第4話 酔っ払いと迷子は警察24時の華

 ユリウス・フォン・ガーランドの出自は、特別区出身という事を除いても、少々特殊である。

 彼はガーランド国が日本の特別区となった後にガーランド王の第二王妃の次男として生まれた。元から第一王妃に嫡男がいた為、王室の継承などとは無縁であり、市井の子供とほぼ同じ教育を受け、同じように現代日本の文化に触れてきていたが、彼は王子という身分など鼻にかける事なく、友人関係も身分問わず良好で人望もあり、何不自由ない生活を送っていた。

 そんなユリウスが警察官になりたいと言い出し、周囲を驚愕させたのは、彼が7歳の時に起きた、ちょっとした事件がきっかけであった。


 ユリウスは良く城下の子らと国外、つまりI県内へ内緒で出入りしては商店街やら畦道や山の中を探検に出ていた。当時は厳重なコンクリートと鉄条網の壁がまだ建設途中であった為、そこかしこに抜け穴があった。

 I県は都内と比べるとだいぶ田舎である。ユリウスの故郷と似ているが全く違う雰囲気と、危険なモンスターもいない安全な場所は、彼らの好奇心と冒険心を大いに刺激した。

 また、自国の大人達と違い、ユリウスを特別扱いする事は無く普通の子供として扱ってくれるのがとても居心地が良かった。

 しかしその日はいつもと違い、4つになる妹がくっついて来ていた。

「ははうえに言っちゃうから」と泣きながら指差す妹を『どら焼き』という珍しい国外の菓子で買収し、なんとか騒ぎにならずに城を出る事に成功した。

 後ろで満面の笑みでどら焼きを頬張る妹を除いてはだが。


「ソフィア、大人しくしてろよ」

「はぁい」


 全く人の話を聞いてない返事に、ユリウスは溜息をついた。


「お前が来たら遊びに行けないだろ。今日はジェット滑り台に行こうと思ったのに……」


 ジェット滑り台とは、不法出国後、県道301号自転車用線(通称チャリンコロード)を20分ほど歩いた先にある運動公園内のアスレチックである。ローラー式のひたすらに長い滑り台は、子供達の間で非常にエキサイティングな遊び場として人気だ。


「わたしもいく!いきたい!いきたい!」

「わかったよ、わかったから大きな声だすなよ」


 げんなりとしながらも、兄としての務めを果たそうと、ユリウス少年は妹の手を取り抜け道へ向かった。

 無事に不法出国を果たし、子供達は目的地のアスレチックを大いに堪能した、帰りのこと。


「にいさま。おトイレいきたい」


 4歳女児の爆弾発言は兄を凍りつかせた。

 既に帰り道は半ばに差し掛かっている。友人達を先に行かせ、ユリウスはソフィアを見た。

 妹は今にも泣き出しそうだ。

 オロオロと妹の手を掴み、トイレを求めて歩いて行く。だが目的地は近くても2キロはある。

 妹は今にも泣き出しそうだ。自分も泣きたい。だが兄の矜持が許さない。

 必死に周りを探す。遠くから白と黒の鉄の馬無し馬車(当時彼らは自動車をそう呼んでいた)が来るのが見えた。ユリウスは知識として日本国の官吏が乗っている事を知っていた。

 彼は考える暇もなく気づけば泣きながら手を振っていた。

 パトカーに乗っていた警察官達はさぞや驚いただろう。小さな子供が二人、夕暮れの農道で泣きながら歩いているのだ。

 パトカーは二人の前で停車し、紺色の制服姿の警察官二人が慌てたように降りてきた。


「君たち、どうしたの!?」

「大丈夫!?」


 30代と20代くらいの若い警察官達は泣きじゃくるユリウスとソフィアの前に屈み込み、安心させようと優しく問いかける。だが、一気に緊張の糸が切れたのか二人は泣くばかり。そこでソフィアが大声で「おしっこいぎだいー!」と泣いた事で、彼らは慌ててパトカーに二人を乗せて、警察署へ急いだ。幸い車で2分の場所だったため、最悪の事態は防がれた。


「そっかあ。頑張ったねえお兄ちゃん」


 警察署に着き、ソフィアは無事に目的を完遂した。ユリウスはほっとしてロビーの長椅子に座り込んだ。すると休日で当直員だった警察官が事の次第をPC勤務員から聞いたのか、自販機で温かいお茶を買ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


 ユリウスは恐縮しながらお礼を言うと、年嵩の警察官は制帽を脱いで隣に座り、にっこりと笑った。


「お兄ちゃん、お名前聞かせてくれる?あとお家の場所も」


 温かいお茶のペットボトルを握りしめながら、ユリウスは少しだけ逡巡した後、背筋を伸ばして真っ直ぐに警察官の方に向き直った。


「私の名は、ユリウス・フォン・ガーランド。ガーランド王、ダレイウス・フォン・ガーランドの第二王妃、カトリーヌが次男である」


 王族たるもの、心は常に誇り高くあれ。母と教育係である乳母から常に言い聞かせられてきた。

 警察官は驚いたような顔をしてから、制帽を被り直した。


「私はI県警境島警察署刑事課長 警部 高柳陽介です。君と、君の妹さんの身の安全は保障します。だからちょっとだけお話を聞かせてほしいんだ。いいかな?」


 優しい笑みを浮かべながら敬礼をする高柳警部に、ユリウスは自分の将来の夢が漠然と決まったような予感がしていた。

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