第13話 職務質問にうってつけの日 1
警察署は基本的に24時間体制で、管内の治安を守っている。
閉庁時間後は当直体制になり、割り当てられた人員のみが翌日の朝まで勤務をするのだ。
なお、緊急を要する事態になれば非番の警察官であっても呼び出される。
「あ、犬飼部長、今日はよろしくお願いします」
夕方、拳銃を装着し終えたユリウスが、丁度出勤してきた犬飼に挨拶をした。真っ黒な獣毛に覆われたワーウルフの警官は暑い暑いとぼやきながらリュックを下ろしてユリウスを見た。
「おー。今日はユリちゃんとパトか。よろしく」
本来なら、自動車警ら班(PC)の勤務員がパトカーに乗ってパトロールをするのであるが、慢性的人手不足の所轄警察署では、駐在所や所在地勤務の警察官がPC勤務をすることはままあることだ。
「犬飼部長、ユリちゃん、晩飯何にする?」
当直室からひょこりと顔をのぞかせたのはハーフリング族の生活安全課長、足柄(あしがら)警部である。
「今日は足柄課長が当直長スか。フィーバーさせないでくださいよー」
犬飼が装備を付けながら笑う。足柄は当直室のテレビのチャンネルを変えながら憤慨したように「バカ言え。刑事課長じゃねーんだから」と言った。
因みに、当直体制時に事案が立て続けに入ってしまう事を境島署の面々はフィーバーと呼んでいた。
「あ、すいません課長自ら……じゃあ僕、冷やし中華で」
「じゃ、俺もそれで」
「じゃあ俺もそれにしよ!冷やし中華3……」
「課長、俺も冷やし中華で!」
「私も」
他の当直員達もそれを聞きつけ、結局、全員が冷やし中華となった。
「あ~。腹減った」
副署長席の前に置いてある応接セットの長椅子で新聞を読みながら、足柄がぼやいた。現実には、映画やドラマにあるような重大な事案など数年十数年にあるかないかである。
定年退職時まで訓練以外の実戦で発砲するという事が無い警察官が殆どを占める。こんな田舎警察署では重大事件ほど発生するのも稀だ。特別区が現れるまではだが。
最近は小型ドラゴンの無許可飛行や、異種族がこちら側へ、又は日本人の特別区への不法入国が問題になっている。昨今のフィクション作品に感化されたのもあるのかもしれない。
しかし、幸か不幸か突発的な重大事案というものはここ数年ほど発生していなかった。
「もー。俺達だって腹減ったんスからー。じゃ、警ら行ってきまーす」
「課長、行ってきます」
犬飼がユリウスと共にロビーを出る。足柄がひらひらと手を振った。
「おー。行ってら。気ぃつけてな」
※※※※※※
「だいぶ日が伸びましたね」
パトカーの窓から見える空を見ながらユリウスが言った。夕方なのにまだ青さを湛えている。金色の太陽を浴びた田園が、さわさわと風に靡いていた。
「だな。日が伸びるとガキ共が出てくるからな。そこらを重点に回るか」
「了解です」
犬飼がパトカーのアクセルを踏む。パトカーは静かに夕闇の街へと走り出した。
「境島3から境島。○○地内の物損処理終了しました」
宵闇がすっかり空を覆う頃、ユリウス達は3件目の物損事故の処理を終え、本署へ報告を済ませていた。
「何が【俺は引かない】だよ。連続で3件だぜ。しかも管内の端から端って最悪」
犬飼がハンドルを握りながらぼやく。物損事故などは基本的にPC勤務員だけで対処しなければならないため、連続して発生したり事案が重なってしまうと結構大変なのである。
「まあ、けが人いなかったからよかったですね」
「まあな。あー。腹減った。冷やし中華にして正解だわ」
「そうですね……ん? 犬飼部長、あれ……」
ユリウスが何かに気づいたのか、助手席側の窓を振り返った。街灯も何もない農道だ。たまに出くわすとすれば犬の散歩をする地元民くらいなのだが、それにしても異様だった。
「どうした?」
「なんか……鎧着た人が歩いてます」
「またかよ。この前の但馬(たじま)班長達がパクったのと同じような奴じゃねえの?」
以前但馬(たじま)と毒島(ぶすじま)コンビが逮捕した無銭飲食の無職男もフリマアプリで購入した鎧を着ていた。
「どうでしょう……どうします?」
「ちょっと声かけるか。お前先降りろ。向こうの空き地に停めるから」
「了解」
ユリウスは車両を降りると、ライトを点け後ろに走ってゆく。その人物は戸惑ったようにこちらを見ていた。かなりの長身でユリウスと同じ金髪の男性だ。
「こんばんは。境島署の者です」
職質のプロである但馬に教わった通り、出来るだけ警戒心を抱かせないように声をかける。ざっと彼の全身を見る。無数の傷がついた藍色のプレートメイル。
兜は着けておらず額当てのみだ。精悍な顔立ちは疲労の色が濃く滲んでいる様に見える。
腰に幅広の長剣を佩いているのを見てユリウスは言った。
「こんな夜にどちらへお出かけですか?」
「あ……貴殿は……一体……」
「その剣、所持の許可などは取られてます?」
「許可……だと? 何を言っている」
どうやら話が通じていないらしい。ユリウスは努めて冷静に、穏やかに声をかけ続ける。
「では、身分証などはありますか?」
「みぶんしょう……? この剣が!俺が勇者アライアスだという証だ!」
男は突然興奮しだし、剣を抜き切っ先を天にかざした。剣がライトに反射して輝く。
田んぼのウシガエルがぶもぅ、と鳴いた。
「勇者……ですか」
どう説得したものかと頭を抱えながら、ユリウスは興奮しながら口上を述べ始めた自称勇者を見つめていた。
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