問いに、ユリウスは銀行の出入り口を出て、真っ直ぐに通りの向こうを指差した。


「あるいは仲間がどこかで待ってたのかもね。行きましょう。此処から一番近くのカメラは商工会議所前とコンビニだけよ」


 今の時間ならまだギリギリ間に合うかもね。と細い手首に巻かれた黒い防水の腕時計を見て、エルミラが言った。



 商工会議所の監視カメラの映像は、お世辞にもいいと言えたものではなく、それを見る液晶モニターもふた昔ほど前の古いもので、高齢の職員の操作もおぼつかず、絶望的な時間を食ってしまった。

 何度か苛々が限界に来そうになったエルミラを宥めながら待っていたが、結局、映像を観れたのは訪問してから2時間半経った後であった。


「あ、これ」

「どれ?」

「この電話してる男。こいつだ」

「通りを真っ直ぐ歩いてる奴?」

「そう」


 職員の男性からリモコンを借り、二人して古いモニターに顔を寄せていた時、ユリウスがスマートフォンを耳にあてながら歩く男の姿を指差した。エルミラが更にモニターに近づく。


「方向的に、コンビニの方ね。もしかしたら映ってるかも。行きましょう……ガーランド君?」

「あ、いや、ごめん。行こう」


 不意にエルミラがモニターからこちらへ顔を向けたので、ユリウスは思わず仰け反りそうになった。あまりにも顔が近すぎたのだ。美しいペリドットのような瞳が、訝し気にこちらを見ていた。ユリウスは誤魔化すように咳払いをしてから、業務時間ギリギリになっても協力してくれた職員たちに丁寧に礼を言った。



 すっかり陽も暮れて藍色が赤を覆いつつある空の下で、二人は男が歩いたと思われる道を辿っていた。定時も大分過ぎていたので地域課長の杉本に連絡を入れると、「こちらは本部の対策室も含めて大騒ぎですよ。何かつかめたら連絡するように」といつものように淡々と返されたので、余計にプレッシャーを感じていた。


「次はコンビニだけど、一回署に戻る?」

「大丈夫、このまま行こう。課長には連絡しておいたし……今帰っても色々聞かれそうだしさ」

「そうね。端緒を発見したのはガーランド君だもの」

「二人でだよ。あそこでビラ配りしてなければ分からなかったしね……でも、もっと早く気づいてあげたかった」


 ユリウスは肩を落とした。何も知らない高齢者の財産をだまし取る輩は勿論許せなかったが、ユリウスの担当する地区でそのような被害を出してしまったのが悔しかった。


「後悔しても起きてしまった事だし、仕方ないわ。私達が出来るのはろくでなし共を見つけて、捕まえる事だもの」

「そうだね。ありがとう」

「事実を言ったまでよ。先に行ってる」


 冷静で己にも他人にも厳しいハーフエルフの女性警察官の言葉に励ましと元気づけられたような気がして、素直に礼を言ったが、なぜか彼女はふい、とそっぽを向いて早足でユリウスを抜き去っていった。



 ―――――――――


 コンビニの店内には幸い他の客は誰もいなかった。バイトらしき若い青年が暇そうに「いらっしゃっせー」とカウンターから声をかけて来たので、エルミラが用件を告げると、青年は「ちょっと店長呼んできますんでー」と

 間延びした返事をしてバックヤードへ入っていった。


「このコンビニ、この前犬飼部長と来たんだっけ」


 カウンターの前で手持ち無沙汰で待っていたユリウスの独り言に、エルミラはそうなの?と首を傾げた。


「うん、ホームレスのゴブリン族の人が駐車場で蹲ってるって申報で。幸い軽い脱水症状だったからそのまま帰したんだ」

「ふうん、そういえば今朝というか早朝? 身元不明のゴブリン族の死亡ひき逃げがあったって刑事課長から聞いたけど……」

「え……?」


 そういえば、銀行で、土井頭がそんな事を言っていたような気がした。遺留品、とも。


「まさか……」

「ああお巡りさん、遅れてすみません。店長の奥田です」


 店の奥から大柄なオーク族の男性が出てきて、ユリウスの思案は中断された。大柄の身体に緑色の制服がパツパツになって悲鳴を上げているようだ。先日、ホームレスの申報の時には丁度いなかった店長は恐縮そうに大きな体を折り曲げた。


「この前はお世話になりました。何分バイトの子だったもので」

「あの人、またお店に来たりしてますか?」

「ん~……恐らくあれ以来来てないと思いますね」

「そうですか……」

「あの、すみません。店長さん。お願いがあるんですけど」


 暗澹(あんたん)たる思いがユリウスの胸に去来しようとした時、隣のエルミラが此処に来た要件と事情を説明した。

 見た目は恐ろしいが、非常に協力的な店長は快く了承し、バックヤードに通してくれた。


「何だかドラマみたいですね!」


 オーク族の店長がやけに弾んだ口調で言うので、ユリウスは苦笑いをした。このような捜査協力の時、ドラマのようですね!と言ってくる一般人もたまにいるが、彼等に言わせれば「ドラマや映画は事案一つしか起きないし書類も作らないから羨ましい」なのだ。山のように起きる事案に一つ一つ向き合い、捜査し、各所に提出、送付する公的書類を作り、決裁を貰い、また書類を作る。の非常に地道な作業の繰り返しである。

 例え華麗に事件を解決し犯人を逮捕したとしても、その後の処理は恐ろしく多いのだ。


「まぁ、ドラマ程面白いわけじゃ無いですけどね。そこ、早送りで」


 エルミラがそっけなく言うと、店長は慌てて監視カメラの端末を操作し始めた。

 店の出入り口と、レジ前、店内奥、駐車場の様子が早送りで再生される。県道沿いにある為か来店者数がかなり多い。その中で一人だけを見つけるのはかなり忍耐と根気が必要だった。

 20日分の再生が終わる頃には、ユリウスの眼は乾燥と疲労で酷いものになっていた。何か飲み物でも店内で買おうか迷っていたところ、見覚えのある人物が画面に映り込んだ。


「止めてください!」


 思わず大きな声が出てしまった。店長とエルミラがびっくりしてこちらを見ていたが、そんな事気にしていられなかった。


「そんな……」


 レジ前のカメラは、ガラス張りになった外の喫煙スペースも映し出す。そこには、スーツを着たあの若い男と、先日このコンビニで行き倒れ寸前だったゴブリン族の男の姿が映っていた。よれよれのTシャツに、擦り切れたハーフパンツ。見紛うことはない。確かに彼だった。

 男はタバコを吸いながら、必死に何度も頭を下げるゴブリンに何事かを言いながら、黒い何かを渡した。それは大きめのカバンか、スポーツバッグのようにも見えた。


「何だろう……?」


 小柄なゴブリンの身体には少し大きいそれを両手で抱えて、彼は逃げるように画面外へ消えていった。

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