二十三夜 ワイらはパチモンや
「〝
「狩るってなんでそんなことを……」
「危険やからや」
「危険?」
「せや。月に完全に捕らわれてしもうたら、〝人〟やのうなる。嬢ちゃんは、吸血鬼や狼男って知ってんか?」
「そりゃ、まぁ。話としてなら」
虎児の問いに、美紀は戸惑いながらも答えた。
「話やのうて、ホンマにおるとしたら?」
「まさか」
「なんや嬢ちゃん、ジブンは月の歌が聞こえんのに、そないなモンは信じへんのか?」
「でも、あれは……」
「まぁ、ええ。そういった話のぜんぶとは言わへんけど、かなりの確率で〝
「それは、月に捕らわれると、吸血鬼や狼男になるってこと?」
虎児は首を横に振る。
「少し、ちゃう。そのものになるんやのうて、似たような力を手に入れるんや。〝
あとな、共通して発現するモンもある。それが不老や」
「不老?」
「嬢ちゃんは
女狐という言葉に美紀は最初、誰のことかわからなかった。しかし玉桂で虎児が紅葉のことを女狐と呼んでいたのを思い出す。
「佳乃さんは二十二くらい。
美紀の答えを聞いて、虎児はにやりと笑う。
「ハズレや。ワイはもう十年以上、あの二人を追いかけとる。あいつらはそんときから、少しも変わっとらん。実年齢は二人とも三十オーバーや」
「……そんな」
佳乃も紅葉も確かに大人びている。実際、佳乃からは大人としての風格も感じる。それでも、とても三十歳を過ぎているようには見えない。
「いわゆる不老やな。月に完全に捕らわれてしもうたら、成長は止まる。〝人〟やのうなるんやから〝人〟の時間では生きられへんねや。まぁ、いまやったらアンチエイジングとか美魔女がはやっとるから、実年齢よりずいぶん
佳乃は二十歳のとき〝
「よく知ってるんだ、佳乃さんのこと」
急に饒舌になった虎児を、美紀は不思議そうに見た。
「そらまぁ、な。あいつとは、幼なじみやさかい」
「え?」
「
そう言って苦笑した虎児の表情は、昔を懐かしむような優しさがあった。紅葉と話していた時の刺々しさはない。
「幼なじみ……か」
美紀は
外見も性格もまったく違うのに目の前の男と恵が重なったのはなぜなのか、美紀は理解した。
不器用なのだ、二人とも。相手のことを思いやりながらも、それを素直に出すことに照れ、ぶっきらぼうに接してしまう。たぶん虎児と佳乃も、昔は恵と美紀のようにつかず離れずの距離を保っていたのだろう。
「って……ちょっと待って。もしかして、あなたも?」
この男は十年以上前から紅葉たちを追いかけていると言った。だが高校生の美紀から見ても若いと思う外見をしている。多めに見積もっても二十代後半。なら変わらないのは、紅葉たちだけではないのではないか。
「月の歌が聞こえるんかって? ワイは〝
それに嬢ちゃんかて言うたやろ? ワイは違うて」
「……そうだった」
初めて虎児と会った時のことを美紀は思い出す。月の歌が聞けると言った虎児を、美紀は否定したのだ。月の歌を聴くことができるもの同士に感じる共感を、虎児には感じなかった。それは今も変わらない。
「ワイらには月の歌は聞こえへん。せやからあいつらのような力はない。でも月の力を借りることはできるんや」
「借りる?」
「ああ」
そう言って虎児は左手を
それから缶をしまい、左の指で出てきたものをつまむ。
美紀の目の前に差し出されたのは、三センチほどの物体だった。水晶のような六角柱で半分は
「月の力を借りるのに必要なんがこれや。ワイらは〝
「げっしょう?」
「月の光を結晶化したもんや言うて渡されるけど、ホンマかどうか怪しいもんや。ただの危ないクスリかもしれへん」
そう言って、虎児は月晶を親指で上に弾いた。一瞬、暗がりの中へと月晶が消える。虎児はまるでそれが見えているかのように、落ちてくる月晶を口でキャッチした。
「それ、食べるの!?」
「〝
飴を噛み砕いたような音と共に、虎児はにやりと笑う。
「ワイらはこれを定期的に喰らうことで月の力を借りることができる。同時に月に喰われへんように抑える役割も、月晶はもっとる」
「月に……喰われる?」
「ああ。滑稽やろ? 〝
「消えるって?」
「月の歌が聞けへんワイらが月の力を借りるには代償が必要や。月晶だけやのうて、他の〝何か〟がな。金を借りるんにも利子ちゅうのがあるやろ? それと一緒や。ワイらは月晶を
それが意味することに、さすがの美紀も気づく。
「それって……」
美紀は神妙な表情を浮かべる。対する虎児はまるで他人事のように笑ってみせる。
「月晶を
所詮、ワイらはパチモンや。せやから不老なんてことはない。多少は月の影響を受ける分、歳とるんがちぃとばかし遅いねんけどな。
言うなれば、ワイらは月晶がないと生きていけへん
自虐ともとれる言葉を虎児は口にする。しかし声に力強さを感じるのは、確固たる信念をもっているからなのだろう。虎児の表情からもそれは伺えた。
「でも、そうでもせんと、
「ねぇ、おじさん。佳乃さんのこと好きなんでしょ?」
美紀はふと思い浮かんだ疑問を口にする。佳乃のことを口にするときの虎児の表情は優しい。決して敵対する者に向けるようなものではない。
そして紅葉のことを名前ではなく女狐と呼ぶこと。虎児は佳乃といつも一緒にいる彼女に嫉妬しているのだ。
「お、おじさん? まぁええわ。それくらい生きとんのは確かやしな」
「で、どうなの?」
「でも見た目は若いねんで? もちろん心もや」
「で、答えは? お・じ・さ・ん?」
質問をごまかそうとした虎児を、美紀は問いつめる。
「……好きか嫌いかで言うんなら、好きや」
横を向き、どこかで聞いたような答えを虎児は言った。
「ならなんで、狩るとか言うの? 佳乃さんだって〝
そんなつもりはなかったのに、美紀は責めるような口調で虎児に問う。
「〝
またはぐらかそうとしていると思い、美紀は抗議の声を上げようとする。しかし今度は虎児も視線をそらさない。真剣な瞳で美紀を見返している。
美紀は言葉を飲みこんだ。
「〝
でもな、ワイが〝
そこで虎児は言葉を切る。
「佳乃を取り戻すためや」
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