二十二夜 まだ大丈夫

「〝月に捕われし者ルナティック〟?」


 佳乃よしのの言った聞きなれない言葉を、けいは繰り返す。佳乃は運転席でハンドルを握っていた。

 紅葉くれはと佳乃、そして恵たち三人はミニバンタイプのコンパクトカーで美紀の元へと向かっている。

 佳乃は約束どおり、恵たちを待っていたのだ。

 相変わらず美紀みのりは家に帰った様子もなく、LINEが既読にならないのはもちろん、通話も繋がらない。

 紅葉たちが突き止めた場所は、八城明やしろあけ市の中で開発の進んでいない、上城かみじょう区の山の中だった。

 カーナビにはそこまでのルートが示されており、ときおり音声でガイドしてくる。


「そう。あくまであいつらがそう呼んでいるだけだけどね」


 助手席の紅葉くれはが言う。膝上には店で恵たちに見せた木盤が乗っている。木盤の中央には月長石ムーンストーンのかけらが置いてあった。


「あいつら?」


 美音子みねこが訊く。美音子と瑞穂みずほが三列シートの中央部に。恵は最後尾のシートに座っていた。


「わたしたちみたいに月の歌を聴ける人間を、見つけて狩る存在。そいつらは、自分たちのことを〝月を喰いし者エクリプス〟と呼んでるわ」


 〝月を喰いし者エクリプス〟という存在をよほど嫌っているのか、紅葉の声には憎悪の響きすらあった。


「狩るって……?」

「言葉そのままの意味よ。あいつらは、わたしたちを探し出して殺すの」


 「殺す」という言葉の響きに、恵たち三人の息が一瞬止まる。


「そんな。殺すとかってナンで……」

「知らないわ。向こうが殺したいから殺すんでしょ」


 紅葉の言うことが正しければ、彼女自身も殺される可能性があるはずだ。にもかかわらず、紅葉の口調は冷めていた。


「殺したいからって、そんな。勝手に人の命を奪っていいわけないじゃん」


 瑞穂みずほは前席に乗り出した。表情は真剣だ。


「そう。奪っていいわけなんてない。だから、わたしたちもおとなしく殺される気はないわ」


 紅葉は前を前を向いている。その顔には笑みが浮かんでいた。冷たく鋭い微笑。

 それは紅葉が言外に含めた意味の現れだった。殺されるだけではない。殺すこともあるのだと。


「……まさかとは思うが、来崎くるさきもその〝月に捕われし者ルナティック〟だから連れ去られたのか?」

「そうね。正確にはあたしたちの仲間と思われたから……でしょうけど」

「チョット待ってよ。じゃあ、美紀も殺されるかもしれないっての? 冗談じゃない!」瑞穂が叫ぶ。

「冗談じゃないわ。美紀ちゃんもあいつらに殺される可能性はあるわ。もしかしたら、もう殺されてるかも」 

「!」


 紅葉の言った言葉が、衝撃となって恵たちを襲った。三人とも言葉が出ない。


「あら、少し刺激が強すぎた?」

「紅葉、いいかげんにしなさい」


 佳乃が紅葉をたしなめる。それほど強い口調ではなかったのに、紅葉は一瞬、表情をこわばらせた。しかし軽く息をはき、すぐに和らげる。


「ごめんなさい。冗談が過ぎたわ」

「冗談って、じゃあ美紀は……」

「殺される可能性があるのは本当。こればっかりは冗談じゃないわ。

 でも、美紀ちゃんはまだ生きてる。それは保証する」

「本当か?」


 気休めの嘘なら許さない。恵の言葉にはそんな気迫がこもっている。向き合ったなら、紅葉を睨みつけているだろう。


「お店でも言ったけど、あいつらの本命はわたしたち。美紀ちゃんは人質よ。普通に考えるならおびき出すためのね。でも、連絡はまだきていない。そして居場所は虎児あいつにばれてるけど襲われていない。

 ならまだ美紀ちゃんに人質としての価値はあるから簡単には殺さないわ。あいつはムカツク男だけど、無差別に殺すようなヤツじゃない。ましてや、まだ〝人〟に留まってる美紀ちゃんをね。

 それに――」


 紅葉は木盤の中央を回転してみせた。店で見たのと同じパターンで木盤の文字が点滅を繰り返す。


「この反応はペンダントが美紀ちゃんの元にあることを示してる。そして月の歌を聴ける人間が縁のある月長石ムーンストーンと出会ったら、それは生涯の伴侶に出会ったのと同じ。持ち主が生きてる限り、反応する」


 恵がいる位置から助手席は覗けない。それに気づいた美音子が、恵の方を振り向き、頷いてみせる。


「それじゃ……」

「まだ大丈夫。でも急ぎましょう」


『百メートル先。交差点を右です』


 カーナビの音声が聞こえる。佳乃は交差点まで来ると、やや乱暴な動きで右折する。後部座席の三人は、一斉に左へと体を持っていかれた。

 街から離れたこの場所は、街灯も少なく暗い対向二車線道路だ。回りに民家は少なく、ヘッドライトに照らされる風景は山道のそれだった。

 目の前には、暗く深い山のシルエットが見えていた。

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