第15話 家宅捜索令状はございますか? 1

 大会議室の一角をパーテーションで仕切った急ごしらえの捜査本部は、長机とパイプ椅子が並び、書類を綴ったファイルの山やノートパソコンが雑然と置かれている。


 その中央には境島署の署員およそ25名が集まり、待機していた。その姿は、命令を待つ警察犬のように静かな闘争心に燃えている様に見えた。


「総員、起立!」の号令で、全員が立ち上がり、脱帽時の敬礼をする。


「はい、まぁ楽にして」


 ハーフリング族の足柄警部が、捜査員たちを前にひらひらと手を振る。小柄なハーフリング族にはいささか大きく分厚いファイルを開いた。


「えー、本日は事前に報せた通り○○地内、メンズエステ店K(仮名)へのガサを予定してます。Kは表向きメンズエステ店と表記してますが、内情は本番行為のあっせん、及び特別区からの不法就労者が多数在籍しており、経営者及び不法就労者の立件も視野に入れております」


 ユリウスは緊張しながら、手帳に言われたことを記入してゆく。こういったガサ入れの場合、小さい警察署では他課合同で行われる。

 刑事生安、海外からの不法就労が思料される場合には警備課、そして地域課というように。

 今回、地域課からはユリウスとエルミラが応援要員として選ばれている。風俗店のガサ入れには、性質上、女性警察官の同行が必須となる。

 今日の二人は制服ではなく、私服姿である。ダークグレイのパンツスーツ姿のエルミラは、ユリウスから見ても一端の捜査官に見えた。


「現在、17:00から店舗前にて生安課員が行動確認(コウカク)中となりますが、マークした常連が入り次第、着手に入ります。裏に非常口がありますので、4人体制で固めます。逃走には注意するようにお願いします。家宅捜索令状(ガサ状)の読み上げは生安 有川係長、次いで地域課ラヴィネ巡査、天川巡査長が店舗に入り、従業員の確保にあたってください。記録については地域課ガーランド巡査、刑事課……」


 このガサ入れは、足柄の肝煎りで数か月前から入念に準備してきたものである。さる筋のタレコミから端緒を掴んだ生安は、じわじわと外堀を埋めるように裏付け、行確を行ってきた。スーパーや学習塾もあるテナントの一角に居を構える店舗には、あからさまな風俗店の看板は無く、無許可で違法行為が行われていると思料され、特別区出身の女性たちが所属しているとのことであった。

それは一般客を装った捜査員が店のキャッチから得た情報である。

また、経営者はYという暴力団と繋がりがあり、店の売り上げは組織の資金源になっている可能性が高いとの見方であった。


 ユリウスは写真を撮る役目を任されている。メモを取る手が震えた。

 初めてのガサ入れに緊張しっぱなしであったが、隣のエルミラは緊張したそぶりすら見せず、平時と同じように言われたことをメモしていた。


「……という事で、現地までは5車編成、コウカク中の署員から連絡があるまで現場の方にて待機となります。以上。解散」


 その言葉を受け、捜査官達は黙々と己の任務を果たすべく動き出した。

 ユリウス達にとって、長い長い夜の始まりであった。



「動きは?」

≪まだです。キャッチが一人いますが、常連N(仮名)は現れません≫


 シルバーのライトバンに、ユリウスとエルミラを含めた5名の警察官が待機していた。同乗しているのは先発隊、ガサ状読み上げの有川警部補が現場指揮を執る。彼はしきりに無線で行動確認中の署員と連絡を取り合っていた。


「はー……」


 暗闇に、ユリウスの緊張のため息が響く。エンジンがつけられないため酷く暑い。掌は冷や汗なのか唯の汗なのか分からないほどに湿っていた。

 夜間のガサ入れ時は、対象に気取られる危険がある為、エンジンも室内灯すら点けず待機する。捜査員たちは真っ暗闇の中、ひたすらにその時を待つのだ。


「あまり緊張しないほうがいいわ。着手時に動けない」


 エルミラの声が隣から響いた。その声は若干硬かったが、ユリウスよりは冷静であった。


「エルミラさんはすごいね。僕は緊張して手が震えてしまう」

「別に緊張していないわけじゃ無いわ」


 意外な答えに、彼女の方を見る。


「そうやって女を食い物にする奴らへの怒りが、緊張を上回っているだけよ」


 その言葉は、酷く掠れ、底知れぬ怒りが滲んでいるようであった。

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