第14話 職務質問にうってつけの日 2

「いにしえの勇者クレオンの血脈を受け継ぎ、この聖なる剣に選ばれし……」


 自称勇者、アライアスの口上はまだ続いていた。ユリウスはげんなりしながらも「剣は納めましょうか。危ないんで。ね? 一般の人も通りますから」と説得したが彼は全く聞く耳を持たない。

 どうしたものか、と周りを見渡し無線を取ろうとすると、車両を停めに行った犬飼が走ってくるのが見えた。


「犬飼部長、この人……」

「おー悪い遅れた! で、どうした?」

「貴様! ワーウルフだな!」


 突然男が激昂したように長剣の切っ先を犬飼に向ける。場に緊張が走った。


「うわ何だこいつ! 危ないから止めなさいって!」

「アライアスさん、落ち着いて! ほら!」

「黙れ! 貴様もこいつの仲間か!」


 二人は必死に宥めるが、男は興奮して話にならない。犬飼は慎重に距離を取りながらユリウスに言った。


「緊急発報押せ! 応援呼ぶしかねえ」

「了解です!」


 無線機には緊急発報というボタンがある。それは現場の警察官が緊急時に押すと、県内全域に発報され、各所から応援が駆けつけるというものだ。


「至急至急、境島3から境島、I県本部、現在、○○地内の農道で甲冑を着た自称勇者と名乗る成人男性を職質対応中、突如激昂。長刀様の刃物を抜き放ちこちらを威嚇している状況。至急応援願います!」


 ユリウスの無線に各署が騒然とし始めた。犬飼が男から視線を逸らさずに「もし次に剣を向けて来たら銃抜け。威嚇発砲忘れんなよ」と低い声で言い、この場が如何に危険な現場なのかをユリウスは実感した。


「大丈夫、何もしない。俺はワーウルフだが、その前に警察官だ。ゆっくり深呼吸して落ち着いてくれ。話を聞きたいだけなんだ」


 犬飼は両掌を男に向け、敵意がない事を知らしめた上でゆっくりと話し出した。


「けい……さつかん?」

「あー……憲兵? みたいなものかな。大丈夫、アンタがどこから来たのか、何でここにいるのか知りたいだけなの。ウチらはね。仕事なの。これは」


 敵意を一切見せない犬飼に、興奮していた自称勇者は徐々に落ち着きを取り戻しているようにも見えた。だが、まだ安心はできない。


「アライアスさん、お仕事は何してるんですか? さっき勇者って言ってましたよね」

「え! そうなの!? 俺、勇者って初めて見た~。ちょっと、お話し聞かせてくれない? 車の中で」


 ユリウスと、犬飼の巧みな誘導と話術に自称勇者は、少しだけ警戒心を解いた。筈であった。

 サイレンを鳴らしながら続々と集まるパトカー。緊急配備が発令されたのか機動捜査隊の車両もこちらへ向かっている。


「貴様ら! 謀ったな!」


 再度激昂した男が納めようとしていた剣を抜いた。


「ほらほらほらほら! 危ないって! 止めなさいよ!」

「落ち着いてください! 大丈夫ですから!」


 慌てて宥める二人の元へ、続々と警察官達が集まってくる。10人以上の警察官に囲まれた男は困惑と興奮で何やら喚いている。

 そこへ、機動捜査隊の腕章を着けた中年の捜査官が二人に近づいてきた。知り合いだったのか、犬飼が「中島班長、お疲れ様です」と頭を下げた。


「久しぶりだな、犬飼。……あー。ダメだなこりゃ。飲酒検知は?」

「してません。する前にアレですよ」

「ポン中(薬物中毒)ではねぇな」

「そうですね。意識ははっきりしてる」

「剣も本物か分かんねえし……どうにもなんなかったら23条(保護)だな。網使うか。おう小宮!網とさすまた持ってこい!」


 23条とは、精神保健福祉法により、警察官は異常な挙動、その他周囲の状況から判断して自傷他害の恐れがあると認められる場合、その者を保護し、自治体と連携して措置入院させることが出来る。

 中島が網と呼ぶのは防犯グッズのネットランチャーの事だ。大きいクラッカーのような見た目で、スイッチを押せば投網のようにネットが発射され、対象の動きを封じるというものである。

 小宮と呼ばれた若い捜査官が2つのネットランチャーとさすまたを持ってきた。男の方を見ればまだ興奮が冷めやらぬと言った具合で、警察官達が手を焼いていた。


「じゃ、君、網係でね」

「あ、はい!」


 ネットランチャーを渡され、ユリウスは戸惑いながらも頷いた。まさかこんな事態になるとは夢に思わなかったのだ。

 中島はずかずかと人の輪に入り、大きく2回手を叩いた。


「はーい。落ち着いて。もしあなたが今剣を納めなかったら我々はそれ相応の対処をしなければなりません。いいですか? 剣を納めてください」

「黙れ! 貴様らの言う事など聞くものか!」

「はい! 保護! 網撃て!」


 中島の言葉にユリウス達は男に向けてネットランチャーを発射した。ぽん、という小気味よい音と共に、白い蜘蛛の巣のようなネットが双方向から発射され、見事に男を絡めとった。


「うわ! なんだ!」

「保護! ほら動くな! さすまたで腕抑えろ!」


 必死に網を取ろうとする男に、幾重ものさすまたが容赦なく動きを封じる。説得を始めて4時間半。ようやく男は無力化され、無事に保護された。



「あー……疲れた。腹減った」

「減りましたね……」


 男を応援の車両に乗せ、警察署へ戻ろうとした頃には日付がすでに変わっていた。二人とも空腹と疲労でへとへとであった。


「もう最悪。なんなのあの自称勇者。無駄にイケメンだったのが腹立つ」


 犬飼がぶつぶつと文句を垂れながら運転するのを見て、ユリウスは力なく笑った。


「でも、冷やし中華頼んで正解でしたね」

「だな……でももう俺泊まりの時冷やし中華頼まないわ……」


 それ以来、『全員が冷やし中華にすると何かが起きる』というジンクスが境島署に加わることになった。

 男が所持していたものは剣と革袋に入っていた数枚の銅銭のみであった。

 現在、自称勇者の男は比較的落ち着いており、取調べにも協力的だという。

 男は特別区の小さな集落出身で、幼い頃から【お前は生まれた時から勇者であり、試練が必要。それには敵を倒さなければならない】と異常なほど強制的に刷り込まれていた背景が浮き彫りになり、現在集団での虐待、殺人教唆事案として捜査中である。

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