二十三夜 ワイらはパチモンや

「〝月に捕われし者ルナティック〟を見つけて狩るんが、ワイら〝月を喰いし者エクリプス〟や」

「狩るってなんでそんなことを……」


 虎児とらじの言葉に美紀みのりは呆然と呟く。


「危険やからや」

「危険?」

「せや。月に完全に捕らわれてしもうたら、〝人〟やのうなる。嬢ちゃんは、吸血鬼や狼男って知ってんか?」

「そりゃ、まぁ。話としてなら」


 虎児の問いに、美紀は戸惑いながらも答えた。


「話やのうて、ホンマにおるとしたら?」

「まさか」

「なんや嬢ちゃん、ジブンは月の歌が聞こえんのに、そないなモンは信じへんのか?」

「でも、あれは……」

「まぁ、ええ。そういった話のぜんぶとは言わへんけど、かなりの確率で〝月に捕われし者ルナティック〟が関わとるんや」

「それは、月に捕らわれると、吸血鬼や狼男になるってこと?」


 虎児は首を横に振る。


「少し、ちゃう。そのものになるんやのうて、似たような力を手に入れるんや。〝月の贈り物ギフト〟言うてな。どんな力が発現するかは人それぞれやが、必ずなんらかの力を手にれんねや。それは狼男のような変身やったり、怪力やったり。自然現象を操るような力やったり、まぁ色々や。

 あとな、共通して発現するモンもある。それが不老や」

「不老?」

「嬢ちゃんは佳乃よしのと女狐にうてんやったな。あいつら何歳いくつに見えた?」


 女狐という言葉に美紀は最初、誰のことかわからなかった。しかし玉桂で虎児が紅葉のことを女狐と呼んでいたのを思い出す。


「佳乃さんは二十二くらい。紅葉くれはさんはわたしより少し上で十九ぐらい?」


 美紀の答えを聞いて、虎児はにやりと笑う。


「ハズレや。ワイはもう十年以上、あの二人を追いかけとる。あいつらはそんときから、少しも変わっとらん。実年齢は二人とも三十オーバーや」

「……そんな」


 佳乃も紅葉も確かに大人びている。実際、佳乃からは大人としての風格も感じる。それでも、とても三十歳を過ぎているようには見えない。


「いわゆる不老やな。月に完全に捕らわれてしもうたら、成長は止まる。〝人〟やのうなるんやから〝人〟の時間では生きられへんねや。まぁ、いまやったらアンチエイジングとか美魔女がはやっとるから、実年齢よりずいぶんわこぉ見えても気味悪がられへんようになったけどな。

 佳乃は二十歳のとき〝月に捕われし者ルナティック〟になった。大学生のときや。紅葉とは高校のときに知りおうたみたいで、月の歌を初めて聞いたのもその時や言うてた」

「よく知ってるんだ、佳乃さんのこと」


 急に饒舌になった虎児を、美紀は不思議そうに見た。


「そらまぁ、な。あいつとは、幼なじみやさかい」

「え?」

佳乃あいつのことは、昔っからよう知っとる。ホンマ頑固な女やった」


 そう言って苦笑した虎児の表情は、昔を懐かしむような優しさがあった。紅葉と話していた時の刺々しさはない。


「幼なじみ……か」


 美紀はけいのことを思い浮かべる。

 外見も性格もまったく違うのに目の前の男と恵が重なったのはなぜなのか、美紀は理解した。

 不器用なのだ、二人とも。相手のことを思いやりながらも、それを素直に出すことに照れ、ぶっきらぼうに接してしまう。たぶん虎児と佳乃も、昔は恵と美紀のようにつかず離れずの距離を保っていたのだろう。


「って……ちょっと待って。もしかして、あなたも?」


 この男は十年以上前から紅葉たちを追いかけていると言った。だが高校生の美紀から見ても若いと思う外見をしている。多めに見積もっても二十代後半。なら変わらないのは、紅葉たちだけではないのではないか。


「月の歌が聞こえるんかって? ワイは〝月を喰いし者エクリプス〟や。歌は聞こえへん。

 それに嬢ちゃんかて言うたやろ? ワイは違うて」

「……そうだった」


 初めて虎児と会った時のことを美紀は思い出す。月の歌が聞けると言った虎児を、美紀は否定したのだ。月の歌を聴くことができるもの同士に感じる共感を、虎児には感じなかった。それは今も変わらない。


「ワイらには月の歌は聞こえへん。せやからあいつらのような力はない。でも月の力を借りることはできるんや」

「借りる?」

「ああ」


 そう言って虎児は左手を上着ジャケットのポケットに突っ込んだ。そして手のひらより少し小さいサイズのケースを取り出す。それはタブレット菓子が入ってそうなスチール製で、端がヒンジ式の蓋になっていた。蓋を親指で器用に開けると、缶を傾けて右手に中身を一つこぼした。

 それから缶をしまい、左の指で出てきたものをつまむ。


 美紀の目の前に差し出されたのは、三センチほどの物体だった。水晶のような六角柱で半分は鼈甲飴べっこうあめの色をしており、残り半分は満月の夜空を思わせる蒼黒い色をしていた。そしてマグライトの光を透過できるだけの透明度を、それは持っていた。


「月の力を借りるのに必要なんがこれや。ワイらは〝月晶げっしょう〟って呼んどる」

「げっしょう?」

「月の光を結晶化したもんや言うて渡されるけど、ホンマかどうか怪しいもんや。ただの危ないクスリかもしれへん」


 そう言って、虎児は月晶を親指で上に弾いた。一瞬、暗がりの中へと月晶が消える。虎児はまるでそれが見えているかのように、落ちてくる月晶を口でキャッチした。


「それ、食べるの!?」

「〝月を喰らいし者エクリプス〟やからな」


 飴を噛み砕いたような音と共に、虎児はにやりと笑う。


「ワイらはこれを定期的に喰らうことで月の力を借りることができる。同時に月に喰われへんように抑える役割も、月晶はもっとる」

「月に……喰われる?」

「ああ。滑稽やろ? 〝月を喰らいし者エクリプス〟なんてご大層な名前を自分たちにつけといて、やってることは借り物のまがい物。おまけに油断すると、逆に月に喰われて暴走してまう。まぁ、暴走せんでも月の力に耐えられへんようになって、いずれは消えてまう運命やけどな」

「消えるって?」

「月の歌が聞けへんワイらが月の力を借りるには代償が必要や。月晶だけやのうて、他の〝何か〟がな。金を借りるんにも利子ちゅうのがあるやろ? それと一緒や。ワイらは月晶を使つこうて月の力を借りて、その利子を命で払う」


 それが意味することに、さすがの美紀も気づく。


「それって……」


 美紀は神妙な表情を浮かべる。対する虎児はまるで他人事のように笑ってみせる。


「月晶を使つこうても、すぐに消えたりはせえへん。一度に、アホみたいにぎょうさん喰ろうたら別やがな。ま、そん時は消える前に暴走やな。

 所詮、ワイらはパチモンや。せやから不老なんてことはない。多少は月の影響を受ける分、歳とるんがちぃとばかし遅いねんけどな。

 言うなれば、ワイらは月晶がないと生きていけへん薬物中毒者ジャンキーやな」


 自虐ともとれる言葉を虎児は口にする。しかし声に力強さを感じるのは、確固たる信念をもっているからなのだろう。虎児の表情からもそれは伺えた。


「でも、そうでもせんと、佳乃あいつには追いつかれへんからな」

「ねぇ、おじさん。佳乃さんのこと好きなんでしょ?」


 美紀はふと思い浮かんだ疑問を口にする。佳乃のことを口にするときの虎児の表情は優しい。決して敵対する者に向けるようなものではない。

 そして紅葉のことを名前ではなく女狐と呼ぶこと。虎児は佳乃といつも一緒にいる彼女に嫉妬しているのだ。美音子みねこたちに言われた、恵の嫉妬というのがようやくわかった気がした。


「お、おじさん? まぁええわ。それくらい生きとんのは確かやしな」

「で、どうなの?」

「でも見た目は若いねんで? もちろん心もや」

「で、答えは? お・じ・さ・ん?」


 質問をごまかそうとした虎児を、美紀は問いつめる。


「……好きか嫌いかで言うんなら、好きや」


 横を向き、どこかで聞いたような答えを虎児は言った。


「ならなんで、狩るとか言うの? 佳乃さんだって〝月に捕われし者ルナティック〟でしょ?」


 そんなつもりはなかったのに、美紀は責めるような口調で虎児に問う。


「〝月を喰いし者エクリプス〟ってのは組織や」


 またはぐらかそうとしていると思い、美紀は抗議の声を上げようとする。しかし今度は虎児も視線をそらさない。真剣な瞳で美紀を見返している。

 美紀は言葉を飲みこんだ。


「〝月に捕われし者ルナティック〟を狩るのに熱心んなのは上のモンや。人間に危害を加えるからなんてお題目を唱えとるが、ワイはあんまり信用しとらん。ただ、中にはホンマに悪い奴もおんねんで? そん時はワイかて相手を狩る。

 でもな、ワイが〝月を喰いし者エクリプス〟におるんはな……」


 そこで虎児は言葉を切る。


「佳乃を取り戻すためや」

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